第5話 国外調査①

「それでは出発前に、軍神キラタンペティラへ祈りを捧げる!」


 兵団の班長が声を上げた。調査に慣れている兵団員や博物部の部員達はさっとその場に跪き、エラバルたち庶務班の面々も一拍遅れて真似をする。

 これから調査団は城門を通り、国外へ足を踏み入れるところである。この儀式は軍神キラタンペティラに祈りを捧げ、道中の加護を頂くためのものだ。


「最高神サンガトバイクが眷属、軍神キラタンペティラよ。我らの敵を討ち滅ぼし、我らが旅路を護り給え。御手による加護を、どうか我ら一同の上に」


 全員による詠唱が済み、儀式が終わるといよいよ出発となる。城門がゆっくりと開き、軋むような鈍い音が響き渡る。荷物を載せた沢山の大八車が動き出し、その周りを蟻たちは皆徒歩で進む。


   *


「パンはここの棚、ジャムはこっちの棚です。部屋に誰か訪ねてきた場合は無視していいですから」


 明日から調査のために二日居なくなるため、エラバルはアンダに最低限の生活の段取りを教えていた。


「大丈夫です。覚えました」


 一蟻でいること自体は慣れているからと、アンダは請け負ったが、そうは言ってもエラバルは心配だった。アンダはもう歩けるようにはなったが、ちょっとしたことで蹌踉めいて倒れたりするので、まるで幼子に留守番を任せるようなものだった。

 先生もこんな気持ちだったのかな? と、エラバルは自分を育ててくれた保育官のことを思い出す。



 職員寮の玄関に行くと、タランが見送りに来てくれていた。朝早くなので、まだ寝巻きだった。


「わざわざ起きて待っててくれたんだ」

「エラは、ぼーっとしてる上に何かに熱中すると周りが見えなくなるから、心配なんだよ」

「ちょっと···私も一応大蟻おとななんだけど」

「わかってるよ、そんなこと」


 タランが少し笑い、エラバルも笑う。

 それじゃ、いってらっしゃい、とタランが手を振る。


 エラバルは、まだ少し寝ぼけた頭でタランの言葉を反芻していた。「何かに熱中すると周りが見えなくなるから」···

 なんとなく、アンダのことを言われているようで頭に引っかかった。


   *


 行進は大変だった。普段運動など全くしないせいか、半刻も歩くともう息が切れてくる。

 荒野を初めて見た時は俄に興奮したが、すぐに単なる何も無い場所、という説明通りの退屈な景色としか感じなくなった。空は快晴で、朝だというのに既に太陽が照りつけ、眩しい。この環境で、これから更に半刻歩き続けると思うと気が重い。

 出発前に全員に水筒が配られたが、今日一日はそれで保たせなければならないので矢鱈に飲むことはできない。

 これは思った以上に重労働だとエラバルは憂鬱になる。部の先輩があんなに喜んでいた意味が少し分かったと思った。これで得るものは僅かな手当てと、おそらく酷い筋肉痛だ。


「大丈夫か?」


 いつの間にかギラが側に来ていた。


「ギラ···持ち場を離れていいの?」

「少しくらい平気さ。それより、早くも死にそうな顔してるぞ。水はまだあるか? 私の水を分けるか?」

「だ···大丈夫。気にしないで···」



 意識が朦朧としてきた頃、ようやく森が見えてきた。と言ってもエラバルは森を見るのは初めてで、それが森だとすぐに分かったわけでは無いが。

 近くで見ると、背の高い木が鬱蒼と生い茂る、かなり陰鬱な場所だとエラバルは感じた。知らない鳥の鳴き声があちこちから聴こえ、周りに何が居るわけでもないのに妙に視線を感じ、正直いたたまれない。



 更にしばらく歩くと、少し拓けた場所に出た。どうやら毎回の調査の時に使う野営地のようで、所々に焚き火台がある。兵団員や博物部員は慣れた具合で荷車からテントなどを引っ張り出し、設置していく。エラバルたち庶務班は細々とした荷物の積み下ろしをするよう指示を受けた。エラバルは既にかなり疲れていたが、一刻も歩いたにも関わらず、まだ昼にもなっていないのだから休憩がしたいとも言い出し辛い。

 少し蹌踉めきながら荷物を運ぶ。こんな屁っ放り腰ではアンダを笑えないと内心で自嘲していると、横から声をかけられた。


「辛そうですね。大丈夫ですか?」

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