呼んだら来るのが悪い

幻楽

呼んだら来るのが悪い

「おー、ホントに来た」


「それが自分から呼んだやつの言うことか?はいこれ」


 俺はそう言って自販機でふたつ買った缶コーンポタージュのうちのひとつを手渡した。


「ん、ありがと。いやー自分でも絶対来ないだろーなーって思いながらメール送ったからね」


 彼女はプルタブを開け、すするように一口飲んだ。


「あーおいし、相変わらず気が利くねー」


「そりゃどーも」



 今日は12月25日。世間はクリスマスムード一色だった。それなのに俺はというと、曜日の関係で学校はまだ冬休みに入っておらず、今日もいつも通りに登校していた。


 もちろん俺だって何かを期待をしていなかったと言ったら嘘になる。学校に好きな人などいないのに、独りでクリスマスを過ごすのは何だか気が引けて、誰かから放課後クリスマスデートのお誘いなんかあっちゃったりしないだろうか、とか矛盾を含んでいるのかいないのかよく分からない願いを、胸に抱きながら登校したものだ。だがもちろんそんな小説みたいな話があるわけもなく、ただクリスマスの熱に浮かされていただけなのだな、と辛い現実に打ちひしがれながら下校した。


 その時だった。スマホがメールの受信を通知した。今の時代に個人でメールで送ってくるやつなんているのか、とメアドを確認すると、納得した。昔メッセージアプリで友達登録を削除した名前を思い出したからだ。



「会うのホント久しぶりだね」


「まーそりゃな……琴乃は昔と全然変わってないけども」


「なーにー?会って早々に喧嘩売ってきた?JKに『昔と変わらん』は禁句だぞー?」


「違う違う、そんなんじゃないから」


「まったくもう……こういうとこは気が利かないんだから……」


「ごめんて……でこんないきなり呼び出してどうしたんだ?」


 正直我ながらどうしようもないほどの馬鹿であると思う。要件なんてメールで聞き返すこともできるのに、久しぶりに女子に誘われた!とか思ってしまってなんも考えずに来てしまった。気まぐれといえば気まぐれの類いだが、まだクリスマスの熱に浮かされているのかもしれない。


「べつにー?特に用事はないよ。久しぶりに隼人の顔見たくなっちゃったの」


「ここに呼び出しておいてよく言うわ」


 指定された場所は俺の家と彼女の家の近くの公園だった。色々な記憶が呼び起こされる公園である。


「あららー?なんか期待しちゃってたの?」


「ねーよ。じゃ俺帰るわ。達者でな」


「ねー!!うそうそ冗談だってば!!久しぶりに隼人をからかいたくなっちゃっただけだからー!!」


 俺が仕返しとばかりに冗談で返すと、彼女は俺の肩を揺さぶりながら訴えてきた。やはり昔と変わっていない。


「じゃあなんだ?」


 俺は既に踏み出していた右足を軸に、クルリと回転し向き直る。


「ちょっと昔の話しない?」


 彼女はベンチに目線を向け、小さく笑いながら言った。


「……分かった。ちょっとならな」


 彼女の笑い方の癖は昔と何も変わっていなかった。もう日は沈み辺りは暗くなり始めている。



 今の俺と彼女はいわゆる元恋人同士の関係だ。もう3年も前の話である。


 告白は彼女から。ちょうどこの公園で、中2の夏のはじまりのことだった。

毎日が楽しかった。同じクラスで、同じ部活で、同じ帰り道で。彼女のことを考えない日はなかった。


 それでも高校に入る前に別れてしまった。原因は──まぁ中学生にはよくある話で──価値観の違いとかすれ違いとかそういう陳腐な言葉で表せるようなそんなことだった。




「どこから話せばいいのかねー……ふむむ……」


「無計画に人を呼ぶからこんな事に……」


「あ!今思い出したから!!ほら!あの時はさ、なんかその……楽しかったよね!!」


「…………それなんも思い出してないやつが真っ先にいうやつだぞ」


「違うのー!!」


「なーにが違うんじゃ」


「だってぇ……話したいと思ってたこと沢山あってまとまらなかったんだもん……」


 彼女は昔からこういうところがあった。良くも悪くも感情豊かでその感情に忠実であり、思い立ったらプランを練らずに行き当たりばったりで即行動に移す。そういう人間なのはやはり変わっていないらしい。


