イタズラにジェミニ

御子柴 流歌

ふたつ、ひとつの星の下に



     ☆     ☆




 夜。そろそろ寝落ちしそうになる頃合い。

「……あ、そうだ。そういえばなんだけどねー」

「ぅ……ん?」

 スマホの向こう側でおとことが何かを思い出したらしく、少し声が大きくなった。そのおかげで危うく落ちそうになっていたところを助け出されたような恰好になる。――バレてないよな。大丈夫だよな。

 友人のツテで女子校の娘たちとの交流会――というか合コンに赴き、そこで何かがぴたりとハマったように付き合い始めてから数ヶ月が経っているのだが、この日課はずっと続いている。案外話す内容は尽きないモノだ。そんな自分にも少し驚く。

 互いの家が若干遠いということもあるし、俺は俺で部活とかもあるので実際に逢うことがなかなかできない。そこをウマく補えているという感じはあった。文明バンザイだ。感謝しか無い。

「なんかー、ウチの親、近々再婚するんだって」

「……あー、そういえば琴音のとこって母子家庭だって言ってたっけな」

 このタイミングで言うような内容か――とも一瞬だけ思ったが、その疑問もすぐに消えていく。何せ、わりと眠い。今日はランニングの距離がいつも以上に長かった所為で肉体的な疲労感がやばい。申し訳ないが睡魔には勝てない。人間どうやったって三大欲求には抗えないのだ。

「へえ……」

「ちょっとーしゅうすけ? 聞いてるぅ? っていうか起きてるぅ?」

「聞いてるって」

 しかしさすがにこのままでは本当に寝落ちしてしまいそうだ。そんなことをしたら琴音に申し訳ない――というか、明日の朝からしっかり通話で怒られそうなので、一瞬立ち上がって伸びをする。

 とはいえこれで眠気が覚めるかといえば、そんな自信は全く無い。

「『おめでとう』……で良いのか?」

「んー……まぁ、そうだね」

 複雑なところはあるだろう。そりゃあ俺だって、もしもいきなりそんなことを父親から言われたら、少しは戸惑うかもしれない。

 何せウチも片親だ。父子家庭というヤツだ。

 生憎俺はそこまでの優等生ではないが、それでも迷惑はかけないようにしてきたつもりだ。しかし今まで大変なことだらけだったはずだ。もしウチの父さんが再婚すると言っても、俺はそれを祝福したい――。

「復縁らしいんだけどね」

「ぉあ?」

 何かまたとんでもないことを言われた気がする。

「しかも、向こうにも子供がいるって言っててさ」

「へえ……。え? ってことは、琴音にきょうだいが居たってことか」

「しかも双子なんだってさ」

「んげふっ」

「ちょ。だいじょぶ?」

「……何とか」

 ひゅぅっと空気を吸った瞬間、いっしょに唾液の飛沫が気管に突入して来やがった。全く、傍迷惑な。

「ただのきょうだいじゃなくて、いきなり同い年の姉妹が出来るってことか……」

「うまく付き合っていけるか心配」

「……いやまぁ、大丈夫じゃね?」

「他人事だと思ってー……」

「いや、ンなことないって!」

 大きくころころと表情や声色が動き回るタイプではないけれど、しっかりと感情表現はするし、言うべきことは言える娘――それが早乙女琴音だ。お前の普段の感じなら大丈夫だろう、たぶん。そんなことを思ってみる。

「まぁ、何があっても大丈夫だろ。……お、俺が付いてるからな」

「そこで噛まれると逆に全然大丈夫じゃない気しかしないんですけど」

「噛んでないぞ」

「じゃあ何?」

「言い慣れないことを言おうとした結果、口が回らなくなっただけだ」

「それを一般的には『噛む』って言うと思います」

「……そういうところもあるよねー」

 噛んだとは認めない。

「でも……、ありがと。ちょっと勇気出た」

「そっか」

 なら良かった。安っぽい言い回しだったが、そう言ってもらえて何よりだ。噛んだ甲斐もあるというモノだ。

「何かあったら相談するからね。絶対だからね」

「おう。絶対だ。何でも聴く」

 大船に乗ったつもりで居て欲しい。カノジョに対して、俺が付いている的なことを言ってみたい野望みたいなモノがこんなシチュエーションで達成できるとは思っていなかったので、俺は幾分か気持ち良くなりつつ今日の通話を切った。

