第30話 ユーランと地底の海原

 目の前にはビックリするぐらいの砂浜が広がっている。何だろう?地底湖というイメージはない。


 地底湖と聞くと、暗く神秘的な場所をイメージするが、地底湖ヤコブにおいてはもう常夏の海辺という感じ。浜辺に打ちつける波の音が心地いい。


 だってほら、ヤシの木もあるし、あれは...ハイビスカスかな?


 わー椰子の実も流れ着いた。ってどこから?ん?何だか美味しそうな臭いまでしてきた。うーんもう訳がかわらない。


「ルーメイ一人だけなのか?シンランは、どこに行った?」


「寝る時までは一緒でした。ただ朝起きてみたら横にシンランはいませんでした。すみません」そう俺に対して謝って来た。


「ごめんルーメイ。責めている訳じゃないからね。ただあまりの現実の変化に頭が追い付かないんだ。何で地底に太陽があるんだ?」


 あまりの湖の変化に追いつかない。


「実は私も、2階からおりて来たばかりなんです。どちらかと言うと朝は苦手で、布団の中にくるまっていたのですが、頭がはっきりしてくると窓から見える太陽と小鳥のさえずりや潮風など、現実ではありえないことが起こっていることに気が付き、慌てて飛び起きて来ました」


「なら、エルムはどうした?そういえば?」


「エルム様なら、さんちゃんと朝風呂に行かれましたよ」


 何でも階段で、エルムとさんちゃん一緒だったらしい。


 その時、ルーメイは「塩湖の様子がおかしくないですか?」とエルムに聞いたらしい。するとエルムは、「まあ危険な感じは無さそうじゃ。あとはルーメイ、任せたぞ。ほほほほほ」と言って、さんちゃんと一緒にお風呂に向ったようだ。


 あの爺さん。ビール抜きにするぞ。全く。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 俺とルーメイが呆然としていると、浜辺の方から波音に交じって、仲睦まじく会話をする、女性たちの声が聞こえた。


「お母さん!もう焼けそうだよ!」


 シンランは七輪の上で、皮がパリッと少し焦げ目がついたアジを、楽しそうに裏返している。


 そんな光景を見ながら、シンランからお母さんと呼ばれた女性は、「七輪でお魚が焼ける日が復活するとわね。一日でここまで復活させるとは...」と、レンの莫大な魔力量とアイテムに驚きを隠せなかった。


 水面を見つめながら、「以前は私の魔力でアジやハマグリ、それにイカを取れるように頑張っていたけど、今ではタイやタコ、ヒラメなどの様々な稚魚が泳いでいるよ。ここって以前は地底の塩湖だったのよ。それが、地底の海原になってしまったのだから。恐れいったよ」と、ややあきれた顔で呟く。


 そう言った後、海原の遠くを見据えながら「私も、あの人の妻になれば、もっと魔力があがるかしら?直接身体に、魔力を注いでもらおうかしら♡」そう、大人の色気を発しながらシンランを挑発した。


「ちょっとお母さん!」とシンランは、まんざらでもない表情をしている母を、心配した。


「はははっ!シンラン。冗談じゃなく本気さ!悪いけど参戦するよ。別に敵になるんじゃないよ。一緒に妻になる方向で進めていくよ!あんな男、逃さないよ!」


「も~お母さんたら、復活したと思ったら...はあ。それより、みんなはもう起きているかな?お母さんが実体化した姿を見たら、きっと驚くだろうね!」シンランは母親を見つめながら嬉しそうに話した。


 砂浜で楽しそうに会話をする2人。砂浜に立つ一人はシンランで、もう一人はシンランがお母さんと呼ぶ女性。という事は、ユーラン様だろうか?ただ、シンランがお母さんと呼ぶには、あまりにも見た目が若い。


 30歳ぐらい?だろうか。いやサンサンと照り付ける太陽の下、日焼けした肌が健康的な輝きを放っている。少し茶色がかった長い髪は風になびいている。彼女の目は海を見つめ、その表情は勇ましくも美しい。


 服装はシンプルだが機能的で、海との生活に適している。タンクトップとショートパンツは、動きやすさを優先している。足元は素足で、砂浜の感触を楽しんでいるようだ。


 まあ何とも若々しい。遠くにいるが美人であることは間違いない。健康的で海が似合う女性だ。


 シンランともう一人の女性の足元には七輪があり、その上で魚が焼かれている。その香ばしい匂いが海辺に広がって、ここまで届いてきた。


 俺はそんな2人の美女を見つめていると、頭の中でまた、あの機械音が流れた。しかも、ラスリーの実体化に成功した時の、ゴージャスな機械音であった!


