僕と直美のランデブー
塩ト檸檬 しおとれもん
第1話そして神戸
章「そして神戸」
「久し振り!って会うのかな?」の僕の問いかけにお昼が回ったぐらいに返事が来た!
「何で久し振り?」しょっちゅう会ってる。
ピントがずれてる僕の顔写真を貼り付けた。
「こんなの要らん!」
ソッコーで返って来た!
ショートメールより早い。
でもリアルに会うんだから、なんか言葉は要るだろ?
無言が続く。
今はバイタル測定中か?
そら書けんわな。
直美は看護師&社会福祉士で、数人のクランケを受け持つグループホームで敏腕を奮っている。
こう書けばカッコイイ?
要らん!
じゃどう書けば!?
ラインの行は横書きで、その行は縦に流れる。
横書きは左端が見えんから苦手だった。
左半則無視。高次脳機能障害の一味で悪辣だ。
カレンダーの日付を観るときもテレビに流れるテロップを観るときも左を観る事が苦痛だった。
見落としがあったからだ!「これで小説を書いてるって言うけど日記みたいやわ!」
僕よりもアホな妻に言われ何も応戦しなかったのは、小説家になれたら偉そうにしてやる!と誓いただひたすら書き続けると神に誓ったからだ。
左が見えない事をカミングアウトしたら1秒で分かってくれた。
さすが優秀な看護師!
優秀じゃない!直美が言うが日本人は謙遜が得意だ。
明らかに否定した返事。たまには肯定しなはれ!と書こうとしたが、リハビリのお迎えが来たので優先順位を入れ替えそそくさとエントランスを出た。
第2章
「ビューティフルな出逢い」
ポラリスのリハビリでは自立支援を目標に脚力と体幹に刺激を与えるマシンを相手に孤軍奮闘していた。
後の通所者は後期高齢者で、健康だが年老いて足腰が弱ってきた人も居て、会話を楽しみに通所してくる後期高齢者も少なくない。
第2章「男のプライド」
僕は12年前の5月17日に脳出血を経験した。口論の末、妻を怒鳴りつけた僕は買い物先のエコールを車で出たが、まだ怒りは収まらず「怖いわ。」と妻に言われても無言で押し通す。
帰る途中で友人に出会った。
「オマエ、酒のんでる?顔が赤いぞ?」
なに言ってるのか全然分からなかったが、取り敢えず自宅へGo!だ。
家に帰ってソファーに寝そべる。
ふと、浮かんだのは何で単身赴任の新居浜市から自宅へ帰ったかというのは、会社の健康診断で血液検査の結果が思わしくなく、将来あなたは心不全を起こすと予言めいた診断書を渡されたからだ。
所謂血液ドロドロ状態だった。
「単身赴任の人は結構大病してますよね?」
部下の言葉を思い出し、そんな事あるか!と、打ち消し様にトイレに経った。
今まで支店から電話が無いと言う事は業務が滞りなく進んでいると言う事!
くそ憎たらしい松山のオリバーくんも電話が無い!平和な1日になる筈だった。
用が終わったのでカラカラとペーパーを引き出すが、引き出しにくいのは何故?
左手が痺れて居るのは先ほど左脇腹を下に寝転がっていたから痺れたと、素人判断で気にせず全裸になりシャワーを浴びた。
熱い湯に掛かれば何時もの様に為るわと気軽に全身を洗った。
この頃には妻に向けた怒りは収まりシャワー後のスカッと爽やかを期待していた。
バスタオルで水気を拭き取りさっぱりした身体にラフなTシャツを着込みいそいそとコップを左手で持ち、シュポッ!と缶コーラを開け注いだ。
シュワシュワーっといつもの弾けた気泡が、ブラックな炭酸飲料の美味しさを醸し僕を誘っていた。
ひと口飲む。あれ?甘く無い!もう一口!やっぱり甘く無いや。
蛇口を捻って水道水を飲んでソファーに寝転がってテレビでも観ようと、歩き始めた時、ガク!
と、左膝が折れた!何で?歩きにくい。何でや?疑惑が頭にグルグル回っていたが、ダイニングキッチンを通過してフリールームに入ったが立って居られなく為って仰向けに倒れた!
フローリングについている後頭部の奥底から鈍器で叩いているみたいに激痛が、走る!ペットのトイプードル、ロコとミニチュアダックスのコーちゃんが異様な程に吠え立てた!
頭がガンガンするのは後頭部がフローリングに当たっているからなのかと、体勢を変えようとしたとき、「どーしたのパパ!?顔が真っ赤よ!救急車呼ぼうか!?」有無を言わせず携帯を持った!ワンワンワンワン!
