冬の三角形
林海
第1話 冬の三角形
共通テストが終わった。
終わってしまった。
後悔先に立たずって言うけれど、もう今からの努力は無意味。
試験翌日、学校で自己採点をさせられる。あまつさえ、その得点をグラフ化させられた。
俺の各科目の点差は激しい。
担任が用意した空白のレーダーチャートの紙に得点を落としたら、理想は科目数の正多角形になるはずなのに、単なる三角形に見える。
受ける大学の入試の教科はかろうじて角部分でカバーできているけれど、その三角形はひどく小さく見えた。
こんなことしなくったって、俺は自分の点が低いのはわかっている。それは俺以外の他のヤツも変わらないせいか、「こんなの描きたくない」という抗議の声が湧く。
なのに担任、「俺が考えたんだ」とか嬉しそうだ。デリカシーが無いのにもほどがあるし、なんでこんな追い打ちをかけるようなことをさせるんだろう……。
自主学習のあとの学校帰り、俺は別クラスにいる彼女と待ち合わせて、「30分だけ」と河川敷の公園でデートに持ち込んだ。
俺も彼女も引き続き2次試験が待っている。日が短くて薄暗い中、長々と話してられる時間なんてない。
本当に切ないよ。
受験が終わっても、大学でそれぞれの進学先で別れてしまったら、良くて4月の初めのあたりまでしか会える時間はない。そのあとはもう、夏休みまで会えない。ゴールデン・ウィークはあるけれど、果たして帰れるかどうか……。
彼女は綺麗で、俺には不釣り合いだという自覚がある。
もしかしたら、夏休み以前に誰か別の男に盗られてしまうかもしれない。そう考えると滅茶苦茶な焦燥感が湧く。だけど、今は、どうしようもない。
2次試験が終わるまで、俺も、彼女も、だ。
「優斗、共通テストの結果、教えてよ」
温かいペットボトルを持ってベンチに座るなり、彼女にそう言われて俺は口ごもる。
とても見せられたもんじゃない。
「
そう言い返しながら俺、ふと思いつく。
担任に描かされたレーダーチャートを見せよう、と。
なんといっても描かれたのは三角形だけで、同心円状に描かれた軸線の数字だけ隠してしまえば、俺のトータルの点数はバレない。これで傾向だけ見せて、お茶を濁してしまえ。
美環はクラスが違うから、レーダーチャートは描かされていないはずだ。
俺、がさがさとレーダーチャートが描かれた紙を取り出して、広げて見せる。
「ま、こんなもんだ」
「なんで指で、軸線の数字を隠しているの?」
「……美環がまだ教えてくれていないからだ」
「ふーん」
そう言って美環もバッグから紙を取り出す。
美環が広げた紙にも、俺のと同じレーダーチャート。
あのクソ担任、自分の思いつきを他のクラスの担任にまで広げていやがったのかっ!
見れば、そこには俺のよりはるかに大きな三角形。
なんだよ、これ……。
俺は打ちのめされた気持ちになって、無言になった。
「優斗と同じ東京の大学に行きたくて、私、頑張ったんだよ。
受験科目しか手が回らなかったから、こんないびつな格好だけど、それでも私、頑張ったんだよ」
美環の言葉を聞いて、俺、ただただ息を呑む。
だけど、美環の言いたいことはわかる。
進学校から一段落ちる俺たちの高校では、卒業する生徒の進路先の半分が専門学校と就職だ。
そこそこの四大への進学組は俺のクラスだけで、美環は文系私大、短大クラス。
なのに美環、この1年、本当に頑張って、俺のクラスの平均をはるかに超えてきているんだ……。
「なのに、このままじゃ……」
美環の目の涙を見て、俺は
俺が泣かせている。俺が、美環を泣かせている。
俺は、自分が許せなくて、全身がかっと熱くなった。
「……美環が、なにを言っているのかわからない」
俺の口から、苦し紛れの言葉が絞り出されてきた。
「わからないって?」
「ああ、わからない」
本当は、美環の言いたいことはわかっている。
そして、美環が「このままじゃ……」のあとに口にできないことも。
「美環、俺をなんだと思っている?」
「どういうこと?」
「なめるな」
「えっ?」
話しながら、俺の腹の底には、自分がやるべきこと、やらねばならないことがずしんと落ちてきた。
俺は立ち上がって、美環の前に回る。
「美環こそ、ここまで来てコケるな。
俺は必ず合格する。
共通テストでどれほどコケようが、2次でトップを取れば合格しないわけがない。
底力見せてやるから、美環は安心して自分のことだけを考えていればいい。
俺が今まで嘘をついたことがあるか?」
「……けっこうある」
俺、膝がかっくんってなった。
そこはお世辞でも「……ない」って言うところだろ!
「……あの、……それとこれは違うんじゃないかな?
たぶん、大切なことで俺が嘘ついたことはないハズ……、なんだけど……」
「……優斗、かなり弱気になってるね」
「う、うるさいっ!
試験が終わるまで、俺、もう連絡しない。
そして、2人揃って合格したら……」
「したら?」
「……」
……面と向かって言うには、さすがに恥ずかしい。
「暗くてもわかるほど優斗、顔が赤いよ」
「さっきから、うるさいって言っているだろっ!」
そう俺は言い放って、天を仰ぐ。
空には大きな冬の大三角形。
そうだ、あのくらい大きな三角形を描けばいいんだ。
そして、美環と一緒に東京の大学に行く。
俺は嘘なんかつかない。
俺は、俺が、そう決めたんだ。
冬の三角形 林海 @komirin
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