乙女ゲームの攻略対象は異形頭!?ショタ化の魔法を使える私は、どう考えても遊び方を間違っている

メギめぎ子

全文

 違和感。


 それは日常の至るところで私を襲った。


 違和感。


 それは徐々に大きくなり、ついに無視できないほどにまで成長した。


 例えば食事中。常識的に考えて、口に入れた食べ物は胃の中に消えていくものだ。

 しかし両親はどうだ?入れてもいないのに何処かへ消えていく食べ物たちを私以外の誰も不思議には思わない。

 街を歩けばの大人たちで溢れかえっていて、昔は顔のあった近所のお姉ちゃんも今はもう顔なしとなってしまった。


 父も母も昔は私達子供のように顔があったと言う。

しかしこの国では、齢10でからになってしまうのだ。



 ……ふむ、何度聞いても意味がわからない。


 私の中の常識がその事実を受け入れようとしない。


 何故なら人間とは本来、死ぬまで生まれ持った頭とさよならすることはないし、するとしたらそれは死を意味するからだ。だから頭の部分が電球になったり、本になっていたり、あるいは靴になっていたりすることは人として成り立たない現象である。


 ──少なくとも私の常識の中では。


「リリス、そんなに見つめられたら、かあさま穴が空いちゃうわ」


 早く食べなさいと母に急かされながら食事を再開する。


「……ねぇかあさま」


 なあに?と優しく微笑む母の頭はフライパン。隣でコーヒーを飲んでいる父はコーヒーカップの頭をしている。

 当然微笑んでいるかどうかは声色から判断するしかない。


「かあさまは自分の顔がどんなだか、覚えてる?」


「さあ、どうだったかしら?何せ昔の話だもの覚えていないわ」


 気分転換で何度か頭を入れ替えている母はともかく、今の頭になってから着け変えていない父は生まれ持った頭よりも今の頭のほうが、着けている期間は長い。


「顔なしになるのが不安?」


「それは……まあ」


 本来ならとっくに今の顔ともおさらばしているはずだが、私は一部例外の可能性によりまだ頭を保有していた。


「そんなに気負うことないわ。猶予はまだあるもの。……それよりも、学校生活を楽しんでらっしゃい」


 そう言うと母は私を抱きしめ、額にキスを落とした。

 言うまでもなく何故か鳴るリップ音の謎は未だ解けてはいない……。



***


 私が感じた違和感の正体、それは私に前世……しかも異なる世界の記憶があることに由来する。

 顔あり、顔なしという言葉が指す通りこの国の大半は異形頭が占めており、顔ありの大人は国の人口の1%にも満たない。その上、この国は浮島だ。閉鎖的な環境のため、外国の人間が人の頭をしているのか、はたまた両親のように愉快な頭をしているのかを確かめる術は私にはなかった。


 学園都市サルディコ。

 三大都市にも数えられるサルディコは、学生専用の都市であり、国一番の教育機関である魔法技術サルディア学園が独占していた。


 サルディア学園を卒業する──それはこの国の1%しかいない優れた人間になることと同義である。

 そのため学園に入学できる見込みのある者は顔なしになることを先送りにでき、一時的に頭を預かるだけに留まっていた。事実上(首の上に何もない)となるのだが、政府から支給される魔石付きのチョーカーを身に着ければ、さも顔があるかのように見えるのだ。


 それに無事入学し卒業することができれば、頭を返してもらえるだけでなくその後の将来も約束されるため、その担保と考えれば悪い条件でもない。


 顔なし──顔あり──異形頭──学園都市サルディコ


 そして、──魔法技術サルディア学園。


 それらのワードを私は知っていた。


 ここは……



 ────乙女ゲームの世界だ。



***


 制服に着替え、鏡を前に髪を整える。いつもと変わらない十六年慣れ親しんだ自分の顔。けれどこの顔を見ていると、嫌でも昨日の入学式を思い出してしまう。


 新入生の私達は入学前にまず頭を取り上げられた。そもそも私達の頭は六年前に政府の手によって回収されていたのだが、チョーカーの魔石により実体として確かに存在していた。触ればぷにぷにしているし、叩かれれば痛みを感じる。魔法科学の叡智の結集だと政府は言うが、私の頭ではその仕組を想像することさえできなかった。


 そんな、は入学と共にデータを書き換えられ、サルディア学園の校章の姿に変わった。つまり大量の校章が整列し、着席したのだ。


 入学式後は、入学試験で上位100名に入った者たちだけが校章化を解除され元の顔に戻ることができた。ちなみに上位101〜300名はなりたい頭をカタログから選べたらしい。


 わざわざ顔を取り上げたり戻したり……、どう考えても学園からおもちゃ扱いされているとしか思えなかった。



 サルディア学園は全寮制だ。

 準備を終え部屋を出ると、教室へと向かった。すれ違う生徒たちを見て思わず眉間にしわが寄る。


「号外だよ〜!新入生が一発目に選ぶイカす頭特集〜!!!」


 男子生徒が紙を配っている。しかし話のわりに頭は校章のままだ。

 声に釣られたのか、人が集まってきた。男子生徒には悪いが、見なくてもわかる。歯車、シルクハット、仮面辺りが上位なのだろう。あとはガラス瓶なんかも入っていそうだ。

 あ、額縁はちょっとお洒落かも。女子生徒の佇まいといい品があって貴族のようだ。

 

