一途の意味を辞書で調べてこい
「真美は拓真くんのこと一途に思ってるの!だから拓真くんも真美のことだけ見て!!」
向けられた包丁に、見慣れてしまった拓真は、提出予定の課題はあっただろうかと明後日なことを考えていた。
「ねえ!拓真くんも真美のこと好きだよね!?」
「あーはいはい」
「ほんと?真美うれしい♡」
包丁の側面をつまんで避けながら大学へ向かう。
彼女は真美。拓真のストーカーだ。
以前しつこいナンパ男に絡まれていたところを助けたところ、このように付きまとわれるようになった。
正直なところ、拓真の方がずっと体格もいいため下手に扱えば真美のほうが怪我をしかねない。
そのため拓真はこのように、軽くあしらう方法を覚えた。
あしらうことはいいが、根本的な解決にはなっていない。
「拓真くん今日は3限まででしょ?そのあとは真美とデートだもんね♡」
「いや、バイトだが」
取得している授業は把握しているのにバイトのシフトは把握していないのだろうか。3限が終了してからすぐに大学付近のラーメン屋でバイトだ。
「拓真くん働きすぎで真美心配だよ~。あ!もしかして結婚するために軍資金?大丈夫、真美もたくさん稼ぐから♡」
「いや、俺が遊ぶ金だ」
あとは生活費など。拓真は一人暮らしだ。実家からの仕送りもあるがそれ以上のものとなると自身で稼ぐしかない。
「もー拓真くんたら♡真美とのデートのためにだなんて♡」
「いや、一言も言っていないぞ」
べたべたとまとわりつく真美をはがし、さっさと大学に入る。
「まってよ~♡拓真く~ん♡」
大学は部外者を入れないため、真美は警備に捕まり拓真はようやく解放された。
警備員はまたお前かとあきれた表情だった。
真美のいない時間、つまり拓真のプライベートは貴重だ。
ほとんどは授業などで潰れてしまうが、休み時間は安全な食事をとりながら順調に課題を進めることができる。
授業が終わればバイトへ向かわなければならない。
大学の校門は4つある。
バイト先の最寄は正門だが、真美の待ち伏せを避けるためにいつもランダムで利用している。
「拓真く~ん♡」
そしていつも必ず真美が待ち構えている。
GPSや盗聴器などの類は何度確認しても出てこないため、女の勘というやつなのか、拓真が真美から逃れられたことはない。
「ねえねえ拓真くん♡今日も真美はずーっと拓真くんのこと考えてたんだよ♡たとえばー」
その後真美に付きまとわれながらバイトへ向かう。
労働時間であるバイトも真美から解放される貴重な時間だ。
回転率を重視するラーメン屋のため、以前長時間居座っていた真美は雷親父のような店長につまみ出されて以来入店はしていない。
ただし裏口の小窓から覗いてはいるが。
20時を回るころにバイトは終わる。
真美の姿はない。
真美があきらめたのかと思われるが、決してそうではないことは、自宅でわかる。
「おかえり拓真くん♡ご飯にする?お風呂にする?それともわ・た・し?♡」
包丁を向けながらの脅迫、もとい質問をいつものようにあしらい、ついでに真美を玄関の外に放り出し、何重のロックをかけ、風呂で労働の汗を流す。
真美が出入りし始めてから、シャンプーや石鹸類は使い切りのものを使うようになった。以前口にもしたくないものが混入していたからだ。
風呂から出ると、テーブルに並べられたごちそう様のなにかが待っている。それらは全てゴミ袋に処分し、帰宅途中、コンビニで買ってきた安全な食品を口にする。
真美が作ったものは安全ではないため、食品の定義から外れている。なので拓真は一切の罪悪感なく捨てることができる。
その後はまた使い捨てタイプの歯ブラシと歯磨き粉ですすぎ、就寝する。
ベランダで真美の声がするが、バリケードはできているため気にする必要はない。
このように拓真とそれに付きまとう真美の一日は過ぎてゆく。
「これが毎日続くからな……」
「愛されてんねー一途だねー」
大学の同期である、高原は拓真のげんなりした姿にゲラゲラと笑った。
「人助けの代償にはでかすぎる」
実のところ拓真はかなり精神的にきていた。
プライベートと呼べるものがないのだ。夜も自宅の周辺をうろつく真美の物音で精神が張ってしまい、ろくに寝れていない。
「いっそ諦めちまえば?料理も洗濯も家事一式やってくれるいいお嫁さんとしてさ」
「相手に配慮をしない女とは結婚する気はない」
