第4話 精霊術、そして。
えいゆうにえいこうあれ 私は砲撃の最中、精霊術の呪文を唱える。
「我はルサルカルーガ也!鉄海の精霊達よ!我に力を与えたもれ!」
シーン。
アレ?何も反応が起きない。
「おい、何だ?」
「黙ってて!」
「あ、はい…」
ツッコミを入れた髭もじゃの船員は黙らされる。私はよく考えてから詠唱をやり直す。よく考えてみれば、私の名前だけを言ってもこの辺の精霊達は私の事を良く知らない。ククリム半島で過ごしていた時は母の名を言ってから自分の名前を言って術を使っていた。こんな緊迫した状況では、そんな簡単な事も忘れてしまうのか。よく思い出してみれば、養父もそんな事を言っていた。熾烈な戦場では冷静さが重要だと耳にタコができる程聞かされていた。そんな事を思い出す。私は集中してもう一度詠唱を始めて精霊術を試す。
「我はルサルカアリョーナの娘、ルサルカルーガ也!鉄海の精霊達よ、集い出よ!」
期待度が高まる。
シーン。
アレ?また反応が無い。
「おい、何やってんだ?」
「うるさい!」
「チェ」
髭もじゃの船員は私に怒鳴られて口を尖らせる。
「おい、精霊ドモ!言う事聞かないとルサルカアリョーナの餌にしてしまうぞ!」
私はヤケクソになって地団駄を踏みながら怒鳴る。
「ひいっ!」
小さな悲鳴が私の耳に入った。
「サッサと出て来い!」
私が怒鳴ると水色の髪の毛が印象的な精霊がびくびくしながら私の目の前に姿を現した。
「あ、あのう…」
「なに?」
私は殺気立ってぎろりと睨む。
「ひえええ」
「いちいち怖がらないで。緊急事態なの!あなた達精霊の力が必要なの!」
「は、はい…」
この間にも砲撃され続けている。挟叉されつつも命中してしないのが不思議だ。照準に何らかのズレがあるのだろう
「精霊はあなただけ?」
「い、いえ。仲間はいますが…」
「そう。では…」
「待って!私が呼びますから」
そう言うと水色の髪の精霊は仲間を呼ぶ。
「みんな~。集まって!ルサルカが呼んでるよ!」
彼女の呼びかけに十人位の精霊達が姿を現した。髭もじゃの船員は目を疑っている。(本当に精霊っているんだ……)
「私はドーナ川のルサルカアリョーナの娘、ルサルカルーガよ。今、この船は、戦火に追われた人達が乗っているけれど、ルデシアの軍艦の攻撃を受けてる。これより精霊術で反撃したい。だけど、私一人の力ではそんな事はまだできない。だからあなた達、精霊達の力が必要なの。お願い!力を貸して!」
私はそう言って頭を下げる。精霊達はひそひそ話し合っている。
「ど、どうする?」
「ルサルカなのに頭下げたよ?」」
「あのルサルカアリョーナの娘だって」
「本物かなぁ?」
「私達を呼べるんだから少なくともルサルカでしょうね」
「うん。ここは協力した方がいいと思う」
「うん。そうだね」
「アリョーナの餌にはなりたくない…」
「確かに」
精霊達の考えは決まった様だ。
「ルーガ。私達はルーガに力をお貸しします」
水色髪の精霊は結果を伝えた。
「スパシーボ」
私は精霊達に礼を言った。
「どうするのですか?」
水色髪の精霊が方法を訊ねる。
「まず、風を呼び起こし海を波立たせ、大波を作って敵艦を沈める」
私は作戦の概要を伝える。
「了解。じゃあ、風を呼び起こすところからだね」
「ん。じゃあ、いくよ。我はルサルカルーガ也。鉄海の精霊集りしその力を以て北風を呼び起こすべし」
「呼び起こすべし!」
精霊達は1人ずつ念じながら術を繰り出す。心なしか風が出て来た。私と精霊達は術をかけ続ける。
ビュオオオ!
突風と共に北風が呼び起されて強い風が吹き出し、波が立って来て白波が見え始める。フェリーボートはざぶんざぶんと揺れが大きくなって船内から悲鳴が起きる。
「突然、風が強くなったぞ!船を風上に立てろ!」
「敵に横っ腹を見せますよ!」
「その前に横波で沈むぞ!機関室!回転をあげろ!」
ザバァ!
