3. Resfeber

 原宿まで来て、竹下通りにでも寄ろうかと考えていたけれど。


「…すごい」


「ですね…」


休日ということもあって大賑わいだった。


「別に私、人多い所が苦手って訳じゃ無いけど…」


「ちょっと多すぎますね」


今や流行の最先端に居る街。

男女問わず、沢山の人が訪れている。


「あれ、この曲…」


「え?曲?」


それは、どこかの店から流れているBGMで。


「あーこれね。ほら、最近流行ってる夜ドラの主題歌の…」


「あ、曲名は知ってます。でもこれ、ドラマの主題歌だったんですね。初めて知りました」


「春夏ちゃんはあまりドラマとか見ない?」


「んー、どっちかというとアニメの方が多いかもです」


「そっか。だったら今からアキバ––––」


その直後。

春夏ちゃんの腹が、ギュルルと音を立てて。


「……あ、えっと。今から行くとその、腹が持たないです…」


赤面しながら言う。

忘れてたけど、私たちは今実質的に一文無し。


中々にハードな旅路なのだ。


「…そうだよね。早いとこ行っちゃって、帰ろうか」


「……はい」





 ついに。


「……来たね」


右手に見えて来たのは、神宮通じんぐうどおり公園。

そして奥に建つ巨大なビル群。


「私…緊張して来ました」


手をわなわなと震わせながら、春夏ちゃんが溜め息交じりに言う。


「そりゃ…怖い、よね」


…え。私の声、震えてる?


「…そ、そういえば春夏ちゃん。まだ聞いてなかったんだけど」


「…はい」


「お姉さんが亡くなった場所っていうのは…どこ?」


「…あ、えっと。ついて来て下さい」


おぼつかない足取りで歩き出した彼女に、私も続いた。





 再開発を終えた宮下公園では、昼間から居酒屋で盛り上がる人の姿が多く見られた。

ここが渋谷横丁。


酒臭さ、鶏肉の焼ける匂い、人の声。

それら全てが混ざり合い、とても楽しげな雰囲気を醸し出している。


…うぅ。あまり長居してると腹が死ぬ…


「ここ過ぎたらどうするの?」


「スクランブル交差点を通って、センター街の方まで行き…ます」


「…春夏ちゃん、大丈夫?」


「……はい。大丈夫です」


…明らかに、それはウソだった。

顔色もあまり良くない。


「私が先行くよ。場所教え––––」


「い、いや。本当に大丈夫です。もうすぐなので…」





 土曜の昼過ぎ。スクランブル交差点は人の波が出来ていた。


「人多いねえ」


「…渋谷ですからね。やっぱり、いつでもここは変わらないです」


人の密度が高くて窮屈だ。


そんな中、信号待ちをしていると。

大型ビジョンにニュースが映し出された。


…。

今朝見たニュースばかりだった。


やがて信号が青色に変わり。


「春夏ちゃん、行こ」


「……」


「春夏ちゃん?」


「え?あ、行きましょう」


彼女もニュースに気を取られていたようで、慌てて視線を前に戻し、再び歩き出した。





「…なんで」


それは、偶然にしては出来すぎていた。


「ここで間違いないです」


目の前に建つビル。地上47階建て。

様々な商業施設が入っている、渋谷再開発後の新たな名所。


「…渋谷、セカンドサイト?」


そう。

確かに、入り口にはそう書いてある。


「ねえ…春夏ちゃんのお姉さん、確か」


「はい。私が生まれる前に…亡くなりました」


––––どういうこと?

だってその話だと、矛盾している。


春夏ちゃんは今16歳。彼女が生まれる前には。



…このビルはまだ


それはつまり…どういうこと?


「…露奈さん、屋上まで行きましょう」





 屋上階へは、エレベーターで43階まで行き、そこから非常階段で登る必要があった。


途中途中、私は春夏ちゃんに質問をしたけど。

今までの彼女がウソのように、何も教えてくれなかった。

ただ、一言。


「––––私から、離れないで下さい」


非常階段への扉を開け放ち、一歩一歩。

死に近づいて行く。


そして––––





「……ああ」


涼しい風が吹いていて。


地平線がくっきりと見える。

それは…渋谷全域を軽々見渡せるほど。


広くて、美しい景色だった。


「…綺麗ですね」


前に居た春夏ちゃんが、こちらを振り向かずに言う。


「春夏ちゃん…?」


そして、

彼女は一歩。前へ踏み出す。


また一歩。


「……」


やがて、フェンスの手前で立ち止まり。


「…お姉ちゃん」


渋谷の景色に向かって、呟く。


「お姉ちゃん…っ」


彼女の声は涙で濡れていて。

しばらく泣いた後、やがてこちらを振り向き。


今度は一歩一歩、向かって来る。

私の所に。


その目はしっかりと私を見据えていて。


そして、私の身体にしがみつき。


「………お姉ちゃん」


私は…春夏ちゃんの悲しみを完全に理解することなんて出来ないけれど。


…慰めることしか出来ないけれど。

もし少しでも、彼女の助けになれるなら。


「春夏ちゃん…」


私は、優しく彼女の背中を叩き続けた。


「………露奈さん」


「ん…?」


「……違う。お姉ちゃん、なの」


「え?」


「私のお姉ちゃんの名前––––」


そして、私の目を見てはっきりと。


「––––雨岸露奈、なの」


「…………え」


彼女の口から出た言葉。

その言葉の意味を、考える。


そして。

脳に、電流が走るような衝撃。


ああ、なるほど––––。

それなら…全ての辻褄が合う。


「ちょ…ちょっと待って。それじゃあ––––」


「うん、お姉ちゃん。私…未来から来たの」


そんな、フィクションのような言葉が。

彼女から言い渡される。


何の、為に…?


