平安な日々〜オカメ色に染まる〜

花里 悠太

全てはオカメに

「さってと、今日は何を読もうか」


1人呟き、タブレットを起動しお気に入りのアプリを立ち上げる。

俺の趣味は小説サイトで、小説をザッピングすることだ。


小説の面白さは料理の美味しさによく似てると思う。

料理にも好き嫌いや舌の合う合わないがあるよね。

例えば、唐辛子で覆われた激辛ラーメンとかは俺は食べれない。

しかし、好き嫌いはなくて大体の物は食べれる。


同じように、小説も人によっては面白いくらい嗜好が違うんだ。

恋愛もの、ファンタジー、ホラー、現代ドラマ、伝承伝奇もの、などなど。


甘々で読んでて悶えるやつとか、感動させられるやつとか、心の底から怖いやつとか。

食べ物と同じように、小説も結構ジャンル問わず読むのが好きだ。


そして、この小説サイトというやつがまた面白い。


料理で例えるなら、素人達が自慢の料理を作って振る舞うフリーレストラン状態。

玄人顔負けの料理を振る舞う人もいれば、どうしてそうなったという奇抜な料理を提供するものもいる。

そんな中で美味しい料理、すなわち面白い小説を見つけるのが好きなのである。


「今日は恋愛、ラブコメあたりを読んでみるかね」


何となく呟きながら、恋愛カテゴリの小説を適当に探す。

俺は、独自性があってそれでいて面白い小説が好きだ。

先ほどの料理の例で言うならば、奇抜だけど美味しい料理。


例えるなら納豆カレー。

カレーに納豆入れるの?って言うけど、入れてみてほしい。

もちろん自己責任で。


まあ、ユニークで面白い小説が好きなのである。

昨日読んだ小説も、青い少年の恋愛物語ってキャッチで読んだのに、物理的に青い人が甘々青春してたりした。

こういうぶっ飛んでるのに当たるとたまらなく得した気分になるんだ。


そんなわけであたりを引けた恋愛カテゴリで二匹目のドジョウを狙って流してみる。


「感動系、青春系ね、次のやつは転生令嬢ものか……ん?オカメ?」


不思議な言葉に引っかかる。

恋愛カテゴリで見たことのない三文字が目に入り、思わずタイトルを見直す。


『溺愛?執着?転生悪役令嬢は皇太子殿下から逃げ出したい〜悪役令嬢は絶世の美女にも関わらずオカメを被るが独占しやすくなって皇太子にとって好都合でしかない〜』

https://kakuyomu.jp/works/16817330648178512870


どう見ても転生令嬢ものだと主張しているのだが、どう見てもおかしな言葉が入っている。


「オカメ?」


なぜかこの三文字が頭から離れない。

とりあえず小説を読んでみることにした。


「……面白かった」


転生って言っても現代からの転生じゃなくて、平安時代からのタイムスリップ。

平安美的センスでオカメ顔を美人と思ってる主人公が、転生先での美人な顔をオカメで隠していくお話。

この貴族だの何だの、って言っている中でのオカメの存在感がたまらない。


とても面白いのだ。

好みにもあっている。

独自性がしっかりとあって面白い。


しかし、ちゃんと面白いのに、何か違和感がある。


「オカメ」


口に出すと、何とも言えない気持ちになる。

幸せなような、自分が自分でなくなるような。


「俺、オカメ好きだったっけ……?」


思わず1人呟くが、オカメが好きだった記憶はない。

だが、名前を言うだけでオカメが頭から離れなくなっていく。

何となく怖くなった俺は、ベッドに潜り込んで寝ることにした。


————————


翌朝、朝起きると顔を洗い、着替えて一息。

SNSを開いてみると、オカメの写真が目に入って来た。


「うわっ」


誰かが悪ふざけで載せたオカメの写真は、スマホの画面から俺を見ているようだ。

