1.招待状


「誕生日一週間前に何故こんな陰気くさいボートに乗らないと駄目なの?私は何か神の機嫌を損ねてしまったのだろうか」



 幼く小柄な少女は陰鬱そうに言うと晴天とも曇りともとれない鈍色がかった空をボートの中から睨みつける。

 記念すべき七つの誕生日を一週間後に控えているのに不運だ、と改めて思う。



「仕方ないだろ、本家のジジィが行けって言ったんだからよ。」


「あのジジィ共の頭皮、髪と共に消えれば良いのに…絶対ストレスで禿げさせてやる!」


「坊ちゃん、きよ様、それ俺が上へ云ってあげましょうか?それと御祖父母方にその様な口振りは流石に目に余りますよ。」


たけるは鬼だね」「たけるは鬼かよ」


「残念ながら人間です。」



 空色とは似つかない爽やかな笑顔で返し、ジャケットの内ポケットから携帯を取り出そうとする幼い少年少女より少し歳上に見える少年。使用人の様な言動だが何処か刺々しく親しげなのは不思議な光景だ。


 何故おいぼれの代役で招待を受けているんだ!ますます考えれば考えるほど馬鹿馬鹿しいことこの上ない。少女はボートの縁に肘をつきため息を零す。

 片や六つの少女、片や十歳の少年、そして十七の少年少女、そんな非力で無力な若者子供を向かわせて何が出来ると云うのだ。

 清と呼ばれた少女は再び憎みたっぷりに見上げると突然同じボートに乗っていた青年が「あのぅ」と声を上げた。



「同じボートに乗った縁です、僕達は僕達で先に名前と齢と趣味を言いませんか?」



 複数あるボートで偶然目を合わせた私達、確かにご縁だがどうにも良い気にはならなかった。元々から身内や一族以外で言葉を交わすことなんて幼馴染の兄弟のたった二人だけで、ともなれば当然他人との交流を嫌がるのも無理もないのだ。


 この少女、清は齢七つ手前にして閉塞的で偏食的で限られた交流を好む可憐な容姿とは相容れない少し風変わりな人間性だった。

 かく言うその身内や一族でさえ中には喋る事も顔を合わせる事すらもしない者もいる。

 自己紹介はすれど宜しくはしない部類の少女だ。



「ゴホンッ!では言い出しっぺの僕から……僕は九井ここのいげんです、19歳で読書が趣味です。」



 少しくせっ毛でまとまりのない黒髪を後ろ下で一つに結っている。カーキ色の使い古されて裾やあちこちが色褪せているのがよく分かるズボン、少し季節外れを思わせるファー付きのジャンパーは暖かそうだ。


 さて次は誰だと一瞬ボートに沈黙が訪れるが直ぐにそれは無くなった。



「……次は私がするわ、私は島田しまだ七実ななみよ。年齢は…38歳、趣味は特に無いわね。」



 体のラインが良くわかるデザインの派手な赤色ワンピースに黒のベルト、年齢の割に若々しい容姿は化粧で程よく彩られている。カールした長い髪は染めていたのか少し傷んでいる。

 よろしく、と最後に付け足すように言うと彼女はボートの縁に手を置いて目を伏した。天候もあり顔色も悪く見えるが船酔いでもしているのだろうか。



「お次は俺で…。俺は23の三好みよし花一はないちって言うモンだ、趣味は特に無いが強いて云うなら海をよく見たりしてるな。」


「あっ次は私が、私は河原畑かわらばたれい。花一君とは高校の同級生だったんです、読書が主ですね。」



 顎のラインに反って生えている無精髭の目付きが鋭い強面の男性、髭と長めの髪さえ無ければ年齢相応の見た目だろうその顔立ち。古めかしい男性の口調もまたそう感じさせる要因だろう。

 そんな男性に続くようにおずおずと手を挙げて恥ずかしげに頬を染めて自己紹介をし始める女性、れい。彼女の見た目はいかにも大人しめで眼鏡さえあれば文系とも理系とも取れるような理知的な外見と雰囲気だ。

 この二人が同級生というのだから、見た目は矢張り信用しきれない。

 これで私達以外は全員自己紹介したようで、全員の視線がボートの一番最後列のこつまちに集中してきた。

 語るでも無いが矢張り正直面倒くさい、やりたくないのが少女の本音。


 だがこれでも名門“本田ほんだ一族”だ、第一分家と言えどその肩書きは好みに刻まれている。名に恥じぬ行動をするのが礼儀だろう。



本田ほんだきよ、六歳、趣味はパズル…以上。」


本田ほんだ明智あけとも、十歳、趣味は雑学と悪戯。」



 少女─清は視線をボートの中から飛沫をあげる海面に移し、少年─明智はぶっきらぼうに睨んでるともとれる鋭い目つきで全員の顔を眺める。

 清は白のビブカラーの付け襟ランタンスリーブのシャツワンピース、臙脂色の細いリボン、黒タイツに焦げ茶の編み上げミニブーツ。一見すればどこかのお金持ちの子供だろう。

 明智はシンプルなカッターシャツにグレーのネクタイ、黒のフォルドプリーツショートパンツに膝下の黒靴下、少しゴツめのブーツという、こちらもまたどこかのお金持ちの子供の格好。

