第17話【最終話】

 ウィリバルトは卒業パーティーをイアン・クラウゼヴィッツとともに取り仕切り、その後は何事もなく終わらせた。

 そして一旦アイゼンラウアー公爵家に戻る。

 育ての母親であるブリギッテと育ての父親であるローレンツの二人と、義弟のファビアンを交え、アイゼンラウアー公爵家の家族としての最後の晩餐を共にした。

 ファビアンはウィリバルトが実は国王の息子で、母親はウィリバルトの叔母だった事を知らなかった事、ウィリバルトが突如として王太子となった事に大層驚いていた。

 ファビアンは優秀ではあるのにある意味純粋で、周りを疑ったり周囲の様子から何かを察するという能力が低い事に危機感を覚え、晩餐後に父親にそれとなく注意した。


 翌日、王城からウィリバルトに迎えが来た。彼は専属執事のイザークだけを連れて王城に向かった。

 王宮内にある王太子の私室はまだ準備が出来ていないとの事で、他の部屋を仮の居住用として与えられた。

 王太子府の執務棟に行き、出仕していたイアン・クラウゼヴィッツと今後の事を話し合う。

 まず必要なのは王太子の側近を選出する事で、イアンが筆頭となり優秀な者を数人選定する事になった。

 その間の王太子としての執務はイアンと、側近が決まるまでの間エルフリーデも手伝う事になった。稟議書や報告書、提案書などの書類を処理するが、テオドールが王太子だった頃よりも明らかにその量が増えていた。

 クラウゼヴィッツ宰相にその辺を確認すると、テオドールには任せられないとして外していた本来王太子が処理する書類を回しているだけだと答えられた。

 なるほどと納得し、その後は精力的に決裁をしていった。

 後日、王太子用の私室の準備が整ったと連絡を受けて移動すると、アイゼンラウアー公爵家で使っていたウィリバルトの私物が運び込まれていた。そして以前入った事のあるテオドールの私室の中身とまるで違っていて、全てウィリバルトの好みに沿った物に変えられていた。





❐ ❐ ❐ ❐ ❐


 日々の執務や公務をこなし、王太子としての生活が当たり前となった一年後。

 そのタイミングでウィリバルトは国王に面会を求める。

 時折王家としての体面もあって国王夫妻と晩餐を共にする事もあったが、ウィリバルトは敢えて何も言わず二人と穏やかに接していた。

 だが、ウィリバルトの中にある『王位に就き己を侮った者たちを見返す』という渇望はまだ消えてはいなかった。

 王の私室に入り、促されるまま国内最高の品質を誇るソファに座る。

 人払いをお願いしていたため、国王の侍従は全て退室していた。


「単刀直入に申します。国王陛下、私とエルフリーデが婚姻し、王子を二人授かったら私に譲位してください」


 何の用かと国王から問われたウィリバルトは、婉曲な言い回しをせずきっぱりと言い切った。


「……私はまだ耄碌はしていないつもりだが?」

「貴方の治世は確かに優秀と言えましょう。けれども元王太子テオドールの教育を間違い、彼は婚約者を蔑ろにした上に他の女に現を抜かす愚か者に育った。そのままテオドールが王位に就く事になっていたら、間違いなく国内が荒れる事になっていました。王妃殿下のご実家であるブルクヴィンケル侯爵家は愚かな事はしなかったでしょうが、娘を王太子妃や側妃の座に就かせたい家は幾らでもある。テオドールはエルフリーデを婚約破棄しようとしていた事から、反逆者ソフィア・レーリヒが下手をすると王太子妃に収まっていたでしょう。そしてそのまま王妃になれば、あの女の行動から愛人を囲っていただろうと容易に推測できます。また、テオドールが側妃を置けば、側妃の実家がテオドールを裏から操ろうと画策していたでしょう。あの愚か者は女の讒言ざんげんを真に受けその内容の裏を取る事もしなかった。その様な者に王位を任せる事は出来ないと、三公爵家がテオドールを排除する計画を立てたのです。国王、貴方がテオドールに対して何もしなかったから」


