突然の登用

「なんでこんなことになっているんだ」


 再び訪れた皇太子府の中でキースは思わず呟いてしまった。

 先日の事務室とは違う部屋。

 部屋の豪華な装飾からして大貴族、皇族の可能性が高い。


「あなたが、これを書いたからよ。ああ、私の名前はヴィクトリアよ」


 と言って、椅子に座った女性、部屋の主であるヴィクトリアが、書類を掲げて話しかけてきた。


「……何のことだか」

「とぼけないで、ドラゴンニュートの性別の偏りが卵の置かれた環境の温度で決定するという報告書を書いたのでしょう」

「まさか」

「この書類、今あなたが持ってきた書類の筆跡と同じなのよね」

「……バレましたか」


 言い逃れは出来そうにないとキースは判断して認めた。

 しかし、分かっていながら当てずっぽうに書類を作成を命令するとは思えない。

 明らかに名無しの提案者だと分かってキースを呼び出したように思える。


 ではあの書類を書いたのがキースだと何故バレた。

 恐らく、調べたのだ。

 提案者が書類を紛れ込ませることの出来る帝国図書館の関係者であるとあたりを付け、徹底的に調べたのだろう。

 何百人といる帝国図書館の職員の筆跡を比べてキースを見つけ出した。


(なんつう暇人だ)


「何か失礼な事を考えていない?」


 ヴィクトリアは不機嫌にキースに言う。

 実際は、彼女がキースの事を覚えていたのだが、考え事をしていたキースには記憶に亡く、間違った推測を立てて微妙な顔をしていた。


「いいえ」


 首を横に振るが、それは今しでかした不敬だけが理由ではない。


「安心して、懲罰する為じゃないわ。入ってきて」


 ヴィクトリアが言うと二人の人物、先日口論を繰り広げていたサザーランド侯爵とドロテアが入ってきた。


「あなたが書いたのですね」

「え、ええ」


 ドロテアに尋ねられてキースは正直に答えた。


「このたびは我が種族を救ってくださりありがとうございます」

「帝国を助けて頂きありがとうございます」


 二人は頭を下げ丁寧にキースにお礼を言った。


「や、止めてください」


 キースは文官で官位も貰っているが最下層だ。

 一方、二人は帝国から高位の官位を貰っている殿上人。

 格が違いすぎ、本来なら頭を下げるならキースの方だ。


「いや、礼を言わせてくれ。でなければ我が種族を助けてくれた恩人に感謝を述べられな種族という悪名が立ってしまう」

「は、はあ」

「と言う事、私は友人の恩人を連れてきただけよ」

「友人……」


 止すしていたあ他種族の代表の娘と友人など高貴な方だ。


「ごめんね。自己紹介が遅れたわ。第一皇女のヴィクトリアよ。よろしくね。侍従長」

「侍従長? 誰が」

「あなたよ」

「誰の」

「私の弟よ」

「弟?」

「ここの主、皇太子アルフレッドよ」


 衝撃でキースは驚いた。

 皇太子の侍従長など、次期皇帝の側近だ。


「私には出来ませんよ」

「これだけの資料を短時間で作れる人間よ。十分だわ。皇太子の周りには優秀な人間が必要なのよ。帝国全土に目配り出来るような人間が」

「でも」


 言いよどむキースにヴィクトリアは手を握って頼んだ。


「あなたしかいないの」


 万人の心を紅潮させる笑顔をキースに送った。


「……分かりました」


 その笑みの下の逃さないという意思が見えたキースは観念し嫌々、承諾した。


「……あれ?」


 自分の笑みが効果が無かったことにヴィクトリアは疑問符を浮かべた。

 だが、人材を得る目的は達成できた。

 そしてこの日、のちに歴史に名を残すキース・ヴォルテールの名が帝国中央に初めて現れた時でもあった。

 彼は帝国の侍従長として歴史に名を残す。

 しかし、それは後の話だ。

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ナーロッパ帝国の侍従長 登場編 葉山 宗次郎 @hayamasoujirou

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