「頭選びはセンスの見せ所!上級生とか見てると、カスタムかっこいいっ!!ってなるよね〜!色々見てたら僕もちょっと弄ってみたくなっちゃった!だけどカタログは随時変わるみたいだから要チェック!それに、ランキングはどんでん返しが付き物だからね!みんな〜!次回をお楽しみにっ☆」

 

 ……おっといけない。私まで釣られるところだった。

 見てる分にはいいが、自分の頭がこうなるのは本意ではない。お試しならともかく、今後死ぬまでああだなんて想像するだけでもゾッとした。


 男子生徒が移動したことで人だかりが消え、前に進めるだけの余裕ができた。


 これだけの異形頭たちだ。乙女ゲームではモブを全員校章にして量産型モブにでも仕立てていたのだろう。しかし、そもそも私は異形頭×乙女ゲームという異質さからゲームの存在を知っていただけで、実際にプレイしたりやり込んでいたわけではない。PVやあらすじなど無料で見られる範囲の情報しか知らないのだ。


「ねぇねぇ君、外国から来たって噂、本当?」

「えぇっ!外の世界に人いたんだ……てかどうやって来たの?飛んだ?」


 向こうからなにやら聞き捨てならない言葉が聞こえた。気になってそちらに視線をやると、女子生徒たちに顔ありの女の子が囲まれているところだった。

 しかし、なんだか人の顔を見るのも久しぶりな気がする。少なくとも校内には百人の顔ありがいるはずなのに、実際に校舎にでてみれば誰一人として見当たらなかった。久しぶりの顔ありというだけで安心してしまう。


「ぎゃ、ぎゃるだ……」

「ん?」

「ひゃっ!?な、なんでもありません!」


 この世界にもギャルっているんだ……。世界を問わないギャル魂に私は感心していた。


「……お、おばあちゃんに呼ばれてこの国に来たんです。空はその……魔導具?で引き上げてもらいました」

 

 

 間違いない。女子生徒たちに絡まれているのは、浮島の外からやってきた新入生。──彼女こそが、この乙女ゲーム世界でのヒロインだ。



***


 私が転生したのは、イシカネの略称でおなじみの乙女ゲーム「異形頭と真実の鐘の音」だ。


 舞台は、十歳になると異形頭になるとある浮島。

 この国はかつて貴族が魔力を有し魔族と戦っていたのだが、今はもう以前のような権力も魔力も残ってはいない。そんな中祖母の手紙をきっかけに国の外からやってきた主人公のセーラは、先祖返りという現象により魔族の力の一部を有していた。──真実の眼。この力により、セーラは異形頭たちの本当の顔を見ることができたのだった。



 とまあこんな感じで、ヒロインは真実の眼を持っているため序盤からの攻略が可能なのだが、私にはそれがない。たとえ顔があったとしても、らしいこの世界の仕組みでは、たとえ攻略対象とすれ違ったとしても、私は彼らに気づくことすらできないのである。


 ゲームではモブとの差別化をはかるために、攻略対象の服装もキャラが立つようにデザインされていたのだが、如何せんこちらの世界のモブはおしゃれにそこそこ力を入れていた。そのため校章さえ付けていれば制服であろうと私服であろうと自由、というスタンスの学園とは相性が悪かったのだ。



 攻略対象と遭遇することもなく、私の学園生活は過ぎていった。狭く浅い友人関係は、私の性格に合っているらしい。特に寂しさを感じることもなく、死ぬ物狂いで学業に励む毎日。今後のすべてがかかっているのだから、力が入るのも当然だ。


 乙女ゲーム定番の世界を救うとかそういう展開もあるのかもしれないが、そちらはヒロインに任せるとする。私は忙しいのだ。



***


「号外だよ号外〜!新入生セーラがなんと、開かずの間に入っちゃったらしいよ〜!」 


 男子生徒の一声で周囲がざわついた。


「学園の地下にあるとされる開かずの間。噂くらいは聞いたことがあるんじゃないかな?なんでもそこには、大昔にこの国を襲って暴虐の限りを尽くした魔物が眠っているっていうウ・ワ・サ!!きゃ〜!こわい!!!」


 どうしたどうしたと人が集まってくる。しかし不安がる者も煩わしそうに思う者もいない。近くを通った教師さえも平然とした顔で通り過ぎていく。

 しかし、それもそのはずだ。こうして男子生徒が話し出すのはいつものことで、「アーロの0距離配信」として一種の名物となっていた。いつもの光景。つまりは日常なのだ。当然私も何度か現場に居合わせたことがあった。


「だけど誰も地下への行き方を知らないからこの話はウワサのままだったんだ。本当に魔物がいるのかも、そもそもそんな場所があるのかも一切の謎。…………だったんだけど──、」


