第22話 気持ち

長野の山の夜は満天の星が瞬いている。

避暑地というだけあって、夜ともなれば肌寒い。


「荻田に渡したいものがあって。」

街灯の下で立ち止まると、羽生が言った。

「渡したいもの?」

「はい、これ。」


そう言って、羽生が葉月に渡したのはラッピングされたアイシングクッキーだった。プロが作ったにしては、ところどころ拙いデコレーションだ。

「これ…手作り?」

「侑輔に今日が荻田の誕生日だって教えたら、“葉月ちゃんにプレゼント渡したい”って聞かなくて。」

「え、そうなの?嬉しい!」

葉月は満面の笑みを浮かべた。

「生地は俺が作ったから。」

付け足すように羽生に言われ、葉月は「ふふ」っと笑った。

「兄弟で作ってくれたんだ。ありがとう。」

クッキーはカラフルなフルーツと花のデザインだ。

「これ、ちょっと一澤 蓮司の絵みたい。」

「うん。“葉月ちゃんはきっとこういうのが好きだと思う”って、一澤 蓮司の画像とか見ながら一生懸命デザインしてた。」

「え〜!かわいい〜!今まで貰ったプレゼントで一番嬉しいかも。」

葉月はクッキーをくるくる眺めながらニコニコした顔で言った。

「一番?」

「うん。だって侑輔くんの気持ちがこもってるなって…」

———はぁ…

羽生が小さく溜息をいた。

「…手作りクッキーはさすがにちょっと恥ずかしいかなって思って」

「え…?」

「出すのやめようかと思ったけど、侑輔が一番てのはちょっと悔しいから…はい、これ。」

そう言って、羽生はクッキーをもう一つ差し出した。


「荻田、誕生日おめでとう。」


「え…これ…え…」

葉月の誕生日で、ラッキーナンバーでもある「8」の形にかたどられたクッキーに、花とハチがデコレーションされている。小学生の侑輔が作ったものよりも数段繊細に作られている。

「すごいキレイ…」


(嬉しい…けど…)


「なんで…?」

「え?」

「なんでこんなのくれるの…?」

「なんでって?」

羽生は不思議そうな表情かおをする

「だってこんな…さっきのお酒のことだって…」


「こんなことされたら、私…勘違いしちゃうよ…」


「勘違い?」


「……羽生くんが…」


「荻田のこと好きだって?」

羽生が笑って言った。


———コク…

葉月は恥ずかしそうにうなずいた。


「勘違いじゃないけど?」


「……え…」

羽生の言葉がうまく理解できない。

「え、だって…」「え」「羽生くん…」


「俺、荻田のこと好きだよ。」


葉月の鼓動がさらに早くなり、頬が赤くなる。耳は熱い。

「……うそ…」

「なんでだよ。」

羽生が苦笑いする。


「だ、だって…バーベキューのとき…今誰とも付き合う気ないって……あ、付き合うのと好きって違う…のかな…」

「違わないけど。」

羽生はいたって冷静だ。

「だったら…」

「それは“あの時”の“今”じゃん。」

「え…」

「あの時は荻田に彼氏がいたから。」

「え?」

「まぁあの時も、押せばいけるのかなって思ったりもしてたけど。」

羽生がつぶやくように言った。

「どういう意味?」

「荻田のこと、かわいいって言ったはずだけど。」

「あんなの、リップサービスとしか思わないよ…」

「彼氏がいるって知ってたから、ああいう言い方になったけど…荻田が喜ぶかなって思ってデザートの材料持って行っちゃうようなヤツだよ、俺は。」

「え…あれって、そうだったんだ…」

葉月の胸がキュンとする。

「早く別れればいいのに、ってずっと思ってたし。」

「え!?そうなの?」

羽生が笑った。


「荻田は?」

「え…」

「荻田は俺のことどう思ってんの?」

「どうって…そんなの絶対わかってるでしょ…」

葉月は照れ臭そうに言った。

「どうかな…俺の勘違いかもしれないし?」

羽生がいたずらっぽい笑みで言う。

「いじわる…」


「好き…だよ」


羽生を見上げて言った葉月の顔が真っ赤になる。

「いつも…気 遣ってくれてて、さりげなく優しくて、侑輔くんに優しいところも…好き…料理バカなところも好き」

「料理バカって」

葉月は照れ臭そうに笑った。

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