にょろとふて【短編】

河野 る宇

にょろとふて

「毛玉だ」

 あたしは、目の前の喋る毛玉をジロジロ見つめた。

「誰がだ」

 毛玉はふてくされたような口調で、忙しなく口を動かしている。あたしのえさ箱からとったやつだよね、それ。

「……ねずみ?」

「失礼な。おれは孤高ここうのハムスターだ」

「ハムスター?」

 あ、これがハムスターっていうんだ。そういや、飼い主さんがパソコンていうので動いているの見てたな。

 あの板って凄く便利だなーって思う。どう便利か知らないけど。あ、いけないけない。目の前の問題に戻らなきゃ。

 灰色の背中に黒い縦線がお尻まで伸びてる。なんか──

「可愛い」

「ぬう!? 孤高ここうのおれに向かって可愛いだとぅ!」

 いや、あたしのえさ食べながら言われても。なんならいま、ほっぺに三つほど仕舞ったよね。

「おまえだって人間が首に巻いてるような、ひょろ長い風体のくせにぃ!」

「どこからきたの?」

「おい無視すんな!?」

「外から入れそうな所なんて見当たらないんだけど」

 あたしがそうして見つめていると、小さな毛玉さんは胸を張った。

「侵入ルートは──教えない!」

声高こわだかに言うこと!?」

「これ美味いな」

 言ったからいいだろとばかりに、堂々とあたしのえさ食べ始めた。遠慮がないなこのハムスター。

 でもまあいいや。飼い主さんがいないあいだ、とっても暇だから遊び相手ができたと思うと嬉しい。

「ねえねえ! 遊ぼうよ!」

「いやだ」

「即答!?」

 あたしのえさをかっぱらっといて、それはないんじゃない!?

「この体格差で対等に遊べると思うのか」

 そう言われたら、ぐうの音も出ない。

「えさ食べたくせに」

 ぼそっと言ったらハムスターはちょっと固まった。

「仕方ないな」

「え? ちょっ──!?」

 うそ!? 頭に乗ってきた!?

「ほら走れー!」

「ちょっとちょっと!? わわわわ!? わー! わ──わ?」

 やばい、これ楽しい! ハムちゃんの行きたい方向に走るのって思ってたより面白い!

「きゃはははははは!」

「ぬっ? おい? ちょっ──!? はや──」

 頭のうえで叫んでるけど気にしな~い!

「は、話をきけぇい!」

「いいじゃん! 楽しいよ!」

「何がいいものか! た、楽しくない!」

 あたしはいっぱい、いっぱい、走って疲れたから走るのやめたら、ハムちゃん床にバタンて倒れ込んじゃった。

「な……なんという、奴だ」

 なんか息を切らせてる。あたしみたいに走り回ったわけでもないのに、変なの。

「つぎはなにする?」

 わくわくしていたら入り口の方から音がした。飼い主さんだ!

「あ、そうだ。ハムちゃ──あれ?」

 いない。いつの間にいなくなったの?

「ハッ!? こうしちゃいられない!」

 戻らなきゃ! おうちに入っていないと飼い主さんに怒られちゃう。



 ──次の日

「いや、いつ入ってきたの」

 気がついたら毛玉ちゃんがいる。どこからも音とか聞こえなかったよ!?

 そんでもって、あたしのえさかっぱらってるね。ほっぺたにいくつか入れたよ。男の子だよね。

 どれくらい歳とっているのかは解らないけど、毛玉でふわふわしてる。

こういうのってなんて言うんだっけ。モフモフ? それはあたしか。それに、もっと柔らかいんだよね。

「──あ!」

「うん?」

「ふてふてだから、ふて!」

「はい? なんじゃそりゃ」

「小さくて柔らかくて毛玉だから」

 ふてちゃん!

 あたしがそう言ったら、ふてちゃんが軽く睨んできた。あ、違うか。複雑なかおしてる。

「ならばおまえは、にょろにょろだから、にょろだろう!」

「えー?」

 ちゃんと飼い主さんから貰った名前があるのに……。でもまあいいか。

「それいいね。なんか可愛い!」

 名前が二つあるのも面白いし。

「お友達になってね」

「はなからそのつもり」

 そっけなく言ったけど、まんざらでもない顔をしてる。

 新しいお友達が出来たことがすごく嬉しくて、あたしはその日はずっとウキウキしてた。



 ──それから七日、ふてちゃんは毎日、あたしのえさを少し食べて数個を頬袋に詰めて、しばらく遊んで気がついたらいなくなる。

 ほんとう、どこから来るんだろう。小さくて、あたしよりも柔らかくて、いつもえさをかっぱらう可愛いふてちゃん。

 そんな日々を送っていた今日──

「うん? この箱はなんだ? にょろの玩具か何かか?」

「え? さあ、わかんない。けっこう前から、飼い主さんが色々詰めてたよ」

 不思議そうな目をするふてちゃんに、あたしは遊びたくて飛びかかった。そこからは鬼ごっことか、かくれんぼして遊びまくった。

 気がつくと、窓から見える光がオレンジ色になってきていた。

「じゃあな」

「え? うん。またねー」

 ──って振り返ったらもういない!?

 ふてちゃん帰るの早いなあ。あ、飼い主さんが帰ってきた。おうちに戻らないと怒られちゃう!

「ただいまあ~クレア!」

 飼い主さんてば、帰ってすぐ転がってあたしを見に来るんだから可愛い。おうちから出してくれて遊んでくれる。

 少し遊んだらごはんを作ってくれて、一緒に食べるの。この時間が大好き。

 でも、ここのところ大きな箱に周りの物を詰めていってる。どうするんだろう? 最近は何かを思い出しては、スマホってやつを見ながら一人で笑ってる。

「さあ~て。あとは当日に詰めちゃおう」

 嬉しそうに言ってあたしを抱きかかえた。とうじつって? 何かあるのかな?



†††



「おーい、にょろ──おらん!?」

 にょろの檻もテーブルもない!? タンスだけ残してどこに行った!?

「そうか」

 沢山の箱があったが、そうか。あれは引っ越しというやつだな。にょろは飼い主とどこかへ行ってしまったのか。

 何もないと、だだっ広い部屋だな。ここは、こんなにも静かで広かっただろうか。心なしか寒くも感じる。

 ん? なんだ? 忘れ物か? いや、違うな。

「ばかやろ」

 別れの挨拶のつもりか? えさを五つも置いていきやがって。

「……別れも言えなかったな」

 帰るか。

 振り返ったらにょろがいるかもしれない。そんな考えは無駄なことも解っているのに、おれは振り向いて一人寂しくタンスの裏に潜り込んだ。





 ──その一年後

「だれ……?」

「わしか? わしゃジャンガリアンハムスターという気高きハムスターじゃ」

「ハ……ハムスター?」

 ねずみじゃないの?





終わり




物語は【仔猫と野ねずみ】へ続く──

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

にょろとふて【短編】 河野 る宇 @ruukouno

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