第11話 いざ決戦は十五日
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懸命に応急処置を施したものの、「蓼食う虫も好き好き」二月号の出来は過去最悪のものとなった。
このグロテスクな作品群を人様にお披露目するため、僕らは各々で大改造に臨んだのだけれど、案の定というか、当然というか、みな揃ってオペに失敗したのだ。童貞たちが生み出した歪な作品は、手を加えるごとにさらに童貞感を増し続け、もはや打つ手がない。泣く泣く製本されたこの恥の礫は、いつものように食堂前の展示コーナーに積み上げられた。
願わくば誰も手に取らないでくれ、と胸に抱いていた本末転倒な願いが通じたのかもしれない。
展示コーナーに積んだ冊子たちは、数日すぎても僅か数冊分しか低くならなかった。おそらく大学がテスト期間に入っていたことと、一月号の出来によって数少ない読者すら離れたことが原因だろう。僕らの不人気さが逆に傷を浅くしたといえる。元々致命傷を負っていたともいえる。
なんだか虚しい気もするが、あれが多くの人に読まれる事態になるよりはマシだ。僕らは毎日の昼食時に、冊子の減り具合を恐る恐る確かめては、ほっと胸をなでおろしていた。
とはいえ、数人は読んでしまった人がいたわけで。
「お、感想が来てるぞ」
テスト期間も終わろうという頃。昼食ついでに展示コーナーをチェックしていると、感想箱を覗き込んだ足立がそう言った。
足立は無邪気に箱へ手を突っ込み、感想用紙を取り出そうとしている。彼からすれば今回の二月号も綺麗な絵を寄稿しただけなのだから、何も恐れることはないだろう。しかし、この恥ずべき作品群を生み出した僕らにとってはそうではない。
「おい足立、悪いことは言わんから何も言わずに丸めてしまえ」
何かを察した伊東はそういった。僕と桜井も「うんうん」と頷く。創作者の端くれにも置けない言動だけれど、僕らの心境も少しだけ考慮してほしい。今から、致命傷に塩を塗りたくられるのだ。
とはいえ「そんなこと出来るわけないだろ」という足立の至極真っ当な意見に反論する術はない。
足立が一枚の便箋をぺろんと取り出し、机に広げるのを、僕らは黙ってみているしかなかった。中身を読む前から嫌な予感がした。その便箋のデザインに見覚えがあったからだ。
「童貞を拗らせるのも大概にしたほうがいいです」
その一文の横には、やはり可愛い猫の絵が添えられるように描いてある。
僕らはしばらくの沈黙、悶絶、慟哭の後に、口々にこう言いあった。
許さん。
───
──
─
「二月十五日を決戦の日とする」と口火を切るように言ったのは桜井だった。
前々から約束していたデートに坂口さんをついに誘うという。そのあたりなら両者とも春休みだし、何も気兼ねはない。十四日はバレンタインデーなので、あまりにも露骨。でも、あわよくばチョコが欲しいので十五日ということらしい。実に小賢しい。
「どこへ行くつもりだ」と伊東が質問すると、「アニメ映画でも観に行こうと思う」と桜井は答えた。
「一応ゴムも持っていく」
桜井はカレーをがつがつと食べながら言う。いくらなんでも気が早すぎると僕は思ったけれど、僕たちにあまり時間が残されていないのも確かだ。
「じゃあ俺も同じ日に」
彼の決意に応えるように今度は伊東がきっぱりと言った。桜井らしくもない強気な言動に、触発されたのかもしれない。
「まずはジョジョの感想を聞く。佐々木さんは今までで一番面白い漫画だったというだろう。家に連れ込み、そういう行為をする。それからアニメ版を一緒に観よう」
伊東は謎のデートプランを語りながら、チキン南蛮をばくばくと口に放り込み始めた。なぜジョジョの感想を聞くことから家でそういう行為をすることに繋がるのかさっぱり意味不明だ。だけど、意味不明なのが伊東だ。
二人の話を聞いて足立は「おお……」と唸り、それから僕の方を見た。伊東と桜井も、「お前はどうだ」と言わんばかりこちらを見つめている。
二月十五日。もう十日もない。
「おっけーおっけー。十五日ね」
僕は手元にある手付かずのうどんをじっと見ながら答えた。
相沢さんとは、未だに何一つ進展は起きていない。あれから度々バイトで一緒になったけれど、僕たちはやっぱり当たり障りのない会話をしているだけだ。