「ひとつずつで、大丈夫だから。ちゃんと聞くよ」


「じゃあ隼人が中2の頃に書いてた自作小説の話からする?確かタイトルは漆黒の天使エンジェルオブダークネス……」


「うわあああぁぁぁ!!よくも人の黒歴史に……!!」


「へへーんだ」


 彼女はいたずらに笑って舌を出した。盛大な仕返しの仕返しを受けてしまった。


「まったく……話したかったのはそれじゃないだろ?」


「うん、それでさ本題なんだけど……」


 彼女は向き直り、少し気恥ずかしそうにしながらもしっかりと俺の目を見ていった。


「私、あれから何年も経つのにあの時のことをふとした時に思い出しちゃうの」


 もしかしたら彼女はそれでずっと苦しめられていたのかもしれない。そう思うと怖くなってきた。すると彼女はポケットからよく研がれた包丁を取り出し……とかそんなわけではないのだが、俺が戦々恐々おろおろしていると彼女は察して


「あっ、違うよ?別にそれが嫌だって話じゃなくて、なんかこのままでいいのかなって思ってさ」


 と打ち明けた。続けて


「それでさ、あの時のことなんも知らない高校からの友達に事の一切合切を話して相談したら、『琴乃ちゃん、それ未練たらたらって言うんだよ』って言われちゃってさ。隼人のことだから新しい彼女もうつくっちゃってたりしないかなとか、そもそも元カノからの突然のメールにちゃんと対応するわけないか、とかだいぶ悩んだんだけど、もう当たって砕けちゃえ!って思って」


 と吹っ切れたように言った。


「そういうことだったのか……」


 彼女からも予想外の言葉に俺はたちまち何と言ったらいいのか分からなくなってしまった。


「ふふっ、隼人驚きすぎー!!なんで呼ばれたと思ってたの?」


「いやーなんか積もる話でもあるのかなーなんて……」


「ホントは?」


「よく考えてなかった……」


「でしょーね、今の隼人、鳩がアサルトライフルを食ったような顔してるもん」


「マジ!?そんな顔してんの!?自撮りしとこ」


 彼女は急に立ち上がってじれったそうに言う。


「で!!!!へ、返事は……!?」


「ちょ、ちょっと待って!!あまりに予想外のことすぎてまだ頭が……」


「こらー!!チキるなー!!!私はちゃんと勇気出したぞー!!??」


「違うわい!!ちゃんと今日返事するから!!てか俺もそれ聞いてちょっとしたい話というか聞きたいことがあるぞ」


「なんだなんだ聞こうじゃないか」


 返事はしっかりするという言葉にとりあえずの安心をしたのか彼女は再びベンチに座り、話を聞く体制になった。


「俺、未だにあの時のことあんまりよく分かってないんだよ。すっごい頭を悩ました記憶はあるんだけどね」


 実際、俺は当時も自分の状況をよく理解していなかった節がある。そんな中でも俺は自分の足りない頭で精一杯思考してできることはしたつもりだったが、時すでに遅しといった感じで気づいた頃には琴乃との距離感は途方のないものになっていた。お互いがお互いに対して色々想うばかりに、全てが嚙み合わなくて歯車が一気に狂ってしまった、という具合だ。


 覚えているのは、明らかに琴乃との関係が冷え切ってしまったこと、本当はまだ琴乃のことが好きだったのにスッパリと別れるという決意をしたこと、そしてその決意を琴乃に伝え未練を断つためにありとあらゆる連絡手段と繋がりを切ったことだけだった。


「私の事ちょっとでも鬱陶しいな、って思ってた時期ってあったりした?」


「急にどうした?柄にもないこと言って……俺がそんなこと思うわけがないのは琴乃が一番よく知ってるだろ?」


「えへへ、そうだよね。やっぱそうだよね……」


 付き合っていた頃の記憶はよいものばかりで、今でも俺の大切な思い出の一部だし、昔を思い出して嫌な気持ちになったりすることはなかった。


「私さ、多分凄い勘違いしてたんだよね」


「なんの話しだ?」


「ふふ、急に話変えるわけないでしょ。あの時に私が隼人のことを勘違いしてたのかもって、思ったの」


「そーかもな。俺にだって色々ちゃんと聞いて欲しいことはあったんだぞ? でも別に、琴乃のことを悪く思ってるわけじゃないから。俺だってなんかやらかしてたのかもしれないし」


「でもさ……隼人はそう言ってくれるけど、私は隼人にいっぱい酷いことしちゃったよ……?」


 彼女は膝の上でこぶしをきゅっと握る。曇った顔が俺の目に入った。


「あんなの酷いことのうちに入らないよ。琴乃が悪意を持って人に対して酷いことなんてできないって知ってるし」


「隼人は相変わらず優しいね……隼人なら絶対そう言ってくれるって分かってた……分かってたの………」


「でもさ……だって……全部全部、終わりの始まりはあれが原因だったのかなって思ったらさ……もう……」


 彼女は顔を隠すように俯いた。



 本当は俺がちゃんと気づいてケアしてあげるべきであったのだが、恐らく彼女は自分で色々悩みに悩んで頭がパンクして自暴自棄になってしまった時期があるのだろう。


 彼女は性格的に自分のしてしまったことから絶対に逃げない。それで一時期の自暴自棄で必要以上に自分を責めてしまった。そして彼女は三年間止まぬことのない自責の念に苦しみ続けていたのではないのだろうか。