 相変わらず盛り上げ方が上手い。声の抑揚から、表情がころころと変わっている様子が目に浮かぶ。


「突如巻起こった今回の大騒動!!!実は立ち入り禁止だった地下に入ったセーラは学園から咎められ、罰を受けることになったんだ。……そう、暗黙の了解ってやつだ。まったくもう!駄目なら駄目ってはっきり言っててほしいよね……!!」


 アーロは冗談まじりな軽い言い方だった。それに釣られ、「セーラがかわいそう〜!」という生徒の声も聞こえてくる。


「うんうん。皆の意見ももっともだ。……だけどここで急展開!!可哀想に思った第一王子のニコラス殿下がセーラを庇ってまさかの婚約!!?」


 ざわめきがこれまでにないくらいに膨れ上がった。流石の私でも聞き流すことはできない。いや、そうはならんやろ。

 皆が息を呑んでアーロの次の言葉を待った。


「どうしてこうなった!!?って感じだよね。うんうん、僕もそう思ったよ。だけど婚約者であられるアメリア様は落ち着いてるみたいだし、僕たちにはわからない何か複雑な事情があるのかも──?」


 当人たちが納得しているならまあ……という声や、仮にも第一王子だぞ?という声も聞こえてくる。しかしここは乙女ゲームの世界だ。どうせ王子がヒロインに惚れたとかそういうのだろう。そう思うと急に馬鹿馬鹿しく感じた。


「ってことで、続きが気になる子はまた後で配信するからよかったら見に来てね〜☆」


 この世界ではスマホの代わりに魔石が組み込まれた魔導書型の通信装置を使用している。専用のインクで文字を書くと、その内容に応じて文字や映像が浮き出てくる仕組みだ。使用後インクは消滅し、魔導書は物にもよるが一、二年ほど経つと魔石が砕かれ使えなくなる。前世とは違い万年筆が必要なことや、バッテリーとなる魔石の交換ができない点は不便だが、ないよりかはマシだ。


 映像の共有化はここ数年で急速に普及し始めたもので、アーロはその前線で活動する配信者である。そのことを知った私は、アーロの頭がどう映るのだろうと気になって一度配信を見たことがある。もしかしたら鏡で自分の素顔を見れるように、アーロの素顔も拝めるかもと思ったのだ。

 しかし実際に配信を見てみると、アーロは蓄音機の姿をしていた。さもありなん。



 順調かどうかは不明だが、ヒロインはちゃんとストーリーを進めているらしい。第一王子が馬鹿だという話は聞かないが、恋は盲目というしここが乙女ゲームの世界だということもあってこの先の展開が不安だ。王子の婚約者──いや、元婚約者と言えばいいのだろうか。アメリア公女が沈黙していることも気にかかる。

 いくら貴族の権威が落ちていているとはいえ、王子となると話は別だ。このままではヒロインが王女となってしまうが、……大丈夫か?


 ヒロインが第一王子ルートを選ぶとなると、私の今後も大きく変わるかもしれない。ヒロインの動向も、少しは把握しておいた方がいいだろう。


 

***


「セーラ、婚約の件についてだけどちょっといいかな?」


「……ニコラス王子」


 この人が第一王子。顔がわからずともオーラでわかる。光り輝く王冠の頭は、まさしく王子に相応しい姿をしていた。街でもこの頭は見たことがないため、王族専用の品なのだろう。

 ……というか王族なのに頭没収されたのか。


 神妙な面持ちのヒロインと神々しいニコラス王子は、ここでは人目があるからと場所を変えるため立ち上がった。見つからないよう慎重に、私も二人の跡を追う。


 バラの香りが鼻を刺激する中、私は茂みの影から二人の様子を伺っていた。──婚約について──。そんな大事な話をこんな場所でするんじゃないと言ってやりたかったが、そうすると私が盗み聞くことができなくなる。

 人のいない時間帯の裏庭の奥深く。それも恋人たちの愛瀬でしか訪れないような噴水そばのベンチだからといって、必ずしも人がいないと思わないでいただきたい。一人でも利用する人はいるんです。これ体験談。


「そのことについて話す前に、先に聞いておきたいことがあります」

「あはは、それは婚約よりも大切な話?」

「……はい」


 おかしい。とても、"幸せハッピー頭ぐるぐる〜"な婚約の話をする空気ではない。もしやニコラス王子の暴走で婚約しただけで、ヒロインの意思ではない──?


「……王子は何故、あの場所にいたのですか?」


 


 がさっ。

 バラの花びらが揺れた。


「おい、そこで何をしている?」


 恐る恐る振り返ってみると、そこにはブロック型の頭をした男がこちらを見つめていた。


「……忘れ物をちょっと」

 

 やば、見つかった。

 ヒロインに集中していたがために周囲への警戒を怠っていたのだ。


「そうか。……下手な言い訳だが、まあいい」


 男は早く行けとでも言うように出口に足先を向けた。

 抵抗しようとも思ったが、男の無言の圧力により退却を余儀なくされた。


 数人の男たちとすれ違う。彼らが向かう先はヒロインと王子の修羅の場だ。あの男に見つかれば、私のように追い出されるのだろう。


 立ち止まり、ちらりと後ろを振り返った。そこには王子含め六人の男に囲まれる、ヒロインの姿があった。先程のブロック型の男もいる。 


 脳裏に一つの可能性が過ぎった。

 いや、まさかそんな。……しかし確かに服装や頭は他の生徒と比べて豪華というか個性的であったような気はする。あぁ、こんなことならもっとちゃんと見ておくんだった。



 ヒロインの隣りにいるその人達────、


 ──もしかして攻略対象ですか?