しかし、実は一つだけ光明を。突破口になりそうな糸口を僕は掴んでいた。
「冬岡ワンダーワールドに誘ってみるよ」
パキッと割り箸を割りながらそう宣言する。
伊東と桜井をそれぞれ見やってから、僕はついにうどんをすすり始めた。
───
──
─
「ジェットコースター乗りたかったな」
相沢さんがそうツイートしているのを見かけたのは、つい先日のことだ。念のため釈明しておくけれど、僕たちは相互フォロワーなので、彼女のツイートを把握しているのは何も可笑しな話ではない。T〇itterのアプリを立ち上げたら、まず彼女のページを見に行くのがルーティン化していたとしても、それはフォロワーに与えられた当然の権利と言えるはずだ。セーフ。たぶんセーフ。
詳しい事情はよく分からないけれど、友人と遊びに行く予定がキャンセルになってしまったのだという。意外なことに彼女は絶叫マシンが大好きらしく、テスト後に遊びにいくことを随分楽しみにしていたようだ。いうまでもなく、これはチャンスである。
少し遠出して東京ディ〇ニーランドだったのか。電車を乗り継いで富士急ハイ〇ンドへ行くはずだったのか。宿泊してUS〇なのか。彼女がどこの遊園地にいく予定だったのかは分からない。
ただ、一つだけ断言できることがあるとすれば──彼女が予定していた行き先は冬岡ワンダーワールドではないだろう、ということだ。
───
──
─
冬岡ワンダーワールドは、僕らが住む街の数駅先の場所に拠を構えるテーマパークだ。
いかにも地方にある遊園地といった風情のあるところで、例に漏れず不人気である。休日であっても大して並ぶことなくアトラクションに乗れるし、キャストたちも総じて元気がない。
マスコットのフユッキーは犬という万人受けするモチーフを使用しているにも関わらず、なぜか表情が真顔という斬新なデザインをしているせいで甚だ不気味だ。中の人は運動神経がすこぶる良いらしく、着ぐるみをきたままバク転をしたりキレキレのダンスを踊ったりするのだけれど、彼がキレキレであればあるほどその不気味さが際立つことになる。実に不憫な存在である。
総じて、冬岡ワンダーランドは人を集めるには抜本的な改革が必要と言わざるをえないそんなところなのだけれど、この遊園地には一つだけ優れた点がある。それはとても恐ろしいアトラクションが揃っているということだ。
とはいえ、ド〇ンパのように特別早いわけではない。そして、FUJI〇AMAのように特別高いわけでもない。そういう分かりやすい怖さがあれば、いくらマスコットが不気味な犬だったとしても、もっと人気が出るだろう。このテーマパークの恐ろしさはずばり──古いことにある。
冬岡ワンダーワールドを訪れた人は、どの乗り物に乗っても安全面がやけに頼りないことに気づくだろう。本気をだせば押し返せそうな薄手の安全バー、やけに揺れる車体、剝げ落ちた塗装、色褪せて錆ているようにさえ見えるレーン。そのくせ、それなりには速度と高さはあるアトラクションの数々。
調べたところによると、冬岡ワンダーワールドで死亡事故が起きたことはない。
しかし、次に遊園地で死亡事故が起きるとしたらこの場所だと思わせる雰囲気が常に漂っている。それが冬岡ワンダーワールドなのだ。
仮にデートに誘えたとする。
冬岡ワンダーワールドに足を運んだ相沢さんは最初はガッカリするだろう。なんてしょぼい遊園地なんだと。なんてブサイクなマスコットだと。このスタッフたちはやる気があるのかと。
しかし、それは徐々に恐怖に変わっていくはずだ。速さや高さには慣れている彼女も、未だかつて覚えたことのないタイプのスリルを覚えることだろう。リアルな死の恐怖を感じ、震えながらアトラクションを降りると、広場でフユッキーのショーが始まっている。
そして、キレキレのダンスを踊る無表情のフユッキーを見て、彼女はこう思うはずだ。富士急〇イランドより怖い、と。
「頼むぞ、冬岡ワンダーワールド」
店の待機室で某イレブンの制服に袖を通しながら、誰にも聞かれないよう僕は小さくつぶやいた。
今日の相方は相沢さんだ。
蓼の味を知りなさい こうの @kounokouno
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