第33話 リリ誕生祭

 広い中庭でブッフェ方式で食事をする王族や貴族たちがいる。

 長く白い机と椅子が数席。だがほとんどのものは立っている

 いわゆる立食パーティというやつだろう。

 そして俺とアーノルド、メイリスは会場にはいない。

「目標捕捉、アイシャと謁見。これよりファーストフェーズを開始する」

「了解、敵歩兵連隊なし」

「コピー」

 周辺の索敵を行い、周囲に警戒を巡らせる。

 こちらで用意した警備兵が二十とドールや周辺諸国が連れてきた警備兵が三十。

 合わせて五十人もの警備兵がいるが、どこかに怪しいやつがいるかもしれない。

「こんなところを爆撃でもされたらたまったもんじゃないな」

 アーノルドがそういうとメイリスが怒ったように口を開く。

「バカなこと言っていないで。警戒して。そうならないためにわたしたちがいるんだから」

「あいよ」

 アーノルドは持ち前の狙撃銃を掲げる。

「なんだかアーノルドも変わったな」

「そんなことない。お前に比べれば、な」

「それもそうか」

 そんな軽口を叩き合い、時間は経過していく。

 夜の見張りと交代すると、俺は真っ先にリリのもとに駆け寄る。

「どうした? 汗だくではないか」

「これ。やるよ」

 俺はポケットから指輪の入った箱を渡す。

 怪訝な顔で箱を開けるリリ。

「――っ!?」

「気に入らなかったか?」

「いいや逆だ。嬉しい……!」

 情感たっぷりの吐息を漏らし、嬉しそうにすっと目を細めるリリ。

「お主にはめてほしい」

「……分かった」

 俺は箱から指輪を取り出し、リリの左手薬指にはめる。

「ありがとう!」

 その笑顔を見て俺は微笑んだ。

 誕生祭も終わりを迎え、俺とリリはデートの約束をとりつぐ。

 明日のデートが楽しみになった。

 俺とリリが初めて二人っきりでデートできるのだ。これ以上の喜びはない。

 喜んでいる? 俺が?