 ウィリバルトは真っ直ぐに国王を凝視し、にこりともせずに無表情に言い放った。

 国王はウィリバルトから溢れる覇気にてられ、何も言い返せない。


「愚王を戴いた国は悲惨です。政治は姻戚にいいようにされ、その煽りを食らった民が疲弊する事になる。その可能性は潰さねばと思い、私が王位に就こうと決意しました。それは今でも変わりません。貴方の国政に対する判断力は、今まで間違えた事は確かに有りませんでしたが、この後も間違えないとは限らない。だから譲位をお願いします。断るなら『病を患う』事になるだけです」


 ウィリバルトの言葉に、国王ヴィルヘルムは目を瞠って息を呑む。それは、『言うことを聞かない場合は体の自由を奪う毒を盛る』と脅迫する内容だったからだ。


「来年、私とエルフリーデが婚姻する。五年以内に子を三人は設けましょう。その間に徐々に国王の政務を私に譲って頂く。クラウゼヴィッツ宰相とアイゼンラウアー法務大臣、アルナシェル運輸大臣、いえ『アイゼンブレヒトの暗部』アルナシェル家、クンツェンドルフ外務大臣、ヴァイスミュラー財務大臣、ハンナヴァルト産業大臣、バウムゲルトナー王国騎士団総騎士団長からは既に私が早急に王位に就く事の了承を貰っています」


 表情を動かしもせずに要望を突きつけるウィリバルトを見る国王の顔は青ざめていた。


「……私を父と呼ばないのは何故だろうかと思っていたが、そうか……お前は私を許してはいないのだな」

「許す以前の問題です。私が父と呼ぶのはアイゼンラウアー公爵ローレンツだけです。そして私の母はアイゼンラウアー公爵夫人ブリギッテのみ。貴方を父と思った事は一度も有りません。貴方は私に命を与えた男というだけで、私には赤子の時分に貴方から見限られたという事実しかありません。エルフリーデに止められ、流血せずに王位継承させると言われて簒奪計画は白紙に戻しましたが、私が王位に就く事を諦めた覚えはないし、貴方を排除する事を躊躇う理由もない。子が生まれ、ある程度育つまでは待ちますから、ご自分の引き際を弁えてください。ああ、引き際を弁えて頂けたのなら、孫と会う事は許可しましょう」


 ウィリバルトは、用が済んだとばかりに立ち上がり、無表情のまま悠然と国王の私室から出た。





❐ ❐ ❐ ❐ ❐


 翌年、ウィリバルトとエルフリーデの婚姻の儀が執り行なわれた。

 ウィリバルトは婚約した直後からエルフリーデを溺愛し始め、それは宮廷のみならず民にも広く知れ渡る。

 最初の頃はウィリバルトに側妃候補として自分の娘を勧める者もいたが、ウィリバルトがそういう貴族家に対して苛烈な処断を何度か行ううちに側妃候補として娘を勧める貴族家は皆無になった。


「エル、愛している。この命が潰えるまで終生貴女だけを愛そう」


 ウィリバルトの言葉に瞳を潤ませて頬を染めたエルフリーデはキツい顔立ちなのにウィリバルトにはとても可愛く見えて、ウィリバルトによってその後何度も朝起きる事が出来ない事態に陥る事となった。



 そして結婚から五年、ウィリバルトとエルフリーデの間には王子が二人と王女が一人生まれていた。現在、エルフリーデは四人目を懐妊中で、ウィリバルトとしては心配で堪らない。

 一人目の妊娠中にエルフリーデは貧血を起こし暫く寝たきりになってしまった。

 睡眠不足と栄養不足が原因だと御典医に告げられ、もう少し妃殿下に手加減してあげてくださいと叱られる羽目になった。

 その反省からウィリバルトは手加減を覚え、二人目以降は順調だったのだが、今回は悪阻つわりが酷いらしく、なかなか食べ物を受け付けない。食が細くなったエルフリーデを心配するなというのが無理で、果物や匂いのキツくないあっさりとした豆料理や白身の魚料理を提供する様に王宮の料理長に言いつけるほどだった。