 ――結局あまりにも衝撃的な展開を見せた話題のせいで俺は寝坊をし、危うく学校に遅刻するところだったなんて話は、絶対に琴音にバレてはいけない。




     ☆     ☆




「なぁ、鷲介。父さんな、再婚しようと思うんだよ」

「……んぇ?」

 週末、土曜日。ランチタイム。いつもよりちょっとだけ値段層が上がった外食チェーンに連れて来られたと思ったら、我が父君であらせられるしらとりけんは開口一番そんなことを宣った。

「突然だな」

 切り出された瞬間のマヌケボイスを除いた第一声がコレになったが、正直他にも指摘したいことはあった。結構な大事な話をわざわざ外でするのかよ、とか。いつもより奮発してるな、とか。そもそもやたらと肩肘に緊張感が見えるな、とか。

 まぁイイ、とりあえずその辺りは追って訊いていけばいいだろう。

「スマン、言い出すタイミングを計ってたつもりだったんだが」

「そんな漫画みたいなことは良いんだよ」

 フィクションの定番、『話そうとは思っていたんだよ』とかいうヤツ。あんなのは大抵言う気が無いか勇気が無いかのどちらかだ。

 それにしても、どこかで聞いたような件だ――って、ああそうか。似た様な話というか、対照的な話を琴音から聞いてたんだった。

 まさか実の父にもそんな話がやってくるとは思っていなかった。タイミングが重なりすぎてて少し怖い気もするが、内容としては好ましいことだ。

 あの話を聞いて俺は、『父が良いと思った人が居たら、その人といっしょになればいい』と答えると、そう心に決めていた。反対する理由なんて無い。

 とはいえ、あまりにも突然で、そしてやたらとシンクロしたようなタイミングだったせいで、やっぱり今日も中途半端な反応を示してしまい父は案の定怪訝な顔をしてしまった。

「俺は、別に構わないよ。父さんがイイと思ったなら、その人といっしょになればいいよ」

「そうか……」

 どうやら安心したらしく、目に見えるくらいにわかりやすく胸をなで下ろした。表情が豊かとは言わないが、こういうところに感情を出しやすいタイプだ。

「しかし父さん、何時の間に婚活なんてしてたんだ?」

「いやまぁ……そういう馴れ初めっぽい話は、また今度な」

「何でだよ。イチバン美味しいところじゃんか」

「いや……」

 照れるな。さすがにちょっとそれはアレだ。イイ年をしたオトナの男、しかも身内がそれをするのは何とも言えない気色悪さがあるから止めてほしい。訊きたそうなことを言った俺も悪かったけど。

「まぁ、『馴れ初め』とはちょっと違うかもしれないけどな」

「ん? どういうことだ?」

 気になることを言われる。馴れ初めじゃなければ何だというのか。再婚相手との出逢いを馴れ初めと言わずに何というのだろう。

「いやぁ……ハハハ」

 しかし父さんはそんな曖昧なことを言いながら、チラチラと窓の外を見て、さらには時計も気にしている。

 何だ。まさか、定番めいたサプライズがあるというのだろうか。――それをサプライズだと言い切れるのかは甚だ疑問しか湧かないが、それはさておき。

 そういうことならば、ちょっとその危険は潰しておこう。

「今から、その人が来るとかじゃないよな?」

「エッ!?」

 ――あ、これ、来るぞ。

 絶対にその再婚相手さんがやってくるぞ。

「お前は察しが良いなぁ、相変わらず」

「父さんがわかりやすすぎるんだ。……で? そのお相手さんと会食って話なんだな?」

「ああ、そういうことだ」

 バレてしまっては仕方が無いとでも言いたいのか、父さんは席から軽く立ち上がって店の外の様子を伺い始めた。約束の時刻は間もなくらしい。

「ただ、その人だけじゃなくて、……他にも」

「ああ、もしかして連れ子さんとか?」

「察しが良すぎるんだよ、鷲介」

「今日くらいはありがたく思ってくれ」

「ありがとう」

 即答だった。悪い気はしない。

 ――ん?

