このヒロイン……恋の百人切りの殺人鬼と学園内で呼ばれているけど、今では俺の猫ペット彼女です

滝川 海老郎

本編

 斉藤さいとう芽利亜めりあは、モテまくる。


「先輩、私、斉藤先輩のこと好きです」


 中学三年生の女の子が斉藤さんに愛の告白をする。

 場所は中央校舎の屋上だった。ここが彼女へ告白するための定番となっていた。


「女の子同士だけど、そんなことは些細なことだもんね」

「はいっ」

「私、嘘を吐く人は嫌いなの。嘘はついちゃだめよ」

「分かりました」

「それから私、人間は興味なくて猫が好きなんだ。猫になってくれる?」

「今日から私は先輩の猫になります!」

「嘘つき」


 斉藤さんの冷ややかな視線が女の子に突き刺さる。

 俺でもビビってしまいそうなほど、その視線の力は強い。


「あなたは人間でしょ。猫じゃないわ。嘘つきは嫌いだって言ったわ。ごめんなさいね」

「ううぅっ、すみません」


 女の子が涙を流しながら走り去っていく。


「はい。次の人」


 告白の順番を管理している俺が次の人を促す。


「俺、斉藤さんのこと愛しています。付き合ってください」

「私、さっきも言ったけど人間は嫌いで猫になってくれる?」

「猫になんてなれないです。人間だけど世界一愛しているんです」

「猫になれないなら、ごめんなさいね」

「くそおおぉおお」


 男子生徒が悔しそうに逃げていった。

 毎日、放課後のこの時間はこんな感じだ。


 絶世の美少女。十人中十人ともが振り返るような抜群の容姿。

 その流れるような黒髪ロングはとても綺麗だ。


 中高一貫校の山玉学園の中等部に彼女が入学した直後から話題になり、告白する人が後を絶たなかった。

 中には中学生だったのに高等部からも告白する人がいた。

 その数は三年間で男女合わせて百人を超えるという。


 誰が言いだしたのか、ついた字名は【恋の百人切りの殺人鬼】。

 実際に人を殺したわけではない。

 いわく、生徒たちの心を虜にして殺す魔性の殺人鬼なのだと。

 殺すのは決まって恋心を抱いたピュアな生徒たちのハートだ。


 彼女の切れ長の目は、一見すると氷結のような冷たい眼差しだった。

 生徒を誰も人間だと思っていないような、とてもクールな視線。

 それを向けられたものは、人を殺すような視線だと感じるらしい。

 しかしその視線こそがゾクゾクして、人々を狂わして虜にする。

 そういう意味でも殺人鬼なのだそうだ。


 いつでも冷たい視線をしているわけではなく、ちゃんと友人たちと会話をするときは、ときおり目を細めて優しく笑うのだ。

 そのふわっとした温かい微笑みとクールな視線とのギャップが生徒たちの心を惑わしていた。


 クールでかっこいい性格。

 それなのにたまに見せる優しそうな眼差し。

 怖いだけではない。雪解けの春を思わせるような女神様の風格。


 今は俺も彼女も高校一年生になった。

 俺はというと彼女の告白の見守り人という雑用係を今年の四月から任命されていた。

 彼女への告白は俺が管理している。

 告白可能なのは月曜日、水曜日、金曜日の三日のみ。

 決まって中央校舎の屋上が指定場所となり、並んで順番に告白する。


 彼女は何回告白してきても出禁にはしない。

 優しい性格なのだろう。

 中にはもう十回以上告白に来た人もいる。


 正直ウザいほど長い告白する人や、最初から泣いてしまって話にならない人など。

 対処に困る人も多い。

 彼女は決して彼ら彼女らを雑に扱ったりせず、丁寧に告白を最後まで聞いた。


 しかし彼女は過去に一度も、告白を受け入れたことはない。

 男子が玉砕するのを見た女子たちがレズだという噂をすることもあった。

 それを受けて女の子の告白も多くなってきても、やはり受け入れることはなかった。


 先ほども言っていたように人間には興味がなくどちらかといえば嫌い。

 好きなのは猫なのだという。

 猫になれない人はお断り、というのがいつものパターンだ。

 現実では猫になれる人などいないのだから、実質ムリーゲだった。


 猫が恋人、なのだろうか。

 それでも市内の高層マンションに住んでいてペットは飼っていないという情報もある。

 猫のアクセサリーなどは鞄に着けているので、好きなのは本当だろう。


 でなんで俺が告白管理人をさせられているのかは知らない。

 同じクラスになったその日のことだ。


「ちょっと雪村君」

「はっ、なんでしょう、斉藤さんっ」

「ふふ、雪村君も私のこと好き?」

「はい、好きですっ」

