最終話 読めない羽生くん

「で、付き合う?」

羽生が言った。


「え…?」

当然そういう流れになると思っていた葉月には、羽生の質問の意図がわからない。

「どういう意味?」

「言ったと思うけど、俺、次に付き合う子とは結婚したいと思ってるんだよね。」

「え、あれって女子の興味を削ぐための嘘じゃないの!?」

葉月は驚いて言った。

「なにそれ。そんな嘘つかないって。」

「………」

(絶対冗談だと思った…)

「だから、付き合うんなら結婚前提になっちゃうけど?」

(正直、ピンと来なすぎて全然結婚してもいいって思っちゃってる自分がいるけど…)

葉月は自分の気持ちが浮ついてしまっていることを自覚していた。

「えっと…理由…」

「ん?」

「理由が知りたい。結婚したい理由…」


「理由…」

「………」

「理由ねぇ…」

羽生が珍しく逡巡するように、腕組みをして眉間にシワを寄せて口籠ってしまった。

「え、言えない理由なの?なにか悪いこと?」

「全然そんなんじゃない。」

「教えてくれなきゃ決められない…」

「笑わない?」

「わかんない…」

「くだらないって言わない?」

「聞いてないからわかんないよ…」

葉月は困ったように眉を下げた。

「だよなー」


「クリスマスってあるじゃん?」

羽生は観念して話し始めた。

「…あるね」

「あとバレンタインとか、ホワイトデーとかハロウィンとか。」

「イベント?ってこと?」

葉月の質問に、羽生はうなずいた。

「付き合ってるとそういうの大事って思わない?」

「クリスマスと、バレンタインは…大事かな。」

葉月は想像して言った。

「俺、料理人として生きてくって決めてるから、そういうイベントの時って店で働いてて絶対一緒に過ごせないんだよね。ひとによっては誕生日が店の繁忙期かもしれないし…」

「………」

「そういう時に仕事より彼女を優先したいとも思えないんだ。」

「………」

「でも大事に思ってないわけじゃないから、店が終わってから一緒に過ごせばいいかなって思ってて。」

「だから結婚?」

「遅い時間になっても家で会えるじゃん?」

「なにその理由ー!」

葉月は思わず笑ってしまった。

「やっぱくだらないよな。」

葉月は首を横に振る。

「ちがうよ、気の遣い方が羽生くんらしくて。結婚まで料理絡みで決めようとしてるって、どんだけ料理好きなの!?」

「………」

「そんな理由なら、結婚なんてしなくたって…イベントなんてなくたって私は大丈夫だけど…?」

「あともう一つ。」

「………」

「高校卒業したら、タイミング見て海外に行くつもりだから。」

「料理の修行…?」

羽生はうなずいた。

「多分一人で行くし、何年行くかわかんないから。そういうのって、結婚してなくても待てるのかなって。」

「わかんない…」

「だろ?」

「てゆーか、まだ付き合ってないから、そんなに先のこと自体がわかんないけど…」

「………」

「なんか今、その時まで一緒にいたいなって思ったし…羽生くんと結婚、したいなって思っちゃった。」

葉月はニコッと笑った。

「だってこんな風に先のこと考えてる人なんて羽生くんくらいだって思うし、羽生くんらしいって思うし、それだけ長く一緒にいてもいいって思ってくれてるってことでしょ?」

羽生はまたうなずいた。

「次に付き合う子と結婚したいっていうか…結婚したいって思える相手と付き合いたい。」


「羽生くんと付き合いたい。」

「………」

「結婚…も、私でいいのかよくわかんないけど…付き合ってて結婚してもいいって羽生くんが思ってくれるなら…いつかしたい。」

「荻田と結婚するよ。そんな気がする。」

そう言って、羽生は葉月を抱きしめた。

(わ…)

「荻田、髪がちょっと冷たい…」

「こういうとこのドライヤーってちゃんと乾かなくて…」

羽生は葉月の髪をくように指を絡めると、さらに強く抱きしめた。葉月の鼓動は早くなる一方だ。


(はにゅうはづき…なんか…ちょっと韻踏んでる感…)

葉月は結婚した場合の名前を想像してみた。


「荻田に大事なこと言っとくけどさ。」

「…大事なこと?」

「俺の名前…」

「晃一?」

「ちがう。上の名前。」

「え?はにゅうくん…?」

羽生はにゅうって書いて羽生にわだから。」

「……………え?」

羽生にわ 晃一こういち

「嘘でしょ…?」

「本当。」

「え、だって先生とかも“はにゅう”って言ってない?」

「誰かが“はにゅう”って読んだのを面倒で訂正しなかったらそのまま定着した。」

「一年の時からずっとってことー?」

「うん。」

葉月は羽生の胸の中で肩を震わせて笑った。

「そんなことあるー?」

葉月が笑って顔を上げると、そのまま羽生は葉月の顔を捕らえてキスをした。


「かわいい」


葉月はまた頬を赤らめた。

「…ニワ…くん、て…なんか言い慣れないから変な感じ…」

「晃一って呼べば?」

「晃一?」

「葉月」

「…なんか耳がくすぐったい。」

葉月ははにかんだ笑顔を見せた。


翌朝

「おはよう、羽生はにゅうく…あ…」

朝食の会場で葉月が言った。

「…ごめん、癖で。」

「べつにいいよ。荻田さん。」

羽生はわざとらしく丁寧に葉月を呼ぶと、葉月の耳に唇を近づけて囁いた。

「のこりの夏休みで慣れさせるから。」

羽生がいつもの不敵な笑みを浮かべた。

葉月は耳まで赤くなりながら、のこりの夏休みとそれから先のことを想像した。

(なんか全然…予想がつかない…)

葉月は困ったように笑った。

楽しそうな予感だけ信じることにした。




fin.

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となりの席の読めない羽生くん ねじまきねずみ @nejinejineznez

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