拓真はとんでもない、と首を横に振る。
「見た目は悪くないと思うけどなー」
胸の前でジェスチャーする高原を拓真は鼻で笑う。
「いっちょ俺がナンパしてこようか?」
「ああ、もうそうしてくれ、あんな疫病神連れて行ってほしいよ」
「そういって、警察に行かないあたり、結構気に入ってんじゃないの?」
「どうだろうなぁ」
「拓真くん♡真美、拓真くんのこと一生愛してるからね♡」
そんな愛の賛歌をぶつぶつとつぶやきながら、真美はぐつぐつと鍋をかき回していた。
「拓真くんとずーっと一緒にいるために♡愛を込めたの♡」
重い愛がこもった鍋を、拓真は呆れた目で見ていた。
ここは拓真の家、真美はそのキッチンの中。
もはや堂々としだした真美の姿に、拓真はため息を吐くしかない。
「はい♡拓真くん♡真美の一途な愛がたーくさん♡」
アツアツのフォンダンショコラは、果たして込められているのは愛なのか、あるいは何かしらの薬品なのか。
外で購入してきたコーヒーを流し込み、さて、そろそろ大学の寮でも借りようか、と思案していたところ、ピンポーンと呼び鈴が鳴った。
「おーい、拓真ー」
やってきたのは高原だった。
「よ!大親友が遊びに来てやったぞ!」
「飲みに来たの間違いだろう」
缶ビールが詰まったビニールを下げて、高原は勝手知ったるかのように入ってくる。
真美と出会う前から高原は仲の良い同期だった。
缶を並べて晩酌を始める。拓真もフォンダンショコラを無視し、それに参加した。
「真美ちゃんも一緒にどう~?」
「え」
酔う前よりご機嫌な高原は口を開けた缶を渡す。
「結構いけるほうっしょ?」
それらを横目に拓真は喉を鳴らした。
おしゃべりな高原は陽気にしゃべり始める。
「あ!そういえば今日~バレンタインデーじゃ~ん!もしかしてこれ、真美ちゃん特製?バレンタインチョコ?」
「あ、そ、それは」
真美は借りてきた猫のようにおとなしくもじもじとしている。
「もしかしてーまーた拓真に振られちゃったの?真美ちゃんこーんなにかわいいのにー」
もったいなーい、と拓真を小突く。
「もったいないついでにー、真美ちゃんの愛、俺がもらっちゃおうかな~?」
「ふぇ?」
高原はフォンダンショコラをつつく。彼女のいない、モテない高原は、ほんの少しだが拓真にうらやましそうな視線を向ける。
「やめとけ、なに入ってるかわかんねえぞ」
拓真はしっしと散らす。
「んぇ~、こんなにおいひ~のに~」
「遅かったか……」
もっもっと高原はおいしそうに食べていた。
「どうなっても知らねえぞ」
真美に包丁で刺されても、と拓真はビールをあおる。
が、予想していた騒々しさは訪れなかった。
フォンダンショコラをそれはそれはおいしそうに食べる高原。それを、ぽぅっとした目で見つめる真美。
見慣れた視線だが、その先は異なっていた。
「あー!いいよなあ、こんなのつくってくれるかのじょぉ」
がくん、と高原はテーブルに突っ伏した。
やはり何かしら入っていたのだろう。
しようがないと毛布を掛けてやる。
「ほら、お前も帰った帰った」
真美をいつものように追い出そうとした。
しかし、真美は動こうとしなかった。
いい加減にしてくれ、とやんわり放り出そうとした拓真は腕を止めた。
「どうした」
真美は、高原の毛布を掛けなおしている。
「あのね、拓真くん」
ゆるりと見上げた真美の表情は、恍惚としていた。
「真美、この人と一緒になる♡」
「う~……頭いてぇ……」
高原は朝日と共に目を覚ました。
昨晩の記憶は、晩酌を始めたころで終わっている。
はて、自分は飲みすぎてしまったのだろうか。
がらんと缶を片付ける音に振り向いた。
「おう、起きたか」
拓真がゴミ袋に昨晩のビール缶だけでなく、たくさんのごみを袋に入れていた。
「せわしないなー、引っ越し?」
「そうだな」
朝からがたがたと掃除する音に紛れて、キッチンからもガタガタと音が立つ。
「もっと、二人で住みやすい家がいいと思ってな」
拓真の声に、キッチンから見えた女の足がびくりと震えた。
「一途だねぇ」
「俺は、な」
拓真はキッチンに戻った。
高原は巻き込まれなければそれでいい、と二度寝にふけった。
激重彼氏・彼女 まとめたーの 染谷市太郎 @someyaititarou
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