「保険証と財布くれ!」まだ意識はあった。が、左手が動かない!救急隊が来た!
「歩行困難!」
「脳外科へ行きます。
「今から麻酔をします。」覚醒したのは病院の大部屋のベッド上だった。
ふと、右を見たら右の手足がベッドフェンスにロープで縛られていた。
病院が緊縛プレイをする訳無いし、右のもっと足元を見たら妻が座っていた。
「脳出血なんだって、点滴をしたら直ぐ帰れると思ってたのに!今から給料どうなるの?」
この状況で俺に聞くなと思ったが、女は自身が危機的になった時でも日々の生活の心配をするのか!と知ったが、妻だけかも知れない。
逆に男は仕事の事か・・・。
高知、徳島、と支店長を勤め、新居浜では不本意ながら店長をやっていた。
所謂支店長の傘下、もっと言えば支店長の部下だ。
スクエアハウスは上司がパワハラをする人が多くそれが元で会社を辞めるスタッフが物凄く多い。定着率なんて10%を切るくらいだ!
一週間程、入院して業務復帰出来るものと考えていた僕は絶望的な人生がやって来る事とは知らなかった。
脳を遣られているのは、多くのリスクが有るのを僕は痛烈に思い知った。
まず、幻影を見た。
赤いアロハシャツを来た男が立って僕をじっと見ている。
その人影は直ぐに消えたが次は、何時まで経ってもトロミ荼と薬しか出て来ず、空腹にしびれを切らしたが、かなり脂肪が消えて、腹筋の6パックが現れた。が、もうどうでも良かった。
何せ脳を遣られているから嬉しくもなんともない。
入院一週間後、初めて食事がでた。
今まで食事抜きだったのは嚥下障害を警戒していたためだそうだ。
しかし、完食しても空腹感は拭えなかった!3回程繰り返したら看護師が、「大曽根さんは食事トレーの左側ばかり残すから嫌いな物が出たからだと思ってたら違うね、左見えてる?」と、言われそうか勿体ない事をしていた。完食したと思っていたら左側が見えてなかった。
この後、サラダにマヨネーズがついてないと思ったら皿の左淵に乗っていた。
トンカツのソースもそれだ!
退院しても空間無視は失語症とともに着いてきた。
久し振りに面会に来た妻を見て結婚後初めて涙を流した。「ひろこはほえほ~△✳×%~・・・ウウゥウッウッ、ウッ、ウウゥ~。」慟哭とも捉えようがない。感情失禁というやつだった。
「どうしたの?」
ビックリした面持ちの妻を見て今まで関白だった僕を戒め優しく為ろうと決意したことはスッカリ忘れて、高次脳障害のまま退院して自宅療養の為、自宅へ戻るが失語症、感情失禁、注意障害、空間無視は納まらず。
新たな問題を抱えていた。
内反尖足がそれだ。
左足の足底が直角になり、小指が足底の代わりをする症状は、立って歩く時に小指から劇通が走る!
「う、あー!痛い!」叫ばずには居られなかった。
理学療法士に聞くと後脛骨筋が脳の指令を受けずに暴走して、小指、足底等の筋肉を引っ張る症状があるとか。
なんで僕だけ?と思ったら孤独の背中に秋風が吹いていた。
「幾らお酒を飲むのを止めろと言ってもとうとう障がい者になるから私が働かないとダメに為ったやん!私を不幸にしてどうするの!?」妻は思い出した様に過去から瑕疵を拾い上げ僕にぶつけて来た。妻の復讐だった。「くそ!」悔しくて腹立たしくて、憤る怒りを何処にも持って行けず、担当者会議の日にぶつけた!
「俺はオマエと離婚したいんや!偉そうに言いやがって!」
ケアマネージャー、介護士、ソーシャルマネージャー等がビビり倒していた。
脳を遣られているから感情失禁で訳の解らない事を言っていると思われたかも知れない。
もう僕は社会復帰に焦りを感じ、フェイスブックにアクセスして自分の思いを投稿していた。
第2章「直美」
僕と直美はフェイスブックで知り合った。
直美は見た目美人だが、目付きが鋭い!