 いや、ちょっと待てよ。

 確かに悪い気はしないのだが、気持ち悪い感じがずっと漂っているような。

 俺はなぜその話をすんなり質問としてぶつけて、それで返ってきた答えを予想の範疇だとした上で納得までしているんだ。

「……なぁ、父さん」

「ん? ……あ!」

 丁度その時、父さんの顔がパッと晴れた。どうやら外にその人を見つけたらしい。

「あ、すまん。話の腰を折ってしまったか」

「いや、父さんが続けてくれ」

 俺は俺の中でその答えを先に見つけたかったので、話の主導権は大人しく譲っておく。

「だったら続けさせてもらうぞ。ちなみにという話なんだが……」

「うん」

 だけど、父さんという名の問屋はそれを卸してはくれなかった。

「お前の、実の母さんにあたる人なんだ」

「ふーん…………は?」

 ――ん? ってことは、再婚というより復縁? そう言った方が正しそうな気はするな。

 だがしかし、これもどこかで聞いた話のような?

「やぁ、無事に来てくれて良かった」

「大丈夫よ、失礼ねえ。むしろアナタが方向音痴だから私の方こそ心配してただけど」

「今は、……ほら。鷲介が居てくれてるから」

 うわ、キレイな人……って、この人が俺の実の母親?

 ――とかいう感想は、予想外のスピードで払い除けられていく。

 なにせ同時に、『あれ? どこかで見たような顔だな』と思わなくもなかった。

 もちろんそれは鏡越しに見る自分から感じたモノだったのかもしれない。

 でも、実際は違うんだろう。

 実の母親のその後ろに、見覚えしかない女の子がいた。

「……え?」

「……は?」

 も一応高校生だ。空気を読むくらいは出来る。

 だからどれだけ間違ったとしても、『どうしてお前がココに居るんだ!?』なんて在り来たりな科白せりふを叫んだりはしない。

 飽くまでも落ち着いた態度を崩さないように、ただそれだけのことを遂行する。

 だけど、心の中だけではしっかりと絶叫させてもらいたい。

(「……どうして琴音がココに居る!?」)

 まさか、なのか?




     ☆     ☆




 何が何だか解らないままに食事会らしきモノは終わった。今は自分の部屋のベッドで仰向けになって、ただぼんやりと天井を見つめるだけの状態だった。

 自分が何を注文して食べたのかということさえも、まともに覚えていない。せっかくいつもより父さんが奮発した(と思われる)お店だったのに、その食べ物の味もろくすっぽ覚えちゃいない。冷静に考えられるだけの余裕があれば『もったいないことをした』とかいう感想も得られるのだろうが、そんなところにすら行き着かない。

 時々俺や琴音に話が振られることはあったが、基本的には双方の親――というか実の両親同士の会話が大盛り上がり。俺と琴音は然程視線を交わすこともなく、黙々と自分の目の前にある皿をキレイにするだけだったような状態だった。

 散り散りになっているであろう記憶の断片をどうにか強引に掻き集めて、恐らくは正解だろう記憶のアルバムを作り直してみる。

『俺――白鳥鷲介の父・健矢の再婚相手である早乙女琉歌は、俺の実の母親である』

『俺の彼女であるはずの早乙女琴音は、生き別れの双子の姉である』

 ――終わり。

「……はぁ」

 事実としてはたったそれだけのことではあるが、そのひとつがあまりにも大きい。

 先日彼女の口から直接訊いた、『親が再婚する』、『復縁らしい』、『連れ子として双子のきょうだいがいる』という3つのポイント。あれがまさか俺と俺の父親に該当しているなんて、思うわけが無い。

 双子って言ったらたいてい一卵性双生児で同姓だろう――なんていう俺の発想が浅はかだったのだろうか。そんなことは無いと思いたいのだが、現実はそうじゃなかったので結局俺の考えが甘かったという話になってしまう。そのことが余計に俺の脳と心臓にダメージを与えてきた感はあった。