 事実お金持ち……というより名家名門の出なので間違いでは無い。


 そんな見映えの良い服を着た幼子少年少女の二人は最年少でありながら大人びた雰囲気をまとい、退屈そうに人間を眺めた。


 途端、ゴンッと鈍い音が二つボート内に響き飛沫をあげる海水に次第に消えていった。

 その音の元となる清と明智は痛む頭頂部を抑え横を見れば案の定だ、案の定ゲンコツの構えをしている少年と目が合う。



「失礼致しました、俺は額田ぬかたたけると申します以後お見知りおきを。齢は十七、普段は清様の側近として傍におります故、この馬鹿二人が何かしでかしたら直ぐお申し付けください。」



 少年、基武はゲンコツした手を開き胸に当てて座ったまま頭を軽く提げてお辞儀をする。

 にこやかに毒と棘を含む言葉を放つ姿は服装と相反し独特だ。

 黒を基調としたスーツセットにグレーのベストを中に着込み、臙脂色のネクタイという学生の年齢にしては社会人を彷彿とさせる格好。大人びた風貌とは裏腹に側近というがその主である清には無遠慮とも取れる態度が奇妙。

 ボートに乗っていた他の人達はそんな武を見て引き気味に苦笑いを零した。


 堅苦しい奴だね武は、バカ真面目め、そんなだからカノジョが出来ないんだデクノボー。



「というかおいコラ武、何シレッと俺まで馬鹿扱いしてんだ!」


「おやすいません、俺よりか頭が悪いっての方が良かったですか?」


「んにゃろぉ…!!」


「目くそ鼻くそを笑う。」


「清黙れ」「清様お口チャック」



 どんぐりの背比べ、同じ穴の狢、まだまだ言い換えることのできる二人のやり取りを見て清は小馬鹿気味に鼻で笑う。年下に馬鹿にされた二人は事実似たりよったりではある。

 1つのボート内でギャンギャンと小規模でくだらない言い合いをする少年二人に、それを見て茶々を入れる少女。

 先程まで静かだった船内は途端に賑やかになった。



「ふふっ……あっすいません、御三方は本当に仲が良いのですね。」



 口元に手を当てて朗らかに笑う河原畑。

 そんな彼女を見て三人は目を白黒させてお互い同時に目を合わせた。

 と言われるのは慣れてはいるが、矢張りどうにも納得いきにくいのがこの三人の年齢不相応に大人びた副産物の弄れた性格なのだ、その関係性も合間うと更に。

 主人と側近と主人の親戚、そんな言葉一つで終わったらどれだけ楽なのだろうか、腐れ縁もここまで来ると最早呪いか束縛だ

 口をとんがらせて三人は同時にそっぽ向いた。



「……おい見てみろ、どうやら目的地に着いたみたいだぜ。」



 ボートから少し身を乗り出して遠くの方を指さした三好。


 言われた通り指の向く方を見れば、薄く霧がかった孤島が事も無げに、まるで最初からその場にあったとでも言うように現れていた。

 この距離からでも見えるほど堂々たる風貌はまさに物語の曰く付きな舞台のソレで、おどろおどろしい洋館が木々生い茂る丘の頂から見える。


 西洋館か異人館、否…違うな?何だったか、まぁ良いか、六つの少女である私には手の余る様式認識だ。



「あの島が久能島くのうじまだって言うの?随分陰気臭い所ね…同封されてたチラシとは全然違うじゃない。」



 島田は明らかに不満げに眉を顰め、カバンの中から取り出したその“同封されてたチラシ”を広げて他の人達が見えるようにする。

 だが他にも数名、チラシを貰ってる人はいたらしくどうやらチラシの存在を知らなかったのは……



「チラシ?えっ清?」


「んーん?えっ武?」


「いいえ?確かに手紙開封は俺がしておりますがチラシなんてものは…」



 何も、と続けて言う武に幼子二人は島田とはまた別の理由で眉を顰めた。何しろ二人は武を案外心底信用信頼しているから、武がそういうのであればそれが事実だろうと飲み込んだ。

 それにどうやら、チラシが入っていなかったのは自分達だけでは無かったようだ…と明智が視線を他にずらす。

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オトバコ 元薺ミノサト @minosato

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