***

 

その後も私はヒロインを観察していた。けれど常に、というわけではなく、目に入ったら気に止める程度だったが。

 そんな中、私はヒロインを見ていて一つ思ったことがある。


 ──ヒロインのあれ、普通に自前じゃね?と。



 だってチョーカーつけてないし。


 政府の連中はたぶん気がついていない。


 なんてこった!

 そんな恐ろしい事実に勘づいてしまうだなんて、勘弁してほしい。そもそもの話、頭があるのかないのかよくわからないシステムが悪い。ゲーム制作陣の試行錯誤の結果なのだろうが、わざわざ特別なチョーカーまで用意して……まどろっこしすぎる。


 もしこのことを政府に報告せず後で露呈した場合は私自身に何か罰はあるのだろうか。 

 ……いや、深く考えるな。ヒロインパワーでどうにかなるはずだ。私はヒロインではないが、ヒロインがなんとかしてくれるはず。……そうだ、きっとそうに違いない。


 いや、待て。


 ──そもそも何故、政府は頭を回収する必要があるのだろう?



 当然時間も手間もかかるはずだ。

 政府にとってのメリットがわからない。


 そんなことを考えた罰だろうか。学園に突如、大穴が空いた。





 幸い、学園の構造上被害が出ることはなかった。消え去ったのは、校舎中央にある巨大な柱だけ。一階から穴を覗いてみると地中の奥深くまで続いており、底は見えない。


 自然現象なのか、はたまた人の手によるものなのかもわからない突然の出来事に、もっとパニックになるかと思えば教師も生徒たちも不思議と落ち着いていた。流石は乙女ゲームの世界だ。 

ここ数日ヒロインの姿が見えないが、おそらく攻略対象たちとなにかイベントでもこなしているのだろう。大穴が空いたところで私には何の影響もないし、ヒロインたちが無事イベントを終えてHappy Endを迎えてくれることを期待するしかない。



 ──そう思っていたのだ。


 あの大穴を覗いた晩、私の身にある変化が起きた。


 高熱にうなされ、眠ろうとしてもそれができない苦しみと共に、頭の先から全身に駆け巡るように血液が暴れだす。そして、声が一滴も漏れることはなく、内なる叫びが消えていく。

 最後は気絶するように眠った。


 いつも通りの朝を迎え、私は自分の体を触った。汗でベタついた肌は少し気持ちが悪い。身を清め、服に袖を通した。


 注意深く確認してみるが、特別変わったところは見受けられない。 


 私がその変化に気づいたのは、不本意ながら、ヒロインが行ったらしい地下にある開かずの間へ行った時のことだった。



***


 鐘の音が鳴る。 


 ──私は今、幸せの中にいた。


「いい、いい……」


 私の膝の上で美少年──またの名をショタ、が天使のような寝息を立てていた。

 柔らかな黒髪が呼吸により目元へと落ちる。

 私はそれを撫でるように少年の耳にかけた。

 そして、ほんのりと色づくもちもちの頬を摘み、欲望のままにこねくり回した。


「ここが天国か……」


 私にもついに迎えが来たのだ。

 自分の頬をつねる変わりに、少年の頬をつんつんと指で突いた。気持ちいい。とても気持ちがいい。


「私、生まれてきてよかった……!!!」


 生への感謝を叫び、私は天国に向かう覚悟を決めた。こんな、文字通りの天使が使いなら、地獄にだって喜んで着いていく。




 そんな私と天使との運命的な出会いは、数時間前まで遡る──。


 授業が終わり、部屋へ帰ろうとしていた私は、ふと大穴の姿が目に止まった。今まで近づこうとはしなかったが、想像よりも大きなその穴が気になったのだ。


 もう少し、もう少しだけ近づいてみよう。

 一応落ちないように封鎖されているし、近づきすぎなければ大丈夫なはず。そう思っていると手に持っていた魔導書型の通信機器を落としてしまった。しかしそれだけではない。それに続いて万年筆も音を立てたのだ。


 大穴が空いた影響で床が水平ではなくなっていたのだろう。万年筆は、サーっと体を擦りながらゆっくりと穴の方へ進んでいく。

 私は万年筆を拾おうとさらに大穴に近づいた。


 そして間抜けなことに、足を滑らせて大穴の中に落ちてしまったのだった。


 衝撃に備え身を固くしたがいつまで経っても衝撃は襲ってこない。それどころか、不思議と落下している感覚もなかった。

 恐る恐る目を開けてみる。

 そこに広がるのは暗闇ではなく、人工的な光だ。

 巨大な扉は重厚的で、ワインの似合う西洋を連想させた。図書館のような静けさと、薄暗い部屋を照らす優しいオレンジ色。


 大穴の中には学園とも違う、独立した建物があった。 


 私の体は宙に浮かんでいる。

 泳ぐようなイメージで、ゆっくりと着地した。


 ようするに、ヒロインと第一王子が行ったと噂の、地下にある開かずの間に私はいたのだ。

上を見上げると天井と目があった。地上まで登れるとも思っていなかったが、これでは八方塞がりだ。


 部屋に帰るために、私は周囲を探索することにした。

 