昨日まで俺の人生にはほとんど影響を及ぼしてこなかった、オカメが俺に取りつこうとしている、とさえ思えてくる。


「……気がおかしくなりそうだな。気分転換に買い物行こう」


無理矢理にでも言葉に出して行動することにした。

簡単に出かける準備をして、散歩がてら近所のスーパーに向かうことにする。


テクテクと歩いて気を晴らす。

気分を晴らしたい時は空を見るのが一番だ。


青い空に白い雲。

白い雲はちょっと下がふくらみ気味の卵型。

その形はまるで。


「オカメかよ」


一度そう思ってしまうとそのようにしか見えない。

空からオカメに見られているようにすら思えてきた。


まずいまずいまずい。


慌てて走ると目的地のスーパーが見えてくる。

何とかオカメに見つかる前にスーパーに入ることができた。



スーパーで適当に買い物をしていると売り込み用の音楽が流れてきた。


「サカナサカナサカナ〜♪」


奥を見ると鮮魚コーナーで箱フグ帽子をかぶったタレントの等身大パネルがあり、そこの奥から流れてくるようだ。


正直に言えば油断をしていた。

何となく語呂がいいな、と口ずさんでしまった。


「オカメオカメオカメ〜♪オカメ〜を〜かぶ〜ると〜♪」


禁断の扉が開かれた。

脳内の選曲モニターがジャックされ、他一切の選曲が許されなくなる。


『オカメオカメオカメ〜♪オカメ〜を〜かぶ〜ると〜♪』


そして、終わらない。

すぐに頭の中のメモリが常時この再生に使われるようになっている。

このまま店内にいるのは危険だ。

判断した俺は即座に買い物を済ませて、店を飛び出した。



外に出てフーッとため息をつく。


「危ないところだったな」


独り呟く。

しかし。


『オカメオカメオカメ〜♪オカメ〜を〜かぶ〜ると〜♪』


危機は終わっていなかった。

それどころかむしろ。


『かおがかおがかおが〜♪へいあ〜んびじ〜ん〜♪』


いつの間にやら2フレーズ目に突入している。

頭の中からこのメロディーとフレーズが離れていかない。

店を出たのに、頭からオカメが離れない。


思わず空を見上げる。

相変わらず空は青く白い雲。

白い雲は白い肌を連想させ、青とのコントラストでくっきりと浮かび上がる、下がちょっと膨れた卵型。


「おい、見るな、見るなよ」


空の巨大なオカメが俺を覗き込む。


『オカメオカメオカメ〜♪オカメ〜を〜かぶ〜ると〜♪』


頭の中では鳴り止まぬコーラス。

数えられなくなって何周目だろうか。

音だけではない。

先ほど見た箱ふぐ被ったタレントが、オカメかぶって踊りながら歌っている絵まで浮かぶ。


『かおがかおがかおが〜♪へいあ〜んびじ〜ん〜♪』


このままだと気が狂ってしまう。

家に向かって走る。


『オカメオカメオカメ〜♪オカメ〜を〜かぶ〜ると〜♪』


何とか、何とか安全なところに辿り着くんだ。

そして別の曲で上書きしてやる。


『かおがかおがかおが〜♪へいあ〜んびじ〜ん〜♪』


絶対に、絶対に、逃げ切ってやる!



運動不足の体に鞭打って、家のドアの前についた。

震える手で鍵をとり、ドアを開けて家の中に入る。


『オカメオカメオカメ〜♪オカメ〜を〜かぶ〜ると〜♪』

『かおがかおがかおが〜♪へいあ〜んびじ〜ん〜♪』


コーラスの間隔は縮まっているが、大丈夫だ。

俺はまだ大丈夫。


ただ、喉が乾いたので、飲み物を出そうと冷蔵庫を開ける。

買い置きの納豆パックに描かれたオカメと目があう。


……オカメオカメオカメ〜♪オカメ〜を〜かぶ〜ると〜♪


俺は、もう、駄目オカメだった。

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