「ん?」

 震えるスマホ。通話の通知。

 相手は、琴音だった。

「……」

 思わず硬直する。

 いつもなら反射で通話開始だが、今日ばかりはさすがに指が止まる。

 とはいえ、ぼけっとしているわけにもいかない。ひとつ大きく深呼吸をして――。

「……おっす」

「……おっす」

 まさかの鸚鵡返し。いつもならば『今、大丈夫だった?』的なところから始まる会話だが、まったくそんな雰囲気はない。第一声の段階から迷っているのが丸わかりだった。もちろんそれは俺にも言えることなんだけど。

 要するにお互いにいつもの感じではないのが明らか。だけどきっと、これは仕方の無いことだと思う。

「……びっくり、したね」

「そう、だな」

 そりゃあ、びっくりだ。知らなかった事実が多すぎた。

「教えてくれてもよかったのに」

「いや、違うんだ。それは弁解させてくれ」

 やや不満気な琴音にはありのままを伝えるしかない。

「その……、俺は父さんから今日聞かされたんだよ。今日っていうか、あそこに着いてから」

「……マジ?」

「マジ」

 あの席に座るまで俺は、父さんが婚活をしていたことも知らなかったし、父さんが母さんと復縁するところまで来ていたことも知らなかったし――何より、生き別れのきょうだいが居たことも知らなかった。

 もちろんそのきょうだいが琴音カノジョであることも、知らなかった。

「あー、でも、言われてみるとなんとなーくヌけた感じあったもんね。鷲介のお父さん」

「いやまぁ、琴音の父さんでもあるんだけどな」

「え? ……あ、そっか」

 大事なことなので、何度も反復する。

 ――俺の父さんは、琴音の父さんでもあった。

 ――琴音の母さんは、俺の母さんでもあった。

 見飽きた自分の顔はともかく、父さんや母さんの顔と琴音の顔を比べれば、たしかにどことなく似た様なところがあると言われればそんな感じはした。琴音が俺の顔と父さんや母さんの顔と比較したときにどう思っているかは知らないが、正直今は訊きたくも聞きたくもなかった。

「何で今まで誕生日訊かなかったんだろーなー、って思った」

「……言われてみれば、たしかに」

 日付跨いでいたからお前は厳密には6月10日生まれなんだよな――などと父さんから言われたが、そんな情報は正直どうでも良かった。

 もちろん俺と琴音が既にどういう関係になっているのかなんて知る由もない父さんや琉歌さん――否、母さんからしてみれば大事なことかもしれないが、俺らからすれば「だから何なんだ」という話だ。

「言ってくれても良かったのに」

「えー……」

「何で不満気なの」

 失礼な話、全くそんな発想に至らなかった――というのが建前。

「何か、恥ずくね? 俺は何かこう、……あからさまに『祝って欲しい』的な感じがして言えなかったんだけど」

「えー、それって私が誕生日教えたら『お前祝って欲しいのかよ』みたいに思ったってこと?」

「そんなわけないだろ」

 あくまでも俺の話であって、琴音の場合は違う。

「じゃあ、訊いてくれればよかったのに、って話か?」

「うん」

「それは、俺も同じ事が言えるわけだが」

「……それはそれ、これはこれ」

 何だソレ。

「……結局お互い恥ずかしかったってことでオッケー?」

「おっけー」

 それならそれで別に構わない。

 ハイ、解決。

 もちろん解決したのは誕生日問題だけ。

 根本的で、かつ最大級の懸念事項は宙ぶらりんのまま。

「それで、なんだけど」

「……おう」

 当然のように、空気が変わった。

 何か重要な話が来るだろう事くらいは、俺にも解った。

「……どうするの」

 しかし、飛んできたのはぼんやりとした質問だった。

「どうするの、って。……何を」

「……」

 いや、わかる。言わんとしていることはわかる。

 だからこそ、言えないのもわかる。

 これを琴音に言わせようとしている俺が卑怯だということも、わかっているつもりだった。

「でも、アレじゃん。ほら、4月からは一緒に、住むんだし」

「しかも、私はそっちに編入することになるっていう……ね」

 ワンクッション置くために、少しだけ違う話を振ってみる。結局ズルいことには代わり無い上に、もっと話し声が小さくなっていくような展開にしてしまった。

 まさに『衝撃の事実Part2』的な感じだった。まさに『ちょっと待って』である。

 それぞれの学校での生活もあるし、住んでいる場所も違う。直接会って話をするようなデートすらもままならず、会話をするのも何からのツール経由がほとんどだった俺たちが、春からはひとつ屋根の下に住む。これがシンプルに『同棲』ならばこんなに素晴らしい事はない――なんて言い切れたかもしれないが、現実は少し違う。

