2. Souvenirs

 ここから新宿までは4駅。そこから先は…


「頑張って歩こう」


「す、すいません…私のせいで」


「あ、いや。別に気にしてないよ。てか私が勝手に買っちゃったんだから」


少々骨が折れるけれど、どうせ死にに行くんだ。急ぐ必要なんてない。

それにこれは一応旅という体なんだから。焦らずに行こう。


「…ちょっと待って下さい。露奈さん、復路の電車賃は?」


「え…」


そういえば、春夏ちゃんにはまだ私の旅の目的を伝えていない。


帰るつもりがないなんて言ったらきっと彼女に詮索されるだろう。

何とかして誤魔化さないと…


「あ、えーとその…親戚の家まで行くだけだから。ちょうど代々木あたりにあって」


「…そうですか」


意外にも、あっさりと納得してくれた。

けれど彼女は何か言いたげな様子で。


「えっと、一つだけ…お願いしてもいいですか?」


「お、お願い?」


「はい。目的地に着くまでは…私と一緒に行動してくれますか?」


「うん。私、初めからそのつもりだよ」


「そ…そうですよね。私、何言ってるんだろう」


「???」


もしかして私、信頼されていないんだろうか。

それともどこかにフラフラと行ってしまいそうなほど、今の私が儚げなのだろうか。


いやいや…


「…それはないか」


「え?」


「あ、いやなんでもない。行こう」






 電車の揺れが心地よく感じる。


不思議だった。

山手線に乗り込んでからも、春夏ちゃんは決して私のことを詮索しようとしなくて。


むしろなんというか。

彼女は…意識して、のことについて触れてこない感じというか。


私としてはそれは有り難いことだったけれど。彼女は、自分のことをたくさん話してくれている。


自分だけ話さないのはちょっと悪い気がした。


「実はお姉ちゃん、私が産まれる前に亡くなったんです。だから実際に会ったことはなくて」


「…そっか」


「はい。でも写真のお姉ちゃん、すごく和やかに笑っていたんです。だからこそ––––」


彼女が真剣な眼差しになるのが分かった。


「だからこそ…どんな気持ちで飛び降りたんだろう、って気になったんです」


「春夏ちゃん…」


可哀想なほど、悲しみを帯びた声だった。


「…大丈夫だよ。春夏ちゃん」


…何言ってるんだ、私。

何が"大丈夫"だ。当事者でもないクセに。


偽善だ。

それに––––自殺する私がこんなこと言うのは矛盾してる。


「……」


その後、春夏ちゃんは一言も喋らなかった。





 新宿に着いてまず真っ先に目に入ったのは。


「うわあ…!」


駅に隣接する形で立ち並ぶ、無数の商業施設。そして必然的にできる人集ひとだかり。


まさしく"都会"の光景がそこに広がっていた。


「露奈さん、あれ見て下さい!路上ライブやってます!」


そして春夏ちゃんはと言うと、さっきから散歩する子犬のように辺りを駆け回っていた。


「まあ確かにすごいけど…そんな興奮する?もしかして春夏ちゃん新宿来るの初めて?」


「いや、何度か来たことはあるんです。ただ…」


物珍しそうな目で新宿の景色を一瞥する。


「私の知ってる新宿とはちょっと違う…かも」


「私の知ってる新宿?」


「はい」


…想像と違っていたということだろうか。

確かに新しい建物が出来たりはしているけど、そんな印象が変わるほど大きく変化したかな。


まあいずれにせよ、ここ新宿は私たちの旅の通過点でしかない。

別に急ぐ必要はないけど。


「どっかお店、見て行く?何も買えないけど」


「あ…はい!」





 道端を歩きながら、新宿の街を愉しむ。


「うわあ、可愛いこれ!」


春夏ちゃんが服屋のショーウィンドウに引き寄せられた。


「あー、確かに可愛い…かな」


私は服に興味ないから、いまいち分かんないけど。


「春夏ちゃんはよくお出掛けするの?」


