第6話 国外調査②

 エラバルに声をかけたのは、庶務班の班長で学校部のマティだった。少し垂れ目の、のんびりとした雰囲気の蟻だ。エラバルよりも結構な年上のはずだが、あまり歳を感じさせない若々しさがある。


「大丈夫です。ご心配どうも···」


 ギラといい、自分は余程の頼りなさを醸し出しているのだろうとエラバルはマティに答えながら思った。


   *


「マティさんこそ、疲れませんか?」

「私は学校部の教員でして、子供の相手は体力勝負ですから割と平気ですよ。エラバルさんは図書部でしたっけ?」

「ええ、歩くだけで正直くたくたですよ···」

「私は調査自体、何回も来てるからもう慣れましたけど、エラバルさんは初めてでしょう。最初はやっぱり大変ですよねぇ」


 庶務班の班員同士は、一度お互いに自己紹介をしただけで、マティとちゃんと会話したのはこれが初めてだが、エラバルのことをよく覚えているようだ。学校の教員はやはり蟻の顔や名前を覚えるのが得意なのだろうか。


「そうですね、本当に···」

「そこ!! 手が止まってるぞ!」


 急にどこからか怒鳴られ、エラバルは飛び上がる。辺りを見回すと、兵団員の、出発前に儀式をしていた班長が十歩ほど先からこちらを睨んでいるのに気づいた。怒鳴ったのはあの蟻だろう。作業の見回りをしている最中のようだった。


「セラマト、この子はこれが初めての調査だから色々教えてたの」


 マティが穏やかに言った。どうやらセラマトと呼ばれた班長とは顔見知りらしい。


「···よく指導しておけよ、マティ」


 そう言うと、顰め面のままセラマトは去っていった。エラバルはまだ動悸が止まらず、声が出なかった。


「驚いたでしょう。セラマトったらすぐ大声出すんだから。昔からああなんですよ」

「「生き残ったセラマト」···さん、って珍しい名前ですね···」


 やっと声が出るようになったと思ったら、その時思っていた考えが口をついて出てきてしまった。

 名前は普通、その子が生まれた日の出来事や、その子の特徴によって担当の保育官が決める。夕方に生まれたから「茜色レディーギラ」、笑顔が可愛らしかったという理由で「明るいタラン」という様に。


「そうでしょう? 私は学生の頃からの付き合いだから詳しくは知らないんですけど」


 マティが言う。また怒られてはかなわなないので、手を動かしながら聞いていた。


「また名前の話になりますけど、マティさんのお名前は…」

「よく眠る子で、夜泣きも全然しなかったらしいんですよ。だから「眠るマティ」です」


 マティは可笑しそうにふふ、と笑った。名前に歴史ありだな、とエラバルはしみじみとした気分になる。

 名前繋がりで思い出した。アンダのことだ。「ここに居るアンダディシニ」という妙な名前。帰ったときに由来を聞いてみようかな、と思った。


「エラバルさんのお名前は、新年に生まれたから?」

「あ、そうです。安直で恥ずかしいんですけど」


 「時代エラ」「新しいバル」で「新年エラバル」である。


「女王様が新年にご出産された子ということでしょ? 目出度いじゃないですか」

「はは、そうですかね…ありがとうございます」


 マティと話している間に荷物の積み下ろしは終わった。会話で気は紛れたが、依然エラバルは疲労困憊だった。中途休憩まであと二刻、昼休憩まであと五刻。時間の流れが酷く遅く感じる。エラバルは思わず天を仰いだ。朝の空は澄んだ白群色だった。

 

 

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蟻の国 冬眠 @usoyoru

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