 まず見つけたのは、不自然に施錠された巨大な保管庫。いくつか同じものがあるのか、数字が割り当てられている。

 次に見つけたのは、輝く魔石の山。長い暗がりの廊下からやって来たロボットのような機械が運んでいた。しかしこれだけたくさんの魔石を見るのは初めてだ。それに、家にある魔導具についているものよりもずっと大きい。


 一体ここは何の施設なのだろう。

 ここに来たヒロインが罰を受けるはずだったという話を聞くに、ろくでもない場所のはずだ。

 しかし同時に、おそらく物語に関わる重要な場所なのだとも思う。

 もし仮に私がここに来たことが露呈したとして、第一王子が私と婚約することにはならないはずだ。やはりヒロインに惚れたとしか考えられない。


 つまりこの状況で私を助けてくれる人もいなければ、庇ってくれる人もいないのだ。どちらにせよここで人に見つかる訳にはいかない。下手したら明日の我が身は罪人だ。即刻立ち去りたい。



 部屋を見つけた。 

 番号が書いてあるところよりも小さいその部屋は、他とは少し雰囲気が違う。扉は閉まり切っておらず、わずかに光が漏れていた。


 人がいるかもしれない。

 だが、悪い人だったらどうしよう。

 ……どうか第一王子ではありませんように。


 祈る気持ちで扉の前までやって来た。


 ガタン


 部屋の中から何かが落ちる音がした。

 やはり誰かいる。


 私に反応するように、扉がゆっくりと開いていく。

 すると、暗闇の中で何かが動いた。 


「わ、私は無害な小娘です……!!」


 反射的に両手を上げて、敵意がないことを示した。しかしその言葉に嘘偽りはない。


 ガサゴソと動いていた塊はしばらくすると動きをやめた。壁を背にゆっくりと距離を詰め、慎重にその布をはいだ。


「こ、子供……?」


 そう。その塊こそが天使だったのだ。



***


「あの時は怖がってごめんねぇ」


 私が見つけて布を剥ぎ取るまでの一瞬で眠ってしまった少年は、未だに夢に囚われていた。

 初めはそばで見守るだけだったのだが、いつまで経っても起きる気配がなかったため我慢できず、お触りしてしまったのだ。

 つまり私は何時間もショタを接種していた。

 膝は限界を迎え、立ちあがることはとうの昔に諦めている。



 むくり。

 少年の小さな手が私の指を掴んだ。


「おはよう、未来の美少年くん」


 寝ぼけているのか、私の人差し指を掴んでいたおててが次は親指に移動した。


「ん……」


 今度は左手で私の服を掴み、右手は口元にそえている。あまりの可愛さに、悲鳴が漏れそうになった。


 ここで一度、現実と向き合うことにする。 

 少年は、私よりも大きな服の中にいた。少年の小さな体とは無縁の脱ぎ捨てられた大きな服の、だ。


 ──思考、

 解。


 現状から導き出された答えは、、だ。


「……ついにショタ好きが行き過ぎて幼児化する魔法まで使えるようになったかぁ」


 まさかそこまで重症だとは思ってもみなかった。

 唯一使える魔法がショタ化──もしくは幼児化だなんて。それって……、それってとっても……。


 きっとこれは転生特典とかそういうやつだ。

 ありがとう神様。女神様。


 だが、この子が天使でないとすると気になることが一つだけあった。

 


「そもそもこの子、だれ……?」


足元に転がっている見覚えしかない校章は、この学園の生徒であることの証だ。



***


「美少年くん」

「……れお」

「ん?」

「レオ、って呼んで?」

「ん"んっ!!」


 私の心にズッキュン即死クリティカルヒット!!!


 服が皺になりそうなほどの力で胸を抑え、私は床に倒れ込んだ。 



 帰る方法を知っているというレオに従い、無事に地上に帰ることのできた私は、興奮が治まらず一睡もすることなく朝を迎えた。目は充血していてクマも酷かったが、心は清く晴れ渡っていた。

 それもそのはず。私にはショタ化の魔法があるのだ。教室に向かう途中で、しょ〜た♪しょ〜た♪とうっきうきで他の男子生徒に魔法を試そうと考えていたのだが、ふと我に返りある問題点に気づいてしまった。

 そう!ショタ化させると言っても、どうすればいいのかまったく!小指の爪ほども!わからなかったのである!!!