 俺は本当にリリが好きになってしまったらしい。

 でもそれでもイイ気がする。

 もう何も怖がる必要なんてない。

 死に怯える必要もない。

 自由で暖かな日々を謳歌するのだ。

 そのためにも俺は――。

「こちらブラッド。敵兵はいない。進行を続行する」

「ナニヲヤッテリルノ? ブラッド」

 リリは白い目でこちらを見やる。

「いやさっき、350mm機銃を手にした武装兵がいたんだ」

「警備兵でしょ」

「でも知らない顔だった」

「はいはい。いくわよ、ブタ」

「ぶひーてなんで豚なんだ?」

「え?」

「罵るときの言葉だよ。なんで豚なのかって話」

「知らないよ」

 不毛な会話をしていると、リリはとある露天の前で止まる。

 目深な帽子と外套がいとうを羽織っていることで目立たないとはいえ、一国の王女だ。

 気にならない方がおかしい。

 露天で串焼きを買い、食べ歩きを始める俺とリリ。

「しかし終戦から始まって、買い物や遊園地デートを重ね、公務で遊園地を訪れ、魅了チャームを持つヘイリスや、誘拐したメガホカルンルンと敵対し、今に至るか……」

「急にどうした?」

「いやなに。あれだけ大変な思いをしたのに、我はよく生き残れたものだと思ってな」

 苦笑気味に肩をすくめるリリ。

「違いない。でもそれも運命だったのかもな」

「運命?」

「人と人とのめぐり合わせは数十億とある。それも過去を含めたらそれこそ星の数だけある。縁というのは不思議なめぐり合わせなのかもしれない」

「それもそうかもな……。だがお主のことはずっと我が見てきた。だからこうしてデートしておる」

 コクリとうなずいてみせる俺。

「それもこれも勝ち取った証だ」

「そうか」

 リリが満足そうに呟くと、俺は目を細め笑う。

 こんなにも満ち足りた日々を過ごせるとは思わなかった。こんなにも暖かな時間を過ごせているのは頭であるリリのお陰だ。

「我はカラオケに興味があるついてこい」

 唐突だな。まあ、いいけど。

「ああ。分かった」

 俺とリリはカラオケ店内に入り、受付を済ませる。

 個室に入ると外套を脱ぐリリ。

 その下には童貞を殺す服を着ていた。

「な!? その格好は!?」

「メイリスがプレゼントしてくれた。似合っているかのう?」

 やられた。

 俺の反応を見て面白がったメイリスのいたずらだったのだ。

 だからあのときの反応を見て、わざと一番動揺した服を選んだのだ。

「これならブラッドも喜ぶ、と言っておったぞ?」

「あー。まあ、驚きはするよね……」

 背中に嫌な汗を掻いているが、俺はいたって平静を装う。

「じゃ、歌いはじめすか」

 端末を手にすると、曲をいれていく。

「来たことあるのか?」

 慣れた手つきで操作するものだから、訊ねてみた。

「ああ。同じものが王城にもあるぞい」

「なら、ここでやらなくても……」

「だって、歌声が聴かれるのが恥ずかしいじゃもの……」

 可愛い理由だった。

 リリを抱きしめたくなる思いをギュッと我慢し、俺も端末に曲をいれる。

 リリが歌い始めると、俺はその声に聞き惚れる。

 その後に俺も歌うが低音ボイスの曲が少ない。

「お主もそうとううまいな。練習とかしているのか?」

「俺は風呂場とかで鼻歌を歌うのが好きんだよ」

 そう言って次の曲をいれ――ようとして、トイレに行きたくなった。

 それも先ほど飲み干したジュースのせいだろう。

「すまん。お手洗いに行く」

「いってらー」

 王女とは思えぬほどの気軽さで返すリリ。

 俺はトイレに駆け込むと、気持ちを落ち着かせる。

 先ほどから童貞を殺す服が非常にきわどさを醸し出している。

 おまけに暗がりで個室、男女ふたりっきり。

 なんだかいけないことをしているようで、心臓がバクバクいっている。

 緊張からか、尿意も近いし。

 トイレを終えて個室を開ける。

 と、そこにはキスをしている恋人がいた。

「す、すみません。間違えました!」

 勢いよく扉を閉めて、隣のリリがいる部屋に戻る。

「なんだ? 顔が紅いな?」

「いや、気のせいだから……」

 キス。していたな。

 なんとなしにリリの唇を見る。

 可愛らしく形の整った唇。

 いかん。何を考えている。

 でもちょっと触れてみたい気がする。

「ふふ。喉が渇いていると思って、特別ミックスジュースをとってきたぞ」

「ああ。ありが――」

 え。なにこれ。

 コップの中には紫色の液体が、いや粘体が入っている。

「な、なにを混ぜたんだ?」

「ひ・み・つ」

 せめてもっと妖艶に言えよ。

 なんにも感じずに俺はそのジュースを飲む。

 苦い。辛い。甘い。しょっぱい。酸っぱい。炭酸だし。

 なんだ。これ。

 マズい。

 でもそう言えば、リリは満足しないだろうし。

 飲み干すと、「おおー!」と歓声を上げるリリ。

「ふふ。我のミックスジュース。また用意しようか?」

「いや、けっこうです。これでもコーヒー一択なので」

 そう言って断る。

「ち。つまんないの」

 やはり、この王女殿下、ドSだ。

 わなわなと怒りを覚えるが、ここでリリを攻撃する訳にはいかない。

「ほれほれ。どうだ?」

 丈の短いスカートの端をつまみ、きわどいポーズをとるリリ。

 馬鹿野郎。そこまでやられたら――。

「俺、本気で襲うぞ?」

 俺は壁に手をやり、リリを追い詰める。

「え、……え」

 戸惑ったように目を泳がせるリリ。

 もしかしてびびっているのか?

 終戦後の俺には抜かりがないぜ?

「いや、あの……」

 王女殿下は未だに抵抗しようとしている。

 だから塞いでやった。唇を。

 俺の指で。

「うー!」

 何やらうなるリリ。

「今度、挑発してきたら今度は口で塞ぐぞ?」

「そ、それは……」

 指をどけると、リリは顔をトマトのようにまっ赤にして視線を外す。

 恥ずかしいらしい。

 まあ、俺も恥ずかしいけど。


 これは終戦の俺と、王女殿下のお話。

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終戦の俺と、王女殿下 夕日ゆうや @PT03wing

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