Re:sfeber

ShiotoSato

1. Godspeed

 旅が始まる。

目の前に建つ所沢駅を見て、そう感じた。


「……」


左に目をやると見えたのはプロペ商店街。

土曜日の朝だからか、私と同じように荷物を持った人の姿がちらほらとあった。


夕方頃には賑っているこの通りも、今は驚くほど静かで。

それが寂しくもあり…けれど、これからの事を考えるとその方がありがたかった。




 張り切って始発の時間に来てみたものの、案の定駅のホームは閑散としていて。

朝の空気を吸いながら電車が来るのを待つ。


始発は準急列車。

ここからだと、秋津、清瀬、東久留米…と各駅で停まって行き、石神井公園駅からは練馬を経由して終点の池袋駅に着く。


電車が来るまでの時間が、必然的に考え事をする時間を生んだ。


思えばこれから死ぬんだ。

けれど私は今、すごく穏やかな気分だった。

昨日だってぐっすり眠ることができた。

もしかして未練がないのかなとか考えたけど、そんなはずはない。


両親の優しさに触れることができない。

そして、もうすぐ生まれる妹の姿を見ることが出来ない。

胸が締め付けられる。


「でも……こうするしかないや」


諦めからなのか、はたまた恐怖からなのかは分からない。

自分でも驚くくらい…その声は掠れていた。


ふと、ホーム脇から一筋の光が差し込んで、思わず視線を向ける。

それは美しい日の出だった。

私が一生で見る初めて、そして最後の。


『間もなく3番ホームに、準急池袋行きが参ります。黄色い線の内側までお下がり下さい』


警報音と共にアナウンスが響き。


私の旅がここから始まる。

改めて、そう思った。




 保谷駅に停まったあたりだろうか、いよいよ後戻りができないのだと感じた。

何しろ所持金は片道とちょっと分しか持ち合わせていない。


今になって思う。

せめて誰かに旅の幸運を祈って欲しかった。

結局死ぬから、幸運もクソもないけど。

心細い。


「ひ…」


渇いた笑い声が、口から漏れた。




 池袋に着くまではまだ時間があったので、何となく、ネットニュースを漁ってみた。


何か面白いニュースはないかな。


『東京・あきる野市に「謎の物体」出現?人工衛星の可能性も検討、文科省がJASAと共同調査中』


人工衛星…?そんなことある?


『渋谷セカンドサイト内でファッションショーイベントの実施決定』


渋谷の再開発で新たに出来た商業施設ビル、渋谷セカンドサイト。旅の最終目的地がこの場所だ。


他にも、よく知ってる芸能人のスキャンダル情報とかが私の目に飛び込んできた。


きっとこういうニュースを目にするのもこれで最後だろう。

いつもは気に留めることのないニュースも、今日はやけに目に付いた。




 池袋に着いてからは、ゆっくりとした足取りで山手線のホームへと向かっていた。


午前6時前、それも副都心となると、流石に人の数が増えて来る。

…誰にでも悩みはあるんだろうな。

歩いて行く人々の顔を眺めながらそう思った。


とその時、腹が小さく鳴った。

そういえば朝食をまだ取っていない。


近くにFewDaysとかあるかな––––


「––––え?」


視線を巡らせると果たして、目当てのコンビニがそこにあった。

でも、それよりも私の視線を奪ったのは。


「だ、大丈夫!?」


「ご…ご飯……」


コンビニの横に座っている、明らかにやつれた女の子だった。


「…お腹空いてるの?今、ご飯買って来るから待ってて!」


「…う…うう」


私より少し年下ぐらいの女の子。

家出少女とか、だろうか。

なぜか放っておくことができなかった。




「はい」


買ってきたおにぎりとお茶を差し出す。


「……っ」


彼女は丁寧にお辞儀をして、それを受け取る。

よほどお腹が空いていたのだろう、貪りつくようにそれを食べ出した。


「ケホッ、ケホ…」


「慌てないのほら。ゆっくりでいいから」


「……あじがどうございばす」


顔を涙と鼻水で濡らしながら、何度も何度も礼を言う。


ふとその時––––彼女と目が合い。

とても可愛らしい顔をしていたけれど、彼女の方はなぜか目を丸くし、驚いたような表情をしていて。


その後も彼女が食べ終わるまで、私は待ち続けた。




「どう?お腹いっぱい?」


「は、はい。ありがとうございます」


その後もミックスサンド、おにぎり3個を平らげ、やっと落ち着いた顔を見せてくれた。


「あなた、何歳?見たところ私より年下っぽいけど」


「あ、えと16歳です。高校一年生」


「じゃあ一個下だ、私の」


「…そう、なんですね」


物悲しそうに彼女が呟いた。


「ど、どうしたの?」


「あ…いえ。私のお姉ちゃん、ちょうどお姉さんと同じ歳で亡くなったんです」


「…亡くなった?」


「はい。自殺でした。渋谷のビルから…」


その瞬間、全身をゾワっとした感触が這い上がった。こんな偶然があるだろうか。


もうすぐ自殺しようとしている私の前にこんな子が。それも…彼女の姉の死因まで、私のやろうとしていることに酷似していた。


「私、お姉ちゃんが亡くなった場所を目指してここまで来たんですけど…ご飯を買うお金が無くなっちゃって。そして…お姉さんが、助けてくれて」


泣きじゃくりながら彼女が言う。

そういうことだったのか…。


彼女の泣き顔が、見ていられなかった。


「お姉さん、じゃなくていい。露奈つゆなよ」


「え––––?」


「もう赤の他人じゃないでしょ、ここまで来たら。お姉さんの所まで一緒に行こう。あなたの名前は?」


「わ、私…」


彼女が私の顔をまじまじと見つめる。

何か言いたげな顔をして、やがて口を開く。


「…私、春夏はるかっていいます。春に夏って書いて」


どこか決意を固めたような表情で、言った。


「それじゃあ…一緒に行こっか」


そう。私が自殺することはひとまず保留にしておこう。

それよりも、この子––––春夏ちゃんのことが心配だった。


なぜか分からないけれど、絶対に放って置いたらいけない気がしたんだ。


––––お願い、この世界の誰か。

この旅の幸運を祈っていて下さい。


「ごめん、とは言ってもさっきのご飯代の影響で新宿までしか行けないかも」


「えっ…」

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