 その後、「おめでとうございます。神殿遺跡ヤコブの地底湖の放水が完了しました。水量と水中に含まれる魔力量などより、塩湖から海原にグレードがアップしました。更に精霊ユーランの実体化に成功しました」


 塩湖が海原に変更って、いやに簡単に言うな。すごいことだと思うんだけど...。湖が海に変わったという事だよね。う~ん異世界!まあ何はともあれユーラン様の実体化は非常にめでたいことだ。


 そんなことを考えてると、2人の美女が俺達に向かって手を振りながら、大きな声で声をかけてきた。


「あ、レン様、レン様!ありがとうございました!母親は元気です!母親、ユーラン様が、復活しました!全部、みなさんのおかげです!」


 そう言って、俺たちの前で、涙ぐみながら母親であるユーランを紹介した。


「あんたが、レンかい?すごい男だね。まさか人族に、私たち精霊が助けられるなんて思ってもみなかったよ。それに、いい男じゃないかい?娘がメロメロになるのも、良くわかるよ。親子共々、今後も末永く頼むよ。あと、未来の妻に敬語は必要ないよ!」


 そう、素敵な笑顔で、ウインクをしてきた。


 何だろう?同じ精霊のパラクードとはまた違う。パラクードはどちらかと言うと、イタズラ盛りの子猫感があったが、ユーランの場合は、しなやかで妖艶な色気を持つ女性だ。猫というよりは豹に近い雰囲気がある。食べられちゃいそう。


「も~お母さんたら、肝心なことを言わないで、何、レン様をたぶらかしているのよ!」


「あーはっはっは。これだから若いもんわ。焦るから。それよりも、私を復活させてくれてありがとう。私の力はどんな魚も呼び寄せる力と、生息させる事さ。淡水魚や海水魚、それに深海魚、はたまた汽水魚まで関係なく、このヤコブ神殿の周囲なら可能だよ」


 ユーラン様は、海原の遥か遠くを見つめながら俺にそう教えてくれた。


「それに、今はレンのおかげで急激に力が回復している。もうすぐ、アリスト共和国内のどこにでも、私の力を発揮できるようになる。そう、モーゼにだってね」


 今までは塩水量の減少で、呼び寄せられる魚の量や種類も限られていた様だ。今はどんな種類の魚でも呼び寄せることが可能らしい。


「それにしても、あんたが出してくれたこのプレートっていう物?5枚もいらないけど、1枚だけでいいから、ここに残してくれると助かるんだ。これがあれば、私の力がみなぎり、このサーマレントの皆に魚をたくさん供給できるようになるよ」


 そう今までとは違い、真剣な表情で俺をみつめた。


「もちろん可能だ。本当に一枚でいいのか?海水プレートは今のところ使う予定は無いが...」


 そう、俺が言うとユーランは、「あんたは近いうちに、また大精霊の一人を必ず復活させるさ。その時はその海水プレートが必ず役に立つよ」そう楽しそうに言った。


「大精霊の一人を...」


「まあ、そんなに遠い話じゃないよ。だから持っていな。その時は私が沢山の魚を放出してあげるからさ!」


「あ、あぁ...」俺はユーランが言っていることがいまいち分からず、あいまいな返事をした。


「それよりもごめんよ。まだ復活したてで、食べれるぐらいに成長した魚が、これだけしかいないんだよ。あと一カ月ぐらい経てば、もっと一杯取れるんだけどね」そう言って謝ってきた。


 ユーランが謝る必要などないのにと思っていると、やたらと賑やかなスライムが、ご老体を引き連れて戻って来た。


「ひゃー!いい匂いが!さんちゃん匂いだけで、ほぉーりんらぶ」


 くるくる回りながらハイテンションだ。


「たまりませんな。風呂上がりに焼き魚とビールなんて、最高ですね」


「美味そうやないの~。さんちゃん、魚を沢山食べたいわ!」


 こらこら、まだビールを飲むなんて決めていないけど...いいなそれ。でも、この人数で魚を食べたらすぐに食べ終わってしまうな。


 そう伝えると「レン様、肝心な事を忘れてるとちゃいまっか?」


 そうさんちゃんが、俺の前で弾みながら聞いてきた。


「肝心なこと?」


 そう俺がさんちゃんに聞き返すと、「そう。さんちゃんとの激しい夜のこと...」そう言った後にさんちゃんは、何処からともなくハリセンを渡してくる。異世界にもあるのかハリセン?


