ジンザイ求ム!

渡貫とゐち

町を守るガードマン

「カノンさん!!

 もうがまんできませんッ、あいつらをこの町から追い出してくださいッッ!!」


「えっ、っとぉ……、その前に、いまパトラちゃんが踏んづけている求人広告、拾ってもらってもいいかな……?」


「カ・ノ・ン・さ・んっっ!!」


 カウンターテーブルを両手でばんばんと叩いて、彼女は聞く耳を持ってくれなかった……町娘のパトラの背には、怒りの形相を作っている大勢の大人たちが集まっており――


「あのぉ……みなさん、そう怖い顔でどうされましたか……?」


「どうされましたかじゃないよ、カノンちゃん! 最近この町にやってきたあの『ガードマン』たちは、なんなんだい!?

 商品を盗むわ、すぐに喧嘩を起こすわ、町の若い娘を口説いたり、やりたい放題じゃないか! 中には傷物にされた娘だっているんだよ!?」


「そうだ……うちの娘も襲われたんだ……ッ。それがトラウマで、今も外に出れずに引きこもっている……――どれもこれも、町の問題は、新しくやってきたガードマンたちのせいだ。

 どうして『ギルド』はあの犯罪者たちを捕まえて、牢獄にぶち込んでくれないんだ!!」


 そうだそうだ、と拳を振り上げ、大人たちが声を揃えて訴えている……。

 ギルドの受付嬢であるカノンは、まあまあ、と穏便になだめようとするが……、

 一度、火が点いてしまうとなかなか鎮火することは難しい。


 当の本人ではなく、こうしてギルドへ直接、文句を言いにきているところを見ると、冷静さを欠いたわけではないらしい。町を魔獣から守る『ガードマン』に、町の一般人が勝てるわけもないことは理解しているようだ。


「彼らは町を守ってくれていますから……。

 度が過ぎた行為は私たちも注意しますので……大目に見てあげてくれませんか……?」


「カノンちゃんよお、そういう段階はとうに過ぎてるんだよ。

 これ以上は大目に見れねえなあ――。

 こっちが譲ってばかりじゃあ、あいつらはさらに付け上がるぞ?」


「こちらでもきちんと教育をおこなっていきますので……。不満があるのは分かりますが、彼らを追放してしまうと、町を守ってくれる人もいなくなってしまいますし……」


「なんで、昔はあんなにたくさんいたガードマンが、数を減らしてんだ……っ。

 若者が夢見る職業だったろう!?」


 昔は、だ。


 富、名声、力……それらが手に入る職業だったのだ。


 ガードマン。

 町へ攻め込んできた魔獣を狩る専門の仕事。

 しかし最近は、その数も減らしている……。


 理由は色々とあるが、魔獣の数が多くなったことが理由の一つだ。

 昔は月に数回程度の魔獣討伐で、富と名声と力を得ることができたが、近年は一日に何度もやってくる……、しかも魔獣の強さは昔と比べてかなり強い。


 ガードマンが最低でも『三人』はいなければ、ガードマンがやられるほどの強さだ。


 そして、報酬。

 命を懸けて戦っても、貰える報酬の金額も減っていっている……、昔よりも労力が増えたのに、得られる金額が少なくなっているとなれば、長年ガードマンを勤めていた者も辞めていく。

 新規で入ってきた者も、業界のつらさに早々に退職してしまい……。

 夢見る職業として、目指す若者はもうゼロに等しい。


 今いるガードマンが抜けていき、新規で応募してくる者もいない以上、ガードマンの数は減るばかりだ……、なのに、魔獣は増え続けている……。


 求人は年中、出している。しかし、応募してくれる者は一人もおらず――、

 だからこそ、ギルドは苦肉の策を取ったのだ。



「……町の人口は多くなっているのに、どうしてガードマンがいないんでしょうね?」


 昔よりも人が多いにもかかわらず、求人を出しても応募はゼロだった……、つまり、誰もが見て見ぬふりをしているからだ。

 命懸けの職業を……、全員が『誰かがやるだろう』と考えて、他人事で済ませてしまっている……。


 少数だからこそ危険が跳ね上がっているだけで、もっと多くの応募があれば、集団としての利点を活かし、効率良く、安全に魔獣を狩ることもできるのに……。


 今、こうしてギルドに文句を言っている者たちは、求人を見ていながらも無視をしている者たちだ。自分たちの町のために戦おうとしない者たちが、どうして文句だけは言えるのか……。