 好みの体の男子生徒を片っ端からショタ化させるという私の大いなる野望は、始まる前に幕を下ろした。

 そして大穴での出来事はすべて夢だったんじゃないかと、……天使は実在しなかったのだと絶望した。


 寝不足だった私は自殺覚悟で大穴に飛び込み、麗しの美少年ショタ──じゃなかった。レオと再び会うことができた。ちゃんと元々着ていた服の中から出てきたため、私が来たことによりショタ化したことは明白。あの日の奇跡は幻ではなかったのだ。

 

 今のところ、私の魔法はレオ専用ということになる。仕組みはさっぱりわからないが、それはそれで希少性があって大変アリだと思う。



というわけで、レオと出会ってからというもの、私は通い妻を名乗っても許されるレベルの頻度でこの地下迷宮に通っていた。


「レオはどうして大穴の中にいるの?」

「……おおあな?」

「えーっと、…………知らない?」


 レオは不思議そうな顔をすると首を横に振った。

 確かに穴が開いているのは地上から見えるところだけだし、今いる場所とは関係ないのかもしれない。だが、知らないとなると、先日地上に帰る方法をレオに聞いた時も理解していなかったのだろう。どうりで話が進まないわけだ。


「じゃあ、そうね……レオは普段何をしているの?」


 こんなところで一人ぼっち。私と一緒に地上へ行こうと行った時も、聞き入れてはくれなかった。

 レオは触れられたくなかったのか黙ってしまった。


「ごほんよんだり、べんきょうしたり……して、る」

「そう……!他にはなにかしているの?」

「…………あにうえがあそんでくれる。たまに、だけど」

「お兄さんがいるのね」

「あにうえはすごい」


 ふんぬうっ!と鼻息を荒くした。レオはお兄さんを慕っているのだろう。見るからに生き生きとしている。


「……でも、さいきんあにうえ、あそんでくれない」


 まるで犬の耳が垂れているようにしょんぼりしている。その様子に口がにやけるのを我慢しつつ、安心させるようにレオを抱きしめた。


「いまはあぶないから、へやからあまりでるなって」


 危ない……確かにそうかもしれない。なにせ大穴が空くくらいだ。こんな可愛らしい子が外に出たら何か事件に巻き込まれてしまう。お兄さんの言うことは正しい。断言する。


「それじゃあ兄上の分まで私が会いに来るわ」

「……ほんと?」

「ええ」

「また、あそんでくれるの……?」


 こてん。と首を傾げながらのレオの上目遣い。瞳はうるうるとしていて宝石のように光が反射している。

 私好みの圧倒的美といいこの殺し文句……。

 ──効果は抜群だ。 


 勉強だけの毎日が、レオのおかげでとても充実していた。




「りりす」

「坊ちゃま、どうかしましたか?」


 最近お気に入りの、ショタに仕えるメイドごっこ。

 まさか前世からの夢が叶うだなんて思わなかった。


「リリスはいぬさとねこさ、どっちが好き?」


「そうですねぇ。どちらかといえば猫、でしょうか」


 舌っ足らずになりながらも、一生懸命に話してくれるレオがとても愛おしい。


「じゃあさ、じゃあさ!」


 レオは私の服を両手でぎゅっと握って、飛び跳ねそうなほど体が上下していた。


「らいおんさんと、とらさは?」


 わくわく、と輝かんばかりの笑顔だ。まぶしい……。


「んー、ライオン……ですかね」


 今日のレオは物理的にいつもより小さい気がする。というか実際に小さし、言葉もふにゃふにゃで思わずでれでれしてしまう。 


「ちょっと坊ちゃま。どうして不貞腐れるんです?」


「……リリスのばーか」


 ぐほっ。

 坊ちゃま、それは私を殺すおつもりですか?



 

 レオと過ごす日々は楽しくて時折、勉強もそっちのけで遊びに行ってしまう。そのためレオと出会ってすぐの試験では、結果がギリギリだったこともありかなり堪えた。その次の試験前には意識的にレオとの接触を絶たざるを得ない状況となり、もう二度とそんな目に合うものかと息巻いたのだ。 



「坊ちゃまにプレゼントです」

「とら!」


 授業で習ったことを応用して作ったキーホルダーのプレゼント。髪が黒色だから黒虎。安直だが可愛らしくてレオによく似合っている。


「坊ちゃま好きなんじゃないかなーって思ったんです」

「リリス、こころよめる!?」

「ふふん。そうかもしれませんね」


 まさかここまで喜ばれるとは思わなかった。レオは大興奮で、キーホルダーを上げたり下げたり動き回っている。 

 

「今坊ちゃまが何を思ってるか、当ててさしあげましょうか?」


 こくこく。と頷き、期待の眼差しが送られた。


「リリスだいすきー。です」


 ………………………。

 あれ?調子に乗りすぎた?