フェリーボートは頭から波を被る。頃合いか。ルデシアの軍艦は全速力でこちらに向かって来る。
「好機!右に回頭し始めたぞ。敵のどてっぱらに魚雷をぶち込んでやる!右魚雷船用意」
艦長は命令を出す。
「大波出でよ!我を追いかけりし敵の戦船を
すると、フェリーボートの両脇から波が盛り上がってサーっとスピードを出して高さを増しながら後方のルデシア軍艦に向かって走って行く。そして手前でざぶんざぶんと合流して大きな三角波を作ってルデシア軍艦に襲いかかる。
ザッパーン‼
大きなうねりとなった三角波はルデシア軍艦に覆いかぶさる。そして波と共にルデシア軍艦の姿は波間に消えていた。
「よしっ!成功」
私はガッツポーズをする。
「おおー」
精霊達も目を見張る。
「すげぇ。本当に沈めやがった」
双眼鏡で成り行きを見守っていた髭もじゃの船員は凄すぎて簡単で語彙力の無い感想を言った。
ばたっ。
力を使い果たした私はその場に倒れ込んでしまった。
「げっ!どうしよう…」
髭もじゃの船員は動揺する。
「私達が運ぶわ」
精霊がそう言うと精霊達は人間の大きさになりルーガを担いで行った。
夜明け頃。オーサの港が見えて来た。ブリッジは安堵感に包まれていた。
「あともう少しだ」
ユモシェンコ船長がそう言った時、突然大きな水柱がフェリーボートを包み込む。船内は騒然となる。
水柱が消えると水平線上にルデシア戦艦が現れた。精霊達も動揺する。
「ルーガが起きない」
「私達の力だけじゃ足りない…」
さっきはルサルカであるルーガが精霊の力を結集して制御していたからこそできた事だった。しかし、そのルーガは眠りから覚めない。そのうちにフェリーボートは再び水柱に包まれる。
「挟叉されたぞ!」
次の砲撃で命中弾を喰らうかもしれないとユモシェンコ船長は覚悟を決める。
「報告!友軍機だ!戦艦に向かって行く!」
見張りからの報告にユモシェンコ船長は左舷の窓に行って双眼鏡で目視する。複数の飛行機が編隊を組んでルデシア戦艦の方に向かっていくのが見えた。
「魚雷を付けている。海軍機だな」
ユモシェンコ船長は呟いた。
フェリーボートは無事、オーサの港に接岸した。避難民達は下船する。接岸後にようやく目を覚ました私は妖精達と一緒に一番最後に船を降りる。
「船長。この子がルデシア軍艦を沈めました」
髭もじゃの船員は私を船長に紹介する。
「船長のユモシェンコだ。報告を聞いている。此度の加勢、大いに感謝する」
ユモシェンコ船長は折り目正しく私に礼を述べる。
「ん。スパシーボ…」
私は起きたばかりで顔を洗えず半分寝ぼけていたが、側にいた髭もじゃの船員は私を見てニヤと笑う。
「お嬢ちゃん。お名前を聞いてもいいかな?」
「ん。ルーガ ペルシノヴァ ドナシェンコ…」
「この恩は必ず報いられる事だろう」
その時、私の名前を呼ぶ声がした。私は手を振って船長や船員達に別れを告げる。
タラップを降りると桟橋では母アリョーナと代父ペルシが待っていた。どちらも人間の姿になっていたとはいえ、本物を見た精霊達は恐れおののく。
「本物だった……」
精霊達はアリョーナにとても感謝されていたが、安堵感よりも恐怖感の方が勝っていた。何せ凶暴で知られるルサルカアリョーナにハグされていたのだから。
その頃、ククリム半島の養父の家。
緑色のトラックが3台やって来てトラックが止まると兵隊達が降りて来て家を包囲する。そして、拳銃を持った将校がドアを蹴破る。小銃を持った兵隊がなだれ込む。ユレリナ人少女を匿っているという密告があった為だ。
「ずいぶん遅いじゃねぇか?」
中には軍服を着た養父がダイニングテーブルの椅子に座っていた。その姿を見たルデシア軍大尉は踵を鳴らして挙手の敬礼をした。
「海軍大佐殿。ユレリナ人少女を引き渡して頂きたい」
「ああ。そんなのいたっけな。昨日のうちに姿をくらませた。今頃、海の底じゃねぇのか?」
「しかし…」
「昨夜、ドープロ川の河口付近で大型船を沈めたってラジオで言ってたぞ?」
「………」
将校は言葉に詰まる。その情報は知っている。暫くすると兵隊が戻って来た。
「家の中には誰もいません!」
「分かった。引き揚げろ!」
将校と兵隊達は出て行った。密告したのは養母だったが、それは養父の指示に因るものだった。
後日、養父に召集令状が届きチャバスポリの黒色艦隊司令部に出頭した。
「やれやれ。こんなおいぼれに何をして働けと言うのか…」
心配する妻にボヤキを残してサユース海軍大佐の軍服を着た養父は家を出た。
その年の夏。私は首都クーエに呼ばれ、ペトロという聖人の名前を持つ新しい大公から赤い星の勲章を貰った。本物のルビーでできているそうだ。同時に貰った勲記にはこう書かれてあった。
赤星英雄勲章
ルーガ ペルシノヴァ ドナシェンコ 正歴2007年7月7日イズミマ生まれ。
上記の者、正歴2014年2月25日深夜。ドープロ川河口付近の海域にてククリム半島からの避難中、乗船していたフェリーボート『白い光』はルデシア海軍駆逐艦『グリーヌ』の攻撃を受けるも、精霊術を行使して『白い光』の窮地を救い、同船に乗っていた避難民600余名と乗員20人の命を守った。これは、幼少の身でありながら危険を顧みず全身全霊を以て、祖国の為にその勇気及び規範ある行動をその身で示した事はユレリナ国民に大きな感銘を与え、ユレリナ軍の士気を大いに奮い立たせた。よって、ユレリナ大公国政府はその英雄的行動を讃え、赤星英雄勲章を贈り大いに称賛する。
英雄に栄光あれ。祖国に栄光あれ。
正歴2014年8月26日 ユレリナ大公国大公 ペトロ ミハイロビッチ ポリシェンコ
7歳という史上最年少赤星英雄勲章叙勲者となったこの出来事が将来私の二つ名の由来となろうとは露知らず。それはともかく2年生になる秋からはハーキフの魔術学校に入る事が決まった。そして7年生でクーエ近郊の小さな飛行学校に入って飛行機の操縦士になり、8年生でエアロコザックとしてイズミマに帰った。
おわり
赤い星のルサルカルーガ 幼女の一晩戦争 土田一八 @FR35
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