「はい。休日はたまに友達と」


「…そっか」


「露奈さん…?」


「いや、私…友達も居なければ兄弟とかも居なくて。あ、もうすぐ妹が生まれるんだけど」


「あ、えと…」


私の言葉に、彼女が困ったような表情をした。


「あ、ごめん!困るよね、こんなこと言われても」


「いえ。私の方こそ…」


ダメだな…私。

最後までダメな所出まくり。


「でも露奈さん?」


「…?」


「私は、もう友達だって思ってますよ。露奈さんのこと」


「え…」


「露奈さん…池袋で私に言いましたよね。

"ここまで来たらもう赤の他人じゃない"、って」


「それはそうだけど…」


「あれ、すごく嬉しかったんです」


そう言って彼女はにこっと微笑んだ。

その言葉には、何の偽りも無い。


不思議と心がポカポカとして。

私に年の近い妹とか居たら、春夏ちゃんみたいな感じだっただろうか。


「……ありがとう」


気付けばそんな言葉が出ていた。





 新宿を発ち、住宅街を歩いて行く。

都会はどこにでも人が居るものだとてっきり思い込んでいたけれど。


今私たちが歩いている道は、意外にも閑散としていた。


まだまだ道は長い。


……。


私の旅の最終目的は、ただ一つ。

思えばどうしてこんなことになったんだろう。


(…ああ)


思い出した。

無意識に、春夏ちゃんに悟られないようにしていた膝の裏の傷。

故意につけられた傷だ。そこがズキズキと傷み続けていた。


それだけじゃない。

身体のあちこちに痣がある。

心ももう、ぐちゃぐちゃだ。


だからこうするしか––––


「あっ!」


と、突然春夏ちゃんが大きな声を上げて。


「どうしたの?」


「ほらあれ!見て下さい!」


彼女が差し示した先にあったのは。


「あ…国立競技場?」


特徴的かつ巨大な半球形のそれは、住宅街の間から唐突に姿を現した。


「ちょっと寄って行きません?」


「うん。良いよ」





 「国立競技場」と表示されたオブジェが、階段を登って来た私たちを出迎えた。


偶然にも今日は一般公開日だったらしく、グラウンドの中へ足を踏み入れることもできるらしい。


迷わず私たちは、グラウンドに向かった。





「うわあ…」


「ひ、広い…」


当たり前の感想しか出てこない。

が、それほどに広かった。


「普段は色んな選手がここでスポーツしてるんだと思うと、なんだか…その」


「あ!私それ知ってます!『エモい』ってやつですよね?」


「あ、そうそう。エモいエモい」


絶対国立競技場まで来てする会話じゃないわこれ。


「いや。何と言うか、旅気分ですね」


「同感」


「……」


春夏ちゃんの視線が電光ボードに向けられる。

しばらく沈黙が訪れ、やがて。


「…露奈さん。『レースフェーベル』って知ってますか?」


「え、れ…レース?」


めちゃくちゃに唐突だな。


「Resfeber。スウェーデン語です。日本語にすると…旅に出る前のワクワクした気持ち、といった意味になるらしくて」


「…旅、か」


私…どんな気持ちだったかな、この旅に出る前は。

不思議と絶望はしてなかったと思う。


「この言葉、お姉ちゃんが使ってた英語の教科書…形見みたいなものですね。そこに載ってたんです。すごく素敵な言葉だなって思って」


黒髪をなびかせながら言った。


「もし、私たちのが旅なら…いつかは帰らなくちゃいけないんです。帰るべき場所に」


「……春夏ちゃん?」


「ほら露奈さん、あそこにお土産あります!早く行きましょう!」


「あ…うん。って、お金持ってないけど?」


……。


その後、国立競技場の5階––––空のもりからの景色の中に。


果たして、渋谷の街並みを見ることができた。

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