こちら側を睨むポーズで写真を構成していた。
彼女は悪ぶっているが、根は優しい筈。
その予測が当たったのは、彼女と友達になりラインを始めたあの頃だった。
およそ4年前、私の仕事は資格が必要なの。
「元レディースの総長か犯罪者?」
「アホか。」
何気ない会話が日常的に為って行った。
ネットのコミュニティでリアルに会うなんて事は珍しいし、スクエアハウスのスタッフが実家が佐賀県とか、熊本県で僕が熊本県の整形外科に入院して、内反尖足のオペ、筋延伸術を施すのなら近隣の県に実家があるから会いに来てくれた。
直美は僕に対してロマンス等無く只の友達として、自宅へ帰る道すがら神戸へ立ち寄る。
わざわざ新幹線を降りてまで僕と神戸市の夜景まで見に行く!僕は有り難いと思っていた。
ワインディングロードのハンドル裁きは彼女らしく颯爽としていた。
4WDのマークIIが足回りが良いのは別として、フェイスブックの鋭い目付きの彼女を彷彿とさせていた。
頂上着。
「ちょっと左肘を持って良い?」
顔を観ながら断った。細くて壊れそうだ。
六甲山上の駐車場から展望台まで傾斜が付いて約8%の勾配を上らなければ為らず僕はこの時、シューホン(短下肢装具)を履いて居なくアンクルサポーターだけだったから幾らノルディックの力を借りても六甲山上の強風を耐える自信が無かった。
「一緒に六甲山上に行けるなんて、奇跡的ですわ!」
照れ隠し的な台詞を吐いて、転落防止のフェンスに凭れた。
鉄のフェンス、背中が冷たい。
でも六甲山上の気温は真冬並みで、部屋で過ごす様なシャツとトレパンでは凍死級の寒さだ。
「一枚着ていて良かったね?」直美に言うが、神戸の夜景が恋しい様でフェンスに両手で掴まり、視線は甲と反対側へ投げていた。
三宮辺りからピーポー音が上がってきた。
「聴こえる。ナオチン?」右を向く。
うん。短い返事。
強いアゲンストが吹き付けて長い髪が靡き耳朶まで見せていた。
細く白い首筋が寒そうだった。ヨッコイショーイチ!直美と同じ立ち位置にして、「うわっ!さぶ!」麻痺側の筋肉が固まる。そんな気配を感じていた。
夕暮れのコントラストを直美と並んで眺めている。
まだ17時だから2、3組のカップルや家族連れが居たが、夜の帷が降りてきたのを見計らい1台、2台3台と帰路に着き甲の舞台はスタンバイ出来ていた。
「日の出を終えた陽は正午に最高潮の陽の高さを迎える。
その後、勢力は弱まり一ミリ毎に低くなって行く。」横を向いて直美に言い聞かせる様に語った。
「地球規模の一ミリ?」直美は不思議そうに僕の顔を下から覗いた。
「うん。」甲が頷く。
しかし、サンセットを視ていた。
地球規模の、一ミリなんて、計り知れないし、一ミリの長さは、一キロかな?また、直美へ振り向く。
「地球の一ミリは何メートル?」少し笑った直美は「こうちゃんが言ったんやん?」そか、短い返事をしてまたサンセットを視た。
「眩しいね、眼がチラチラする。」
眼を瞑ったり開いたりして、しばたかせていた。
「ずっと観てるからだよ。」笑った。
「その沈んだ夕陽がね?」言い掛けて止めた!
この何気ない会話と意味の無い動作は、ずっとずっと友達で居たからこその僕らへのインターバルの神様からのプレゼントだね?直美を見て口パクで言った。
「無言で喋るな!音を出せ!」
直美ならではの言い回しをクスクスと笑っていた。
もう夕陽のスカーレットタイムが終わり、完全に神戸の夜景に暗闇が覆い被さっていた。
「僕達は幸せな時間を過ごしている。」
棒読みで言うが、神戸市民の家や夜営業の店や高層ビルに明かりが灯っていていつの間にか、ロマンチックな言葉を並べて直美を口説く時間に為っていた。
「これこれ!観たかったんだー。」爽やかな笑顔と共に甲に振り向いたらフレグランスの香りが甲の全身を包んだ。
もう夕陽のスカーレットタイムが終わり、完全に神戸の夜景に暗闇が覆い被さっていた。
「僕達は幸せな時間を過ごしている。」棒読みで言うが、神戸の明かりが灯っていていつの間にか、ロマンチックな言葉を並べて直美を口説く時間に為っていた。
「これこれ!観たかったんだー。」爽やかな笑顔と共に僕に振り向いたらフレグランスの香りが甲の全身を包んだ。
直美の幼少期は幸せそのものだった。
特に人道を外れたり阿婆擦れたりはなかった。
センセーショナルな事件と言えば、父が失踪した事実がある。
女を作って家出とは良くある男のパターンだ。
23歳で結婚。成人まで生き延びてた。カミングアウトにちょっぴり感動した。
今夜の宿は良い思い出をアーカイブに保存して良い夢を見て下さい。
僕と直美のパラレルラインは永遠に保存されそうだ。(了)
僕と直美のランデブー 塩ト檸檬 しおとれもん @hibryid
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