「そう。じゃあ告白管理人の仕事、してもらってもいい?」

「いいです!」


 いきなり呼ばれていきなり言われた。

 唐突だった。理由もよく知らない。でも俺はそれを受け入れ今に至る。


 正直、下心はあった。ありまくりだった。

 あの憧れの斉藤さんに、一歩でも近くでいられて、役に立てるならなんだってする。


 しかし同時にむなしさもある。

 俺は告白をする側ではないと思われているのだ。安全パイだと。

 男、恋人候補とは微塵も思っていないのだと。



 俺はそんな五月の晴れの日。

 一人寂しく放課後、黄昏て公園でブランコに乗っていた。


 キコ、キコ、キコ。


 ブランコが揺れるたびに錆びた音を立てた。


「雪村君」

「あ、斉藤さん」


 こんなところで奇遇ですね。嘘っぱちである。

 実は彼女がたびたびこの公園を訪れて、猫と遊んでいるのを見たことがあった。

 俺はまた彼女が現れて、お近づきになれないかと企んでいたのだ。


 ブランコは二組あった。

 もうひとつに斉藤さんが乗って、俺と同じように遊びだす。

 短いスカートがひらひらと舞い、白い綺麗な太ももがちらちらと見える。

 斉藤さんの黒いニーソックスとの間の絶対領域が目に毒だ。

 ちらっと中の白いものが見えた気がして、俺はちょっとドキドキした。


「雪村君、ううん、春樹君」

「えっ、な、なに」


 俺の名前を呼んだ声は高くて甘い声だった。

 なんだか甘えているような声で、どこか不安げだ。

 彼女のそんな声を聞いたことがなかったので、俺はうろたえる。


 ブランコをお互い漕ぐのをやめる。

 隣同士になって停まったブランコから視線をこちらに向ける。


 切れ長の目は相変わらずのクールビューティーでとても美しい。

 まるで俺をゴミクズクソ虫だとでもいいそうな冷たい目に見える。

 もちろん彼女はそんな下品な言葉を口にしたことはない。


「あのね、春樹君、私のこと好き?」

「ああ、好きですよ。彼女として付き合ってくれますか?」

「猫じゃないと嫌なんだけど」

「ですよね。こうしましょう。逆の発想で、芽利亜ちゃんが俺の猫になってください」

「私……が、猫」

「そうです。俺のペットになってください。ペットは彼女じゃないから問題ないですよね」

「うん、分かった」


 は?俺はもちろん半分以上冗談。ただの言葉遊びのつもりだった。

 それなのに、彼女はこくんと首を縦に振って目を潤ませている。

 あれ、なんかおかしいと気が付いた時にはもう遅かった。


「私、春樹君の猫になる。ペットの猫になります」


 なぜか彼女の目からは涙がぼろぼろこぼれている。

 必死に両手で拭っているけれど、とても抑えられない。


 そして隣のブランコから飛び出して俺に向かってくると飛びついてきた。


 彼女が俺の腕に抱かれていた。

 めちゃくちゃいい匂いがする。桃のようなフルーツの甘い匂いだ。

 シャンプーとも違う。彼女の体臭なのだろう。

 それからとても柔らかくて温かかった。

 女の子の柔らかさは反則だと思う。


 ぐいぐいと俺を抱き着いてきて、顔もぐりぐりと俺に押し付けてくる。


「私はあなたのペットです」

「あ、ああ」

「ずっと、ずっと、一緒にいてください。ご主人様」

「あ、あの、冗談のつもりだったんだけど」

「えっ? 冗談?」


 彼女が絶望の顔を浮かべて俺の目を見つめてくる。

 その上目遣いの破壊力はヤバい。

 なんだこれ。

 あのクールビューティーの美少女が、こんなに儚いとは思わなかった。

 救いを求める視線は真剣そのものだ。


「い、いやいや、冗談っていうのも冗談というか、あ、うん。わかった俺が猫、飼うよ」

「はい。ご主人様。ご主人様だ」


 こうして彼女は俺の猫になった。


 猫の恋人が欲しいと言って告白を断っていた彼女自身が、実は猫のほうでご主人様を欲しがっていたなんて知らなかった。

 そうか、彼女はずっと一人で寂しかったんだ。

 毎日のように来る告白。孤高の美少女は孤独でずっと迎えを待っていたのだ。


「春樹君。でも学校では秘密にしてね。恥ずかしいから」

「あ、ああ」


 こうして斉藤さん……メリアは俺の彼女になった。

 これは猫メリアとご主人様の俺のラブコメ模様だ。


□◇□───────────


 ラブコメ模様だ、と終っていますが、短編につき続きません。

 この先は御想像にお任せするという形です。

 ここまでありがとうございました。

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