エピローグ
中央総合病院の一室。
アキラと翔は同室へ運ばれ、入院治療を受けている。アキラは興奮剤の後遺症も特に無く、翔の方も傷は浅い。頭を打ったり振り回されたりしたので念の為、CTを撮って検査を行ったが異常は無し。入隊式までには二人とも退院できそうだ。
桜はピークを迎えており、院内の中庭では小さなお花見会が実施されている。
お見舞いに通う度に病室の窓から桜を見下ろせるので、わざわざ花見に行くまでも無い。
「翔、あー…」
天音森がウサギの形に切った林檎を翔の口元へ運ぶ。もう何個目の往復だろうか。
「いやだから自分で……む」
唇につんと触れたそれに、諦めて口を開ける。アキラがへへ、と楽しげに笑う。
「不謹慎だけどこの状況だったら逃げないもんね、翔」
「それでうきうきしてたのか」
「もごご…」
翔はジト目でアキラと直樹を睨む。天音森がその頭をなでなでしている。
「ルナって呼んでくれたから」
翔は一瞬何のことかわからず思考を巡らせていたが、やがて思い出したのか赤面する。どっと変な汗が大量に流れている。
「私と直樹を、誘った」
「何なに?なんの話?」
アキラだけが話の流れが掴めず三人の様子を見ながら疑問符を浮かべている。
「ヒーローっぽかったぞ」
ふっと笑う直樹に同意するように天音森がこくこくと頷いた。
「えー?わかんないけど私も見たかったな…」
良くわからないながら残念そうにするアキラ。
「うぅ…くっそ、もうコロセ…」
翔はそのまま布団を被ってしまった。
皿に残った林檎を今度はアキラの方へ運ぶ天音森。先程と同じように食べさせようとする。
「ありあと!」
もぐもぐと頬張るアキラを満足気に眺めてから、隣に座る直樹の顔の正面にもずいと差し出す。
「直樹も、あー」
怪我人は翔とアキラだけなので、わざわざ自分も食べさせてもらう必要は無い。少し考えるような間があってから、ウサギの頭の方を齧る。フォークの刺さったお尻部分が残された。天音森は一瞬、首を傾げたものの、残りは自分の口へと運ぶ。
「はあ。なんていうかホント、ご馳走様ッス。なんやかんや良い組み合わせなんじゃないッスか?この班」
窓際のカーテンから滑り落ちるようにして雅が壁にもたれる。
「まだ居たのかお前…」
「もう監視の必要は無いんスけどね。これで最後ッスよ最後」
翔の嫌そうな顔を無視して、アキラのベッドの脇に立った。
「これ、虎のお姉ちゃんに渡してくれって頼まれたッス」
白い封筒を手渡した。封のところには裏返ったかのような文字で『こたえ!』と書かれている。不思議そうにしながらそれを開封すると、中からは色紙を貼り合わせて作られた虎の顔が出てきた。
「あはは、答えかあ!これ私かな?」
「その子が皆に自慢して回るから、すっかりヒーローになってたッスよ」
それを聞いて、アキラは封筒ごとその虎を胸に抱きしめた。目を閉じてありがとうと呟く。
「雅ちゃんもありがとう!」
どういたしましてと言いながら空いた丸椅子に腰掛ける。
「入るぞー」
ドアを軽く叩く音がして咢隊長の声が聞こえた。病室の扉がカラカラと開かれる。
「何ですかその花」
「会長からの見舞いだ…といってもお前らが駄目にした花壇の花なんだが」
「おお、私が踏んだやつの生き残り…」
アキラが申し訳なさげな声を漏らす。翔が引き攣ったような苦笑いをした。
「どう考えても嫌味としか思えないんですけど…」
咢が花束を花瓶に移し替えながら溜息をついた。天音森がそれを手伝う。
「お前ら、本当に危なっかしいな」
「…隊長がそれ言います?」
咢が翔を一瞥し、余計な事は言うなというように口を引き結んだ。
ぼふ、と拗ねたふうに翔が枕に沈む。
テーブルにそっと花瓶を運んでから、丸椅子に腰掛けて四人の顔を見る。
「まだ、時間が足りないだけですよ」
直樹がまた本を開いて続きを読み始めた。
「よく言う。まあ、第十三部隊設立おめでとう…ってもとりあえずは四人だから班扱いだが」
「やった!じゃあこれまで通り、フツーにやってけるね」
アキラがにかっと少年のように笑って見せる。
――――窓際の花瓶に差したアネモネの花が、小さく風に揺れた。
獣残班 破蓮ヤレ @yarehasu_yare
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