お見合い写真

ぶざますぎる

お見合い写真

 吉田さんは、カバンを置き忘れたのだという。

「その置き忘れた場所というのが問題でして……」

 深更、友人数名と心霊スポットへ往き、そこに置き忘れたらしい。

「不図した拍子に、カバンを肩から外して置いたんです。そのまま忘れちゃって」

 幽霊こそ出なかったが、心霊スポット探索は盛り上がった。

 楽しい気分のまま、皆でファミレスに寄ることにした。

「心霊スポットから車で40分ほどの距離にあるファミレスでした。そこに到着する直前まで、カバンを忘れたことに気づかなかったんです」

 ――移動中に気づいて、そのまま心霊スポットへ取りに戻ったんですね。

 私は訊ねた。

「気づいたというより、気づかされたというか……」

 車のフロントガラスの向こう、ファミレスの看板が小さく見え始めたあたりで、吉田さんの携帯に着信があった。

 知らない番号だった。電話に出た。


""お荷物をお忘れでございますけれどもわたくし写真を拝見し大変惹かれてしまいましてお荷物をお忘れでございますけれどもわたくし写真を拝見し大変惹かれてしまいましてお荷物をお忘れでございますけれどもわたくし写真を拝見し大変惹かれてしまいまして""


 電話の向こう、機械音声のような声が、同じことを繰り返していた。


「最初、イタズラ電話だと思いました。でも、心霊スポット帰りでしょう。タイミングが最悪で気持ち悪いから、すぐに切りました」

 その時のことを思い出したのか、吉田さんは僅かに身を顫わせた。

「お荷物をお忘れでございますけれども、 というのが引っかかったんです。それで少し考えてから、カバンを心霊スポットに置き忘れたことに気づいたんです」


 イタズラだと思っていた電話の内容と、置き忘れたカバンが符合した。

 吉田さんは恐ろしくなった。

 そのまま心霊スポットへ、カバンを取りに戻る勇気はなかった。


「友だち全員に、泣いて頼み込みました。朝になるまでファミレスで待って、それから一緒にカバンを取りに戻ってほしいって」


 何とか友だちを説得した吉田さんは、転帰、朝になるのを待ってから心霊スポットへ戻り、無事、カバンを回収した。


 ――取りに戻った心霊スポットでは、何も起きなかったんですか。

 私は訊いた。

「幽霊とか異常者は、出なかったんです。ただ……」

 吉田さんはカバンを回収、中身が無事かどうかを確かめた。

「何も盗られてはいなかったんですけど、免許証の写真が……」


 吉田さんの運転免許証の顔写真が変化していた。

 吉田さんの顔は、まるで水死体のように変色し、グチャグチャになっていた。

 吉田さんは絶叫した。

 吉田さんの叫び声で友だちもパニックを起こし、全員、そのまま逃げた。

 

 友だちと別れ、帰室した吉田さんは、免許証を割り、ゴミ袋に突っ込んだ。

 タイミング好く、翌日はゴミの回収日だった。

 ゴミ袋の口を結び、ゴミ置き場に放った。

 後日、警察署で紛失届を出し、幾日か挟んでから、新しい免許証を手に入れた。


「その免許証の写真の顔も、グチャグチャだったんです」

 最早、吉田さんのものかどうかも判らないほどに損壊し、かろうじて顔の輪郭を保っているソレが、免許証から視線を寄越していた。

 吉田さんは半狂乱になり、窓口職員に食ってかかった。


「でも、他の人には、普通の顔写真に見えるらしいんです」

 騒ぎを聞きつけ、数名の警官が駆けつけた。免許証の写真を示しながら號叫する吉田さんへ、警官たちは訝しげな眼差しを向けた。


「結局、変な薬をやっていると疑われたみたいで、検査までされちゃいました」


 ようやっと解放され、吉田さんは改めて運転免許証を見た。

 相変わらず、グチャグチャの顔が、そこにあった。


「これです」

 そこまで話して吉田さんは、私に運転免許証を見せた。

 免許証には、至って普通の吉田さんの顔写真。グチャグチャどころか、むしろ好い写りである。

 どう反応すべきかと私が逡巡していると、

「やっぱりね」

 と言ってから吉田さんは大きく溜め息を吐き、もぎ取るようにして、私の手から免許証を回収した。

「写真がおかしいだけなら、気味は悪いにしても、大した問題じゃないんです。見なければいいわけですし」


 新しい運転免許証を手に入れ、数日経った。

 夜半、吉田さんの携帯が鳴った。

 叩き起こされた吉田さんは、番号を確認せずに出た。


""この御縁は大切に大切にしたいと存じておりましてわたくしといたしましては切に成婚を願う次第でございまして互いに幸せなおつきあいができましたら幸せ甚だでございましてはしたないことではございますけれども吉田様との閨事を夢想いたしましてはわたくしつねづね激甚たる ""


 あの日の声が、繰り返した。

 吉田さんは、恐怖で声が出なかった。

 暫く経っても電話は切れず、声はずっと、同じ調子、同じ文言を繰り返した。

 息継ぎの気配は無かった。


「それから頻繁に、同じ電話がかかってくるようになったんです」

 吉田さんは言った。

「電話がない時でも、脳裏で反響するんです」


 電話は毎晩かかってきた。その度、何かに強制されるようにして、電話に出てしまうのだという。

 電源を落としても電話は鳴る。着信拒否をしても無駄。

 転帰、ノイローゼになった吉田さんは、インターネット上で、ある霊能者のホームページを見つけ、相談することにした。

 電話で事情を説明した処、霊能者は自信ありげに除霊できると断言、後日、自分の事務所へ来るようにと、吉田さんに指示した。


「当日になって往ってみたら、その事務所、一軒家だったんですけど、燃えていたんです」


 霊能者の事務所は、火焔に呑まれ、赤々としていた。

 周りを消防車と救急車が囲み、消防吏員たちが必死に消火活動をしていた。

 大きく規制帯が設けられ、事務所は遠目にしか窺えなかった。

 

 後日、吉田さんは、霊能者のホームページにアクセスしてみたが、ページは削除されていた。


 ――その後も相変わらず、件の電話はかかってくるわけですね。

 私は訊いた。

「相変わらず、ではないんです」

 吉田さんは言った。

「声が、少し怒気を帯びるようになったんです」

 吉田さんは続けた。

「これまでと同じ内容を、ずっと繰り返すんですけど……」

 

 ときたま、以下の文言が挟まるようになったのだという。 

 

"" 不躾なことを申すようですが不貞は決して赦されぬものであるということをくれぐれも御承知おきいただきたく存じますもしも裏切りが認められました際にはわたくしと致しましても考えがございますので吉田様には ""


<了>

  


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