キースのささやかな喜び

「上手くいったみたいだな」


 職場で皇太子府の発表が載った新聞を読みながら、キースは呟いた。

 皇太子府へ送る資料の中にこっそり自分の立てた仮設を元に作った資料を紛れ込ませていた。

 上手くいくかどうかは分からなかったが、何もしない、いや何処にも発表しないのは気分が良くなかった。


 かといって自分の名前で発表するなど、絶対に昔のようになると思ってやりたくなかった。

 今の職場、いや楽園から追放されるなど、平均以上の給与にいつでも読める膨大な書物という最高の環境からおさらばするなど、キースは嫌だった。


 自分の能力で問題が解決し、誰にも知られることなく、今の平穏な生活を続ける。

 限りなく最上の成果にキースは満足していた。


「おーい、キース、一寸良いか」


 突然上司に呼ばれてキースは驚いた。

 仕事をさぼって新聞を読んでいると思われたからだ。


「何でしょうか。新聞の方は、仕事が終わったので」


 一応、与えられている仕事は、昨日の内に全て終わらせていたので空き時間なのだ。

 終了したと報告しないし、提出していないキースが悪いのは変わらない。

 だが、転属されないよう上司に最低限のご機嫌を伺うため急いで向かった。


「そうか、丁度良かった」


 しかし、上司は特に追及せずむしろ喜んでいるようだった。


「実はまた皇太子府から依頼で、この魔境の魔物の推定数を算定して欲しいとの依頼だ」

「魔境ですか」


 魔王を討伐したが、帝国各地には魔力の強い地域が各所に残っている。

 魔力が強いため、動物が魔物化したりして時折領域から出てきて悪さをしている。

 冒険者が退治に向かったりして間引くのだが、完全には掃討しない。


 狩りとった魔物は解体し素材として帝国の多くの産業へ供給され使われている。

 資源として魔境は帝国に必要なのだ。

 しかし、魔物を獲らないと数が増えすぎて魔物が人間の領域に出てきて損害が出る。


 魔界を生かさないよう、殺さないよう、手頃な数を維持する必要がある。

 そのためにも魔物の推定数を出しておく必要がある。

 出来れば、最適な、持続可能な数値を出すことが望ましい。

 そんな作業を行うのは骨が折れるので誰もやりたがらなかった。


「やります」


 ただ一人、キースを除いて。

 捕獲された個数と、捕獲場所、魔物の生態を考え数を推定するのは、転生前、設定好きだったキースにとって心躍る作業だ。


「生物ピラミッドを考えると、いや、生物網で当てはめてみるか」


 さらに魔物の生息に必要な他の魔物の頭数や増減幅も考える。

 計算が面倒だが、パズルを組み立てるようでキースは楽しかった。


「よし、完成」


 快心の出来にキースは満足し、上司に報告した。


「ほう、速いな。正午前だぞ。丁度良い、皇太子府へ提出に行ってくれ」

「私がですか?」

「ああ、作った資料の説明が必要だから作成者を呼び出すようにとのことだ」

「はい」


 何か嫌な予感がしたが、キースは言われたとおり、皇太子府へ向かった。


「まあ、変なことにはならないよな」

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