「出会ったばかりやろ!」そう俺はさんちゃんの頭を叩きながらツッコミを入れた。するとさんちゃんから「レン様、だから遅いねん。返しは3秒以内が基本でっせ!」そう叱られた。


「レン様、自分の能力をお忘れですか?ホンマに使えるもん、今あるんとちがいまっか?わてら念話でレン様や他の人と話すから、ある程度相手の頭の中が覗けるねん。今使うべき能力があるねんなー」とさんちゃんに言われた。


 俺が「あっそうか!あったな。さんちゃん!」そう言うと、さんちゃんが「そうなんやで、レン様。その能力を使えばええんちゃうの~?」と言ってきた。


 そう言われてみれば、「魚栄養剤」があったな。すっかり忘れていた。植物にも使ったことがある。栄養を与えると、驚くほど早く成長したもんな。魚にも効果があるかもしれない。すぐに食べられる大きさになるかもしれない。


「さんちゃん賢いなぁ。すっかり忘れていたよ。ありがとう」


「そんな褒めんといてや。ええから、魚を大量にだしてーな。何だかさんちゃん、恥ずかしい」


 さんちゃんは体を縮こませて、恥ずかしさを演出している。何とも器用だ。


「今から稚魚を成長させるために、俺の能力、魚栄養剤使う。畑で液体肥料を使った時に、急激に食物が成長したので、今回は魚バージョンのこいつを使ってみたいと思う」


「魚栄養剤?魚の餌なら必要ないよ。このレンの出してくれた海原の水は、すごく栄養を含んでいるから、他の海よりも成長が早いと思うよ。だから魚の餌を必要ないと思うけど...」


 栄養は十分。あとは、時が経つのを待つしかないと、教えてくれているのだろう。


「今から、俺の能力魚栄養剤をとりあえず使ってみる。効果がなかったらすぐ止めるから、とりあえず見といて欲しい」


 俺は少し小高い岩場に登り、足場をしっかりと固めた。そして気合を込めて「さあ、俺の能力「栄養剤」!この海原にいるものたちに、栄養を与えるんだ!」と叫んだ。


「俺が言葉を発すると同時に、両手から魚栄養剤が吹き出し、遠くの沖まで広がっていった。


 すごい勢いで、海の隅々にまで、魚栄養剤が撒かれて行く。


 しかし、変化が見えない。昨日、動物たちに栄養剤をあげた時は、すぐに毛並みが良くなったり、丸々と太ったりしたのが見えた。だけど、海の中だと分かりにくい。本当に効果があるのか心配だ。


 そんな心配をしながらも、5分ほど海原に栄養剤を散布してみた。しかし、不思議なことに、あれほど出ていた栄養剤が突然止まった。もう必要ないというサインなのだろうか。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 もう必要ないのか?疑問に思いながら、栄養剤の放出を一旦止めた。


 俺とエルムやシンランは、海の変化に気づかなかった。魚の成長は、動物たちとは違って、すぐには見えないのかもしれない。


 しかし、この場において、驚愕の表情で俺を見つめる者がいた。


「す、すごい男だよ。シンラン。悪いけど私も、本気でレン様にアタックするよ。こんな凄いお方は見たことがないよ!」


 そう言ってユーランは、俺に思いっきり抱きついてきた。


「あんたはなんて男だい!ほんとに驚きだよ!」


「ちょっとお母さん、どうしたのよ!急に1人で興奮しちゃって!」そう言ってシンランは、俺からユーランを引き離そうとする。


「まだ分かんないのかい?海の中を覗いてごらん。そして海の音を聞いてごらん。あの大量の魚の音が聞こえないのかい?丸々と成長した魚たちの音が!」


 ユーランが指さした方を見ると、海の至る場所で白い波が立っていた。よく見ると、海面で魚たちが跳ねている。それもとても大きい。


 丸々と太ったアジやブリ。それに、サバなどの魚が沢山いた。あれはマグロだろうか?色々な種類の魚が、海面から姿を見せている。


「すごい魚の量だよ!こんなに大きな魚たちが、海面を舞っているなんて!いくらでも取れるよ!地底湖ヤコブの大復活だ!いやもう別のものになっちまったよ!」


 みんなで「大量だ!」と喜んでいると、俺の顔の中でいつもの機械音が流れ響いた。


「おめでとうございます。あなたの善行により5000ポイント入手しました。これにより「お取り寄せカタログ」と、ほっ〇もっとのお弁当、200個を得ることができました」


 ローラ様、さっそくお弁当を下さったんだ...。

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液体王子の奇跡の物語。どんな液体も作り出せる能力で、砂漠の国を豊な国に変えていく!私が来たからにはどんな困難も液体で解決致します。お任せ下さい! たけ @takamasa0718

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