異形の者と死神、そして末路

一陽吉

花たちを愛でる自由への罰

「人間やめて本当によかったぜ」


 男は真夏に広がる夜空を見ながら呟いた。


 森のわきにある草原で男は全裸のまま仰向けに寝転がっているのだが、本人は気にしている様子もなく、自由を堪能していた。


 そして、男の他には誰もいないはずだが、女たちの声も聞こえた。


 その声はまさしく肉感からあふれたものであり、行為の進行形であった。


 機材を通したものではない、女の生声は、男の身体から発せらていた。


 男は身長二メートル五十センチほどある筋骨隆々の体型だが、その右腕、左腕、右脚、左脚、胴体と、それぞれ一人の女性が裸体をさらして埋め込まれてあり、下腹部に快感を与える刺激を受けて声を漏らしていたのだった。


「人間だったら6Pなんてできねえからな」


 そう言って、魔物ならではの快楽を味わっていると、どこからともなく二人の女が現れた。


「ほう?」


 興味をひかれ、男は起き上がった。


 一人は三十歳くらいに見え、ドレスにちかい黒のワンピースを着て、頭にはモーニングベールが被られていた。


 もう一人は十歳ほどの少女で背も低く、同じく黒のワンピースを着ているが両腕の部分が透けていて、白いボールのようなものを持っていた。


 そして、二人とも黒髪をボブカットにして白い肌をあらわし、蒼い瞳をもつ顔はよく似ていることから親子のように思えた。


「あんた方も人間じゃねえな。こんなところへ何の用で? もしかして、これに混ざりたいのか?」


 二人の登場で弱まってはいるものの、声が出ない程度に行為は継続していた。


「あなたは禁呪を用いて魔に堕ち、その力で女たちの自由を奪い、凌辱した。それは万死にあたいする。よって死神の職務に従い、命を刈り取る」


 母親とおぼしきベールの女が言うと、その手に大鎌が現れ、構えた。


「ほっ、ほー。おっかねえ。でもいいのかい? そんなので下手にぶった切ったら、女たちも死んじまうぜ。それより、俺と一つになって楽しもうぜ。なんだったら、親子丼もできるしな」


 軽い口調で下品に言う男に耳を貸さず、ベールの女は無言のまま大鎌を持って駆け出した。


「お嬢ちゃんの白いボールも気になるが、向かってくるなら仕方ねえ。先に相手してやる、ぜ!」


 言い終えると同時に男が瞬間移動。


 動作途中であるベールの女を抱きしめた。


「いい感触だぜ、このまま──」


 体内へ取り込もうとしたが、ベールの女は、それが幻だったかのようにすうっと消えた。


「なに、どういうことだ?」


 さきほどまで軽口を言っていた男だが、動揺を隠せなかった。


 すると、男の身体に巻きつくような紫の光線が展開。


 立ったまま男を拘束した。


 しかも光線は四肢や同体にある女性を避け、男だけを拘束し、それまでにあった行為も遮断された。


「く、まさかあの女、魔力体?」


 理解して男が言った。


 ベールの女は肉体をもったものでも、精霊や神の存在でもなく、魔力だけで作られた、いわば分身であった。


「てことは、お嬢ちゃんが本体か」


 男はあらためて少女を見た。


 すると少女が両手で持つ白いボールが毛羽立ち、細かい集団が何やらもそもそと動いていた。


「あなたの全てを封じたわ。あとはその邪悪な命を刈り取るのみ」


「ま、待てよ、お嬢ちゃん。この女たちは解放する。だからそれでいいだろう? な? な?」


「ダメ」


 男の懇願もむなしく少女が棄却すると、その身体にあった女たちは皮をむかれるように前へ倒れ、剝がれていった。


 そして女たちの背中が天に向けられると、そこから黒い大きな翼が現れ羽ばたいた。


 翼は実体がないため交差してもぶつかるということがなく、目を閉じたままの女たちを空へと導き、それぞれ帰る場所へ翔けていった。


「今度はあなたの番」


 抑揚のない静かな声で少女が言うと、手にあったボールは形を崩し、細かいものとして一斉に飛び出した。


 それは小さな羽だが、一つ一つが意思をもち、何百万という大群となって男の身体に喰いついた。


「い、いてえ、いてえよ、ぐ……、ぐわああああああああああああああ!」


 男の頭だけを残して、白いものがもぞもぞと動いて魔に堕ちた肉体をついばんでいく。


 それはまさに鳥葬であり、一分ほどの時間で骨も残さず男の身体を喰い尽くした。


 ──ゴサ。


 支えるものがなくなって男の頭は落下し、雑草の上に転がった。


「いてえ、ズキズキ疼きやがる……」


 左に顔を向けたかたちで、男はその痛みに耐えていた。


 そして、白い羽の集団は少女の元へ戻ったが、その手にではなく、左肩付近の空中で球体を形成し、漂った。


「仕上げよ」


 そう言うと少女はゆっくりと男のそばへ近づいていった。


「おいおい、今度は何をする気だ、お嬢ちゃん!」


 その気配を感じて言う男。


 わずかな視界から、少女が長い柄の大型ハンマーを持っているのが見えた。


「あなたを地獄へおとす」


「地獄へおとす? いや、まてまてまてまて。そんなのでどうしようってんだ。やめろ、やめ──」


 グキャ。


 振り下ろされた重い金属が肉と骨を潰す音がすると、少女の手にあった大型ハンマーは消え、男の頭もそこにはなくなっていた。


 血痕などの体液もなく、自生する雑草だけがあった。


「自由なのはいいこと。だけど、それで他人の自由を奪っていいことにはならない。あなたはあなたのやった報いを受けるのよ」


 そう呟くと、少女はすうっとその場から消えた。


 何者もなく静まり返る夜の草原。


 そして、存在していた事実さえ消すように一陣の風が吹いた。

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