第8話 定期的に血を吸いに来るもの
3ヶ月か半年かは忘れたが、忘れたことにやってくる吸血鬼とも言うべき献血車。私は、以前に献血で倒れたこともあるからあまり積極的に参加したいとは思わない。だから、献血の依頼など断るつもりだった。
そう、当日まで逃げ切れるつもりだった。が、私の部署の担当をしていた先輩はしっかりフォローをいれてきた。
「今日は、ちゃんと行ってよね。うちの部署のノルマは決まっているんだから」
先輩の目を見ながら私は、強気で答えた。
「はい。」
そう言ってもやっぱり倒れたときのことを思い出すと強気になれない私は作戦BとしてTimed outを狙っていたのだが、総務の女性がフォローのためわざわざ私の席まで出向いてきた。
「夏空さんの部署は、それでなくても人数ぎりぎりなんですからサボらないで行って下さいね」
私は、またもや強気で返答した。
「えー。私、血取られると気分が悪くなるから嫌なんだけど」
『どん』
彼女は、私の机の上に手を叩きつけて言った。
「勿論行きますよね」
「でもー」
私が反論しようとすると、彼女は、硬く握り締めた両手を机においたまま私を睨みつけるようにして言った。
「仕事をいつも手伝っているのは誰ですか?」
私は、ここで舐められてはいけないと思って言い返した。
「ありがとうございます」
やっぱり、私の立場は何処にも無かった。それは、少なくともイスカンダルまで行かない限り見つけられないように私は感じていた。ふう。と諦めの吐息をつくと仕事の先輩(先程とは別人)が自席に来る。
「夏空君。行くよ」
もう、反論する余地も無かったので、私はやけくそに答えた。
「はぁ、分かりました」
完全に逃げる道を絶たれた私は、その先輩と一緒に献血車が停車している場所まで歩いていった。
「そこの問診表に名前と健康状態と…」
私が問診表にいろいろ書きこんでいると、一緒に来た先輩が思い出したかのように言った。
「あっ、俺、今朝薬飲んだの忘れてた。やっぱ、駄目ですよねぇ」
「うーん、薬飲んでいるとねぇ」
受付をしていたおっちゃんがしょうがないというような表情をした。
「うーん、仕方ないなぁ。そういうわけで、夏空君、じゃ、また職場で」
先輩は、なんとなく嬉しそうな表情をしていたのを私は見逃すことは出来なかった。きっとそのときの私の目は、「裏切り者ー」と叫んでいただろう。しかし、先輩はそんな視線を気づかずに去っていき、結局、私だけが取り残された。
「200mlでお願いします」
俺が言うとおっちゃんは怪訝そうな顔で、
「400mlしかやってないんでお願いしますね」
と答える。この時点でかなり憂鬱になる。私は、以前に血を抜かれたとき、受付のおばちゃんに勝手に400mlにされて洒落になく辛かったのだ。冗談ではなく、「出血多量で死ぬときって、きっとこういう気分なんだな?」などと考えながら倒れたのだ。とりあえず、献血車のベットでしばらく寝て回復したのだが、少なくともあの時は吐き気もして一時間は起き上がることが出来なかったほど酷かった。ブルーな気持ちのままでおっちゃんの質問に答えていき、最後の質問とばかりにおっちゃんが尋ねた。
「体調はどうですか?」
「ばっちしです」
日頃の癖が出てしまったのか、思わず、私はVサインをしていた。
はっ? と気づいたときには、採血(血の適正及び血液型確認)と血圧測定を終了しており、とうとう吸血バスに私は立っていた。私は意を決してバスに乗り込んだ。それから、献血が終了するまで20分はかかったような気がする。
後から来た現場のおっちゃんが、「遅えなぁおめえ」とか言いながら元気に去っていった。
その夜、私は飲み会だった。
「今日、献血に行って大変だったんだ。なんとなく調子悪いし」
「あっ、夏空さんちゃんと献血に行ったんだ。偉い、偉い。ビールで水分補給しなきゃね」
その場所にたまたまいた、私に献血に行けと脅した女性が言った。
「そういう君は行ったの?」
私が質問すると、彼女は壁のメニューを見ながら、ぼそっと答えた。
「私注射嫌い」
「はぁっ?」
「注射が嫌いなの!」
彼女の逆ギレ気味な返答に戸惑った私は、しばらく壁に書いてあったスペアリブから目を逸らすことが出来なかった。しばらく……。
注:献血は体調に合わせて適度に行いましょう。
笑える話とか旅行の話とか 夏空蝉丸 @2525beam
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