 レオの反応がない。


 居たたまれないため、流石に返事が欲しい。

 なんだか変な汗もかいてきた。


 ガシッ

 レオに腕を掴まれ、引っ張られた。

 二人の顔が近づく────。


「すごい!だいせいかい……!」


「そ、そうですか……」


 思わず目を逸らしてしまった。

 なんだろ、照れる。

 レオはきっと将来大物になると私の勘が言っていた。




「どうしてリリスはぼくにやさしいの?」

「それは私が坊ちゃまを大好きだからですよ」


 レオは私の膝の上にちょこんと座っている。そして、両手で黒虎のキーホルダーをぎゅっと握った。


「……でも大きくなったら、リリスを食べるとらさんになるかもしれないよ?」

「虎、ですかぁ」

「ん、リリスも食べちゃうかも」

「ふふ、私は坊ちゃまになら食べられてもいいですけどね?」

「リリス!ぼくはしんけんに……!!」


 レオは立ち上がりそう言った。

 目線は同じくらい。だけど今はレオのほうが少し高い。


「みみもはえてて、しっぽもはえて、それにするどいきばだって──!!」

「けもみみ……、ぜひ今すぐ生えてほしい」


 レオの不思議そうな顔が私を冷静にさせた。 


「ごほんっ。……とにかく、私は坊ちゃまが立派な虎になられても嫌いになりませんよ」


 だから安心して?と言うようにレオを再び膝の上に座らせた。

 不安そうな瞳がこちらを見つめている。


「ぼっちゃまじゃなくて、ただのレオでも?」

「はい。もちろんです」


 にこりと微笑む。

 緊張が解けたのか、レオからかけられる重さが増えた気がした。


 そして私は、この日を堺により一層レオに懐かれたのだった。



***


 そういえばヒロイン。

 ショタにかまけて忘れていた。

 

 以前、ヒロインと王子の婚約について「続きは配信で!」みたいな感じに言っていたのを思い出した。


 魔導書型の通信機器と万年筆。それから専用のインクを用意する。ペン先にインクをつけ魔導書を開くと、この世界の文字で「アーロ 配信」と記入した。


 すると反対側のページに少しずつ色が浮かび上がって行き、動き出した。そこには蓄音機の頭をした男のサムネイルが並んでいる。指の代わりに万年筆でスクロールするように紙をなぞった。使い心地は板タブを使用している感じに近い。


「へー、……って顔出ししてる!?」


 昔の投稿まで遡っていくと生身の姿があった。しかも過去にイメチェンしたのか、昔は地味めだった髪色が派手になっていた。しかし今は蓄音機である。すごい変化だ。


「第一王子…………婚約、婚約……っと」


 遡り過ぎたのか中々見つからない。もしかしたら前世でいうところのメンバー限定とかもあるかもしれない。プライベートな話だしありえる。……そもそもそんな話を世界に公開するなって話なのだが。



「──"先祖返り"──」


 こんな配信もしてるのか。

 つい気になって手を止めてしまったのは先祖返りについての動画だった。ヒロインも先祖返りだというし、気になる。


 少しくらいならいいだろうと動画を再生した。


「先祖返り……って知ってるかな?」


 地味な方のアーロがゆっくりと話し始めた。


「大昔に存在した魔族たちは人間と変わらない姿をしていたり、まったく違う姿をしていたり様々だ。中には不思議な力──魔法なんかも有名だね。を持っている魔族もいた。君たちが今使っているその魔導書の中に組み込まれている魔石も、彼らの力と分類は同じなんだ」


 内容が内容なため正確には比較することができないが、学園よりも落ち着いた話し方をしている。


「僕たちの中には彼らの血がほんのわずかだけど残っていて、極稀にその血を色濃く受け継いで生まれてくる人間がいる。……それが先祖返りだ。」


 つまりヒロインだけが特別というわけではない。メタ読みにはなってしまうが、攻略対象の誰かしらは先祖返りであると思う。


「先祖返りには先天的なタイプと後天的なタイプがいて、覚醒方法の共通性はまだ解明されていない。だけど魔力の強いところに近づくと力が増幅するっていう仮説がここ数年で最も有力だよ」


 後天的、覚醒……。

 もしあの大穴の中が魔力の宝庫で、大量の魔力にあてられて覚醒してしまったとしたら?私のショタ化の力は魔法というより先祖返りによる力の可能性が高い。能力が使えるのもレオだけだったし、相手が限定的だったのではなく、使える場所が限定的だと考えるほうが合理的だ。

 それにヒロインも真実の眼、という限定的な力だしありえる話だ。

 