 今自分に中にケリをつけて全部話したことで長い苦しみから解放されて、押さえつけていた感情があふれ出ていた。


 そう考えると俺は思わず彼女の頭に何も言わずそっと手を乗せた。彼女の肩の震えが伝わってくるようだった。

 長いことそうしていたと思う。だんだん彼女の様子も落ち着いてきた。



 すると目元が腫れた彼女が勢い良く顔を上げる。そして


「3年経ってようやく全部ちゃんと整理出来たよ」


 そう、元気良く笑った。



 恋人はどこまでいっても他人に過ぎず、いつかはすれ違いや勘違いが起こるものである。

 問題は、自分の思い込みを元に暴走してしまう人がいること。そこから負の連鎖が始まり、抜け出せなくなる。この沼はどの底なし沼よりも深く、一度嵌ってしまうと破局へと至らしめられてしまう。

 ただ勘違いの元を特定するのはほぼ不可能に等しい。気付いていないだけの勘違いが潜んでいる可能性は無限大だからだ。

 だからこのような別れ方は誰も責めることは出来ないし、誰も責められる義務はない。ただ虚しさだけが残る。どこから道を誤ったのだろうか、と。

 それは互いに好き同士でも別れることになることが往々にしてあるからだ。


 当時のふたりが思い悩みもがき苦しんだ果てに"別れる"という選択をした事実は変わらない。しかし互いに絡み合って拗れてしまった運命の赤い糸を再び綺麗に結ぶには一旦時間を置く、というのは大切だったのだろう。この3年間は無駄ではなかった。




「そりゃ良かった!」


 早々に考え続けることを諦め、全てを“良い思い出”として記憶の監獄の中に閉じ込め、真っ向から立ち向かう道を選べなかった俺には、3年間悩み続けた果てに答えを出した彼女の笑顔は眩しかった。でも俺が諦めた道を照らしてくれるような、そんな眩しさなのだと思う。


「それでそれで……」


 彼女が座りなおして大幅にこっちに寄ってきた。


「女の子こんなに泣かしてるんだぞー??そろそろ返事を聞こうじゃないか」


 彼女はにやにやしながら俺の顔を覗き込んできた。俺は返事を、誤魔化しなくハッキリと言葉にしようと思った、その時、覗き込まれて近くなっていたくちびるに不意に自分のを重ねた。


「……ッ!?!?//////」


短くて長い口付けをした。自分でもいきなりなんてことしてるんだ、とビックリしたが、不思議と戸惑いはなかった。


「これが俺の返事。受け取ってほしい」


 無意識にそんな言葉が出ていた。彼女の顔はリンゴのように真っ赤に茹で上がっている。


「へ、へぇ……/// いい、いいよ……その返事受け取ったげる……//////」


 彼女は口ではそんな言葉を吐いているが顔が明らかに動揺していて、目が泳ぎまくっている。そんな反応をされるとこっちまで恥ずかしくなってきた。


「さっきまでの余裕さはどこにいっちゃったんだ??」


 俺は恥ずかしさを誤魔化すように彼女をからかった。


「だ、だって!!!私これ初めてだよ!!??人生に一度のファーストが今訪れたんだよ!!??」


 彼女は捲し立てていたが、嬉しさを隠し切れない様子で口元がにやけつつも俺の肩をぶんぶん揺すっていた。


「いやなんかこう……無意識に……」


「うわあああぁぁん!!隼人が知らない間に大人になっちゃってるよおおぉぉぉ!!!タイミングが完璧だったから悔しい……私からしてやろうと思ってたのに……」


「いや俺もこれが初めてだぞ?」


「よもや初めてであんな凄いのを……!?!?」


「もっかいしようか?」


「だーめー!!ちゃんと大切にしたいから!!これから付き合っていくんだから沢山タイミングはあるでしょ?」


「むむ、わかったぞ」


 ふと時計を見ると20時を過ぎていた。


「そろそろ帰らないと親心配するか?」


「んや……呼んだら来たのが悪いんだからね……」


彼女が耳元で


「もうちょっとここで話してこ……??」


そうやってずるく囁いてきた。


「ああ、もちろん!そういうことならいつまででも付き合うぞ」


 まず最初!!中学生の時に二人で行きたかった東京のカフェがあるんだけど——————————


 これは何時間コースかな、と彼・女・の本当に楽しそうな横顔を見て考える。次こそはいつまででも続いてほしいと願った。




 夜の帳にふたりの笑い声が響いている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

呼んだら来るのが悪い 幻楽 @GR4956

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