 エルフリーデは心配し過ぎだと笑うが、彼女はウィリバルトにとっては太陽の様に眩しく愛しい存在なのだから、心配のしすぎという事はない。

 王女まで生まれ四人目を懐妊した時点で、国王ヴィルヘルムから譲位され、先日ウィリバルトが第十四代アイゼンブレヒト国王に即位した。

 エルフリーデは第十四代アイゼンブレヒト国王妃となったが、王妃が安定期に入るまではと即位式および即位パレードは延期となっていた。

 今日は王城の一角、民に顔見せするバルコニーに続く部屋で、両脇に息子二人が立ち、膝の上にエルフリーデを乗せている。


「愛しいエル、私のエル、愛しているよ」


と囁くと、息子たちも負けじと「ははうえ、だいすきです!」「ははうぇ、だいちゅきでしゅ!」と辿々たどたどしくも元気いっぱいに張り合う。

 娘はまだ一歳でベビーベッドに入っており、エルフリーデから受け継いだヘーゼルの瞳でこちらを見てはいるが、会話を理解してはいないだろうと思われた。


「母上は父の最愛なのだから、お前たちも母上以外の最愛を見つけなさい」


 そう言うと、エルフリーデは「子供に対抗心を燃やしてどうするのです」と呆れた様に窘めてきた。


「愛する者を独占したいのは男のさがだからね」


 そう告げるとエルフリーデは頬を赤らめた。


「仕方のない人ですわね」


 二十代も半ばに差し掛かっているのに、エルフリーデは相変わらず美しく可愛い、とうっとりと眺めれば、エルフリーデは恥じ入って益々赤くなり、今や顔が真っ赤である。


「可愛い、キスしたいが、時間もないから我慢しよう」


 これから国王一家がバルコニーで国民に顔見せをするのだから、エルフリーデの顔をこれ以上赤くしてはいけないと、渋々と口をつぐんだ。


 国王と王妃が並び、幼い王子二人は侍従たちに抱えられ、未だ幼児の娘はウィリバルトが抱き上げてバルコニーに出る。

 バルコニーの外側、王城の広大な前庭には大勢の国民がひしめき合っており、ウィリバルトたちは大歓声に迎えられた。

 ウィリバルトは感慨深くそれを見つめる。

 大歓声が止んで静寂が広がると、おもむろに口を開いた。


「アイゼンブレヒト王国の民よ、余が第十四代国王となった、ウィリバルト・ユリウス・アイゼンブレヒトである。隣にいるは王妃エルフリーデ・アロイジア・アイゼンブレヒトだ。そして、第一王子のオスカー・アレクシス・アイゼンブレヒト、第二王子のクリストフ・エアハルト・アイゼンブレヒト、王女のシャルロッテ・クラウディア・アイゼンブレヒト。其方そなたらの生活を守るのは王家の務め。余の最善を尽くしてアイゼンブレヒト王国の安寧を守ろう」


 ウィリバルトの声が拡声の魔術で王城前庭に広がると、再度大歓声が沸き起こった。


(漸くだ。漸く、俺が王位に就けた。あの決意をした日から十四年。エルフリーデを手に入れようと思い立ってからでも八年だ。俺は望んだものを両方手に入れた。ならば、手に入れたものを手放す事が無い様に、死ぬまでこの国とエルに尽くそう)


 ウィリバルトは新たな決意を胸に国民たちを見回した。

 彼は生涯この景色を忘れず、そして決意した事を忘れず、善政を敷き他国との友好を深め、王妃エルフリーデと仲睦まじく過ごした。






 〜Das Ende〜



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ウィリバルトの決意 木花未散 @konohana_sakuya815

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