「……人と違うって怖いよね。僕も初めて鬼神の先祖返りを見た時は驚いたよ。知らないものは怖い、当然の感情だ」


 先祖返りについての意見がコメントで流れている。

 自分も先祖返りだとか、知り合いが先祖返りだとか。見えないだけで実は他にもいたのだ。


「だけど大昔に暴虐の限りを尽くした魔族と違って彼らは人間だ。僕たちとなんら変わらない心を持った人間なんだ」




「だから先祖返りした子を怖がらないであげて?」


 生まれながらに獣人の先祖返りだった赤子がいたのかもしれない。後天的にアンデッドの先祖返りへと覚醒した人がいるのかもしれない。

もしかしたらこの国のシステムはそういった人間のために必要だったのかもしれないと、なんとなく思ってしまった。


「僕は皆にもっと色々なことを知ってほしい。知らないものを怖がらなくていいように。……僕が皆に届けるよ」


 だけど臭いものに蓋をするように、隠し続けることで出てくる弊害もある。私はアーロが政府に対する革命家のように思えてならなかった。



***


新月の晩に魔法が解けた。



「……レオ?」

「…………ああ」


 わかってはいたが、やはり異形頭の姿をしていた。

 小さかった時の面影は残しつつ、背はぐんと伸び私よりも高くなった。


 さっきまで着ていた服は面白いくらいに大きな音を立てて破れさった。つい長居しすぎた私も私だが、目のやり場に困ってしまう。


「とりあえず服を着てくれる……?」


 着替え中、レオは無の感情であった。表情など見なくてもわかる。通い妻を舐めないでいただきたい。


 下を履いたレオはシャツに袖を通し、ボタンをとめていく。しかしその様子を、私は直視できずにいた。

 こういう時、人は少年時代と現在の変化について考え、悶えるのだろう。しかし一番肝心の顔がわからないのでは語ることが格段に減ってしまう。


 私に趣味はないと思っていた。


 レオの頭も第一王子のように光らせているのだろうか。天使の翼が複数枚頭部を回転している。

 幼少期の顔立ちは知っているが、今は顔なんてわからない。だから見つめられても目は合わないし、口を合わせても口は触れないのだ。


 だというのに私の鼓動は限界をも、越えようとしていた。


 天使だ。紛うことなき天使が、神々しい光を発してそこに立っている。


「おれのこと、天使だって言っていただろ?」


「ひぇぇ、、」

  

 一人称も口調も変わっていた。

 ショタからの成長ラブストーリーは、これだからやめられない。

 なんとも情けない声が漏れてしまったがそれも仕方のないことだ。それだけ成長したレオの破壊力は凄まじかった。


「頭を変えるのは初めてだったけど、どうだ?似合っているか?」


 もちろん……!似合ってるよぉ〜〜!!!

 素敵!完璧!!世界一!!!


 そう言ってやりたかったが、あまりの衝撃により金魚のように口が開くだけで声が出せなかった。そのため全力で首を縦に振って返事をする。


「そっか…………うん、そっか」


 噛みしめるように呟くその声は私の知らない男の人の声で、私は顔を真っ赤にさせるので忙しかった。

 ここで幼少期の要素をちらつかせるのは本当にズルい!!



 

 成長した──正確には通常時のレオを見た私は、一方的に挙動不審になり少しギクシャクしていたのだが、しばらく経った今でもまだ落ち着かない。


 なんだか自分だけ慌てているようでちょっと悔しい……、なんて思っていたのだが、よくよく考えればレオも私の顔を知らないのでは?という事実にたどり着いた。


 つまり、レオ視点では私はずっと異形頭だったのだ。散々にやけているのを隠そうと我慢してきたが、すべて無駄な心配であった。


「ねぇ、レオから見た私ってどんな感じ……?」

「んー、そうだなぁ……優しくて変なところもあるけど、小さい子が好きな──」

「違う違う!それも知りたいけど、今は外見の話!」


 レオは悩んだ素振りを見せると、机まで何やら取りにいった。そして戻ってくると、見覚えのあるものを見せた。



「はい」


「まさかこれって────、」


 レオが見せてみせたのは我がサルディア学園の校章であった。


 つまりずっと、私はモブの姿をしていたのだ。

 入学式で行進した校章の頭をしたモブの姿を──。



「……これじゃ学園で会っても見つけてもらえる気がしない」

「どうして?」

「だってこんなモブ…………いや、むしろ未だに校章の人は少ないだろうから逆に珍しいだろうけど、見つけらんないよ……」


 よほど外見にこだわりがないか、私のようなマヌケじゃない限り既に校章の姿はしていないはずだ。次第に見かけなくなったと思えば、こんな罠があったとは……。


「おれはリリスの匂いを覚えてるから大丈夫」

「……………………」

「おれならリリスを見つけられる」


 レオは私の首元に顔を沈めた。

 そして私の首筋をレオの鼻がかすめる。


「……リリスはおれを見つけてくれる?」


 不安げな声だ。

 こういうところは変わらない。 


「もちろん!レオなら校章でも見つけられる!!」

「そっか、……ありがとう」




「ねぇ、ずっと気になってたんだけどリリスは小さいおれにしか興味がないのか?」


 ギクリ。肩が跳ねた。

 定番の、回答にとても困る質問だ。


「わ、私は大きいレオも好きだよ」


「そこは小さいレオも、って言って欲しかった」


「ごめんごめん、むくれないの〜!」


 まったくもう。拗ね方まで一緒じゃないか。

 むっとした顔がありありと想像できる。











「他の人をショタ化させない?」

「…………うん」


「他のショタに着いていかない?」

「…………………ん」


「他のショタに見とれない?」

「………………………………」


「ん、」



 コツン、と額と額が合わさった。 

 何処が額とかいう問題ではなく、心の額が合わさったのだ。




 ────異形頭しかいないこの学園世界で、ショタ化の魔法を使ってレオと出会った私は、どう考えても間違った遊び方をしていた。


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乙女ゲームの攻略対象は異形頭!?ショタ化の魔法を使える私は、どう考えても遊び方を間違っている メギめぎ子 @megimegiko1

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