第58話 第一部 終わり ~五十年後~
晴れた秋の日、清明湖の廟に白髪となった髪を結った女性が、若い侍女に伴われて参詣に訪れていた。
「懐かしいわね……もう、あれからずいぶん経ったけれど……変わらないわ」
女性は廟に入ると、目を細めて微笑んだ。片手は杖を持ち、もう片方の手は、侍女の手を握っていた。その腕に身につけているのは、翡翠の腕輪だ。
「この廟には、何度もお参りに来られたのですか?」
侍女にきかれて、女性は「いいえ、一度だけよ」と、首を小さく振った。
「たった一度……願掛けをしにきたの」
「何をお願いされたのです?」
侍女に尋ねられた女性は、少女のように朗らかに笑う。
「それはね……恋が叶いますようにって……秘密よ?」
「まぁ! そのお願いは、叶ったのですか?」
「ええ、叶ったわ……」
廟の中に入ると、女性はその先にある龍神の像を見つめる。
長く連れ添った夫は三年ほど前に亡くなり、息子が跡を継いだ。隠居の身で、っもうやることもなく、喪があけるのを待って、この廟をもう一度、訪れようと思った。
「変わらないわね……」
この廟はあの頃のままだ。祭壇の前に進むと、線香を供えて拝礼する。
(私の役目も、もう終わりね……)
この世界に飛ばされて、思いかけず杜梨花として生きることになった。
立ち入り禁止の禁山に知らずに入り、そこで、あの人に出会ったのも、やっぱり運命だったのだろう――。
苦難も多かったけれど、幸せな人生だった。
愛され、共にあの人と生きた。
思い残すことなど、一つもない。
(梨花さん……ようやくこの体を……あなたにお返しできるわね)
お祈りをしてから、立ち上がる。
その足がふらついて、侍女が「皇太后様!」と焦った声を上げる。
待っていて――。
私もすぐに行くから。
来世でも、またあなたに出会うために。
没落令嬢に転生したので、饅頭売りになってみた。 春森千依 @harumori_chie
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