 しばらくバラバラになっていた家族が、再び揃って生活するという話だ。その事実の額面だけを攫ってみればこれもまた素晴らしいのかもしれないが、俺にとってはどう捉えるべきなのかすらよくわからなくなっていた。

 しばらくの沈黙が訪れる。

「……ね」「ね」

 同時に言って、また沈黙が支配する。ネットの不備ではない。向こうからの呼吸音も微かに聞き取れる。

 何から手を付けて話し始めたらいいのか解っていない。恐らくそれは琴音も同じだろう。

「……そういえばさ」

「うん?」

 切り出したのは、またしても琴音から。

「私の方がお姉ちゃんだったんだね」

 そういうこともさっき初めて聞かされたモノのひとつ。

「ぶっちゃけ、ちょっと納得行かないんだよなー」

「なんでさ」

「いやまぁ、何となくだけど」

「じゃあ我慢してよね、弟クン」

「……そういう雰囲気にするのは明らかに納得行かないわ」

 ほんの数分の差でそこまでマウント取られるのは、ちょっと。さすがにそれだけは勘弁してほしい。

「ウソだって。もう言わないって。……私だって、我慢するから」

「何をだよ」

 琴音の方が我慢することと言えば、何だろうか。少なくとも『どちらが先か問題』に端を発するようなネタを俺から振ることはできないのだから、そこまで問題にはならないと思うのだが。

「いきなりお姉ちゃん呼ばわりされるのも変な感じしかしないし」

「ああ、そういう」

 なるほどな。

 わからなくはない、けれども。

「少なくとも俺はそう呼ぶことはないから、安心してくれ」

「……じゃあ、なんて呼んでくれるの」

 ――返しに、詰まる。

「それはまぁ、追々」

「ズル~い」

 呆れ気味な声が返ってきた。

 実際問題として、彼女のことを名前で『琴音』と呼んだところで特段おかしな事は無い。姉と弟ではあるが、双子でもある。今まで通りのままでも何も差し支えは無いはず。むしろ、自然なまであるはずなのだ。

 いや、でも。

 ――本当に、そうなのか?

「それで、さ。どうするの? 

 今まで通りのままで良いのか。改めて自問自答をしようとする。

 が、答えはおそらく1通りだ。

「そりゃあ……」

 双子の姉弟なんだし、呼び方はそのまま名前で呼び合えばいい。これは変わらない。

 ただし、変わらないのはそれだけ。

 いや、変わらずに済むモノはそれだけ――と言った方が正しいのかもしれない。

 遠戚の子と新しく済むことになったとかそういうレベルの話ではない。正しく血を分け合っている人間と再び一緒に暮らすのだ。

 ――つまり、が起きてはいけない。

 だから。

「仕方、ないだろ」

「……っ」

 息を呑む音が、やたらと耳に付いた。

「あ、いや! 違……うってことはない、けど! いや、その。そういうことじゃなくて」

 思わず口を突いて出て行った言葉に手を伸ばしても、もう遅い。無理矢理取り繕おうとしたところで、既にバラバラになった挙げ句いくつかは風か何かでどこか吹き飛ばされてしまったモノを繕うとしても最早不可能だった。

 こんな雑な言い方をする気なんて、全く無かったのに。

 もしかしたら、琴音も同じ事を思って居てくれていたかもしれないのに。

「……わかった」

「え」

 俺がこぼした声も聞き取ってくれたか判らないくらいのタイミングで、通話は切れた。

「琴音……? 琴音っ」

 呼びかけたところで、液晶には『通話終了』の文字が躍るだけ。止まった時計の表示が見えるだけ。

 届くはずが無かった。

 違うんだ――と口からは出て行きかけたものの、何がどう違うんだ、という自問自答が始まる。アタマで全部理解出来ているわけがないのだから、説明なんて出来るわけも無い。

 自分の中では何の結論も出せないまま、時間は過ぎていった。




     ☆     ☆




「『仕方ない』……か」








 

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