 どうして、町を守ってくれている人たちを攻撃するのか……。


「誰もガードマンになってくれないから、私たちは『犯罪者』に頼るしかなくなったんですよ……! 彼らは罪人ですが、ガードマンの仕事をこなすことで、罪を軽くしているんです……、彼らが新たな犯罪を犯しても、捕らえて牢獄に入れることもできません――。

 だってそれをしてしまえば、誰が魔獣から町を守るって言うんですか!?!?」


「っ、だから、あいつらの犯罪を見て見ぬふりをしろって言うのか……カノン!!」


「……彼らの罪が消えることはありません。ガードマンの数が万全になれば、彼らの役目は終わります……、これまで積まれていた罪を、あらためて裁いていきます……ですが」


 現状、改善する余地はなさそうだった。


 このまま応募がなければ、世界中の犯罪者をかき集め、ガードマンとして雇うことになる……、その最中に新たな犯罪を犯しても、みな、その場で裁くことはできない……。

 そして、裁かれないまま彼らの寿命がくることもあり得る。


 後ろへ後ろへと追いやっていた罪は、罰の効果を発揮しないまま、期限が切れる……。

 だからこそ、早く正規のガードマンを揃えなければならない。


 犯罪者に町を守られているこの状況を、町のみなはどう捉えている?


「……町のみなさんだけが悪いとも言いません。報酬を下げた貴族も悪いでしょう……、報酬金額さえ上がれば、応募してくれる人も多いはずなのに……」


 なのに、頑なに金額は上がらない。


 低収入……なのに命懸けで、休みもなく、酷使され続ける……。

 犯罪者が罪を軽くするためでないと誰もやりたがらない――そうなれば当然、応募はゼロだ。


 なるべくしてなった状況である。


「今すぐ、ガードマンになりますか? 初日から魔獣討伐に向かってくださいと言うつもりはありません、じっくりと研修はおこないます……。

 女性はもちろん、子供にだってできますからね……道具は進化していますから」


 カウンターテーブルに、求人広告を叩きつけ、とんとん、と人差し指で叩く。


 にっこり笑顔の受付嬢だが、こっちも連日出勤でストレスが溜まっている……。

 いい加減、文句を聞くのも飽きてきた。


「現状に不満があるなら応募をしてください。応募者が増えれば、町を困らせる犯罪者たちはいなくなりますから――……どうします? 応募しますか、しませんか?」


 文句を言いにきていた町の大人たちが、一斉に黙り込んだ。


 内情を明かしても……いや明かしたからこそか? 誰も志願しなかった。


「私たちは『彼ら』に守られています。多少の問題行動には目を瞑りましょう。

 盗み? 喧嘩? 娘さんが口説かれた……、傷物にされた? いいじゃないですか。

 それくらい――それとも魔獣に食い千切られる方がマシですか?」


「それ、は――」


「彼らは犯罪者ですが、でも、『やるべきことはやって』います――私たちが今日を生きていられるのも、彼らのおかげです。

 感謝するべきです。

 なのに不満を言い、追放するなんて――自分の首を絞めているようなものですよ?」


 簡単な話だった。


 彼らを追い出すには、新しいガードマンが増えればいいだけ……。


 簡単で、すぐにできる方法なのに――。



 結局、ここから数年間、新しくガードマンが雇われることはなかった。


 戦果を上げた殺人鬼が、やがて、軽くなった刑期を終えて世に放たれることになるだろう。


 その事実が明るみに出てもまだ……



「……はぁ。今月も応募はゼロなのねえ……」


 


 だから、自分が手を挙げる必要はない。


 全員がそう思っていれば、一生、誰の手も挙がらない。




 ―― 完 ――

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ジンザイ求ム! 渡貫とゐち @josho

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