「…お姉ちゃんが飛び降りるのを止めに来た。本当はお姉ちゃんのこと、全部知ってたの」


「……」


「ずっと気になってた…お姉ちゃんはどんな人なんだろう––––って」


「……っ」


目の奥に、涙が溜まる。


「…でも私のお姉ちゃん、素敵な人だった」


「……」


「タイムマシンに乗って過去に戻る所までは…計画通りだったの。でも途中で迷っちゃって…。そこに、本当に偶然。お姉ちゃんが来てくれた」


そう言って彼女は微笑む。


…いやだ。


「ねえお願い、お姉ちゃん…。死なないで」


「……ねぇ、イヤだよ」


「え?」


「死にたくないっ……本当は、死にたくない…私、死にたくないよ…」


「…うん」


イヤだ。死にたくない。


「死にたくないよっ…!」


「だったら––––」


彼女が、私の手をぎゅっと握って。


「だったら––––生きて」


「っ…」


「一人で抱え込まないで。みんなに…話して」


そう言うと、彼女は私の手を離し。

踵を返す。


「え…ちょっと…どこに」


「あのね––––お姉ちゃん」


声を張り上げて、言う。


「…人の生死を捻じ曲げることは、深刻なタイムパラドックスを引き起こすの」


「……?」


「…お姉ちゃんがここから飛び降りた時、もう原型が無かったらしくて。だから、見た目だけでは遺体をお姉ちゃんと認識することができなかった。だから」


「え?な、何を––––」


「パラドックスを引き起こさない為には––––」


彼女が、フェンスをよじ登る。


「この日、この時間。ここからという事象を成立させないといけない」


「ま…待って!!」


言葉よりも早く、私の足が動いた。


「お姉ちゃんっ!」


彼女が私の方を振り向く。


「……ありがとう。本当に、楽しかった」


「っ––––」


…なんで、笑ってるの?

なんで、笑っていられるの?


「……生きて!!お姉ちゃん!!」


「春夏あっっ!!」


音もなく、身体が宙を舞い。


「……また、会おうね」


最後に、彼女はそう言った。





『昨日午後2時頃、東京・渋谷区の高層ビルから人が転落したと見られ、警察は現在調査を進めて––––』


テレビを見つめながら、何もする気が起きず。


昨日。結局私は帰る手段が見つからず、お巡りさんにお世話になった。

どうやら父さんと母さんが捜索願いを出していたらしく、すぐに取り合ってくれて。


二人には本当に心配を掛けてしまった。


そしてそこで彼女––––春夏のことについて話したけれど、警察の人にタイムマシンがどうとか言う話は当然信じてもらえるはずもなく。


結局今はこうして、家で一人ぼんやりとしている。


それから。

父さんと母さんに、ほぼ全てを話した。


学校で酷い目にあっていたこと。

私が自殺をしようとしたこと。


––––これから生まれる妹のことについては、話さなかった。


話を終えると、二人は私のことを抱きしめてくれて。

それは私が想像していた反応とは違った。


もっと二人は悲しそうな顔をするかと思ってたのに、私のことを真っ先に心配してくれて。


…話して良かった。

心の底から、そう思った。





 そして今夜。久し振りに家族で集まる時間を二人が作ってくれて。


「露奈。母さん。もうすぐ生まれて来るこの子に、そろそろ名前を付けよう」


母さんのお腹を見遣り、父さんが言う。


「久し振りに家族会議だと思ったら、結構大事な話ね…」


母さんは、やれやれといった感じに微笑んだ。


「あのさ」


「ん、どうしたの露奈?」


「もしかして…名前、思いついた?」


「うん。とってもいい名前。それはね––––」





 そして、月日は流れ…。





「おはよう」


「…んぅ?あ、お姉ちゃん…」


まだ眠そうな顔をしている妹に、挨拶。


「お姉ちゃん、行って来るね」


「あ…そっか!今日か…いいなぁ、旅なんて」


「ふふっ。春夏だって、そのうち出来るようになるよ」


いや。


「ごめん間違えた。若かろうと歳を取ろうと…気持ちさえあれば誰でも旅は出来る」


「ほんと?」


「うん。ほんとう」


妹の頭にポンと頭を置き、撫でる。


「そうだ––––」


思わず息を呑む。


「あのね。私…春夏に教えてあげたい言葉があるの」


「え、アタシに?」


「うん。大切な友達が教えてくれた言葉」


––––それは、妹から私に受け継がれ。

私が妹に受け継ぐ言葉。





 旅が始まる。

目の前に建つ所沢駅を見て、そう感じた。


「……」


けれど今度はもう悲しい旅じゃない。


…旅に出る前なのに、ワクワクが止まらない。

この気持ちは言葉でどう表せば良いんだろう。


「……あ」


そして気付く。

こんな時に、ピッタリな言葉があることを。


私は、空に向かってその言葉を呟く。


それは––––


「…Resfeber、ね」

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