マジカル・エボリューション! #3★活躍したのは私じゃないよ!★
埴谷台 透
マジカル・エボリューション! #3★活躍したのは私じゃないよ!★
エストニア王国南東の森林と山脈に囲まれた地域、そこにダヴィストック侯爵自治領がある。王国で唯一の自治領としてオースティン・ダヴィストック侯爵が治める領地だ。
他の都市とは離れているために『エストニアの辺境』などと呼ばれている。
しかし政経や軍備を独自に執り行い、有事の際には国王の判断を仰がずに侯爵軍を動かす権限を認められている。
それはなぜか。
15年前に起きた『エストニアの大乱』と呼ばれる事件がきっかけである。
『大乱』は、ある邪悪な召喚師が魔獣を大量に呼び出してエストニアを手に入れようとした事に発する。
200年前にゴンドワナ大陸の全ての国が協力して魔獣
そのような時代にまた魔獣があふれ出し、エストニアは存亡の危機に
しかし『大乱』は『エストニアの七英雄』と呼ばれる者達と時の国王、そして王太子の活躍で終わりを告げたのだ。
再び『エストニアの大乱』のような事件が起こるのを防ぐことと、魔獣発生現場を常時監視するために『大乱』の根源であるダヴィストック侯爵の領地が自治領として認められたのである。
しかし
その日の月は新月であった。月が隠れ、暗闇が更に濃く感じるような夜である。
そのような日の深夜に、ダヴィストック侯爵自治領の城下街の
それは魔獣発生を知らせるものだ。
すぐさま領主と家臣たちが領主の間に集合する。ただ第一戦士軍団のグレアン・アーク軍団長だけいなかった。
ダヴィストック侯爵を前にして集まった者たち全員が緊張と恐怖の入り交ざった顔をしていた。
領主の横には魔導師である娘のターニャ・ダヴィストックが控えている。
ターニャは魔法学園を卒業したあと故郷に戻り、魔獣に効果のある魔法の
魔導師のローブをまとった彼女はベージュ色の長髪を揺らし、大臣たちと同じく緊張の面持ちを浮かべていた。
彼女は21歳という若さでダヴィストック軍の魔導師団隊長に
これは侯爵の贔屓目なのではなく、誰もが納得する人選であった。
「二度とあってはならぬことが発生した。魔獣に対する訓練を発揮する時が来てしまった」
ダヴィストック侯爵の声も打ち震えている。『大乱』が発生してからまだ15年しか経っていないのだ。
ダヴィストック侯爵の脳裏にはあの『大乱』の様相がまだこびりついていた。
そして大臣の大半は『大乱』を生き抜いた者たちだったのである。
そこへ伝令の家臣が侯爵の間に駆け込んで来た。
「森林を抜けて怪しい一味が『禁断の地』に現れとてつもない数の魔獣を呼び出しました! ただいま
グレアン・アーク、アーク第一戦士軍団長は非常事態の取り決めどおり領主の命令を待つことなく戦士軍団を動かしたのだ。
「よし! 第二軍団は2隊にわけて城と街の防魔壕を守れ! 第三軍団は街の前面に展開し、第一軍団が取り逃がした魔獣の侵入を阻止しろ!」
「はっ!」
ダヴィストック侯爵の指示に従い、残りふたりの軍団長が部屋から走り出る。
「ホスターは転送の魔法陣をもちいて国王へ伝達せよ! グラマンは周辺都市へ伝令を送れ! ウォーレンは聖教会へ伝達し、神聖師団を従えろ! 残りの者は手はず通り対応せよ!」
「了解いたしましたッ!」
命令を受けた大臣たちは駆け出すように部屋を出た。ただひとりガウス大臣が参謀として王の元に残る。
「ガウスよ、我が親衛隊の様子はどうだ」
「日頃の訓練どおり、
それを聞くとダヴィストック侯爵は娘のターニャの方を見た。
「ターニャ魔導師団長! 第一軍団の援護に当たれ。どうだ、できるか?」
「もちろんです、侯爵様。このときのために対魔獣の魔法を身に着けたのです!」
ターニャはそう答えると、やはり急いで部屋を出た。
「ターニャ……すまぬ」
そうつぶやいてダヴィストック侯爵はおのれの椅子に座り込んだ。自分の娘を戦場へ向かわせてしまったのだ。
『禁断の地』に怪しげな呪文が響き渡る。
『しらーりー まぐぬむ くやるなく くやるなく くふあやく やーる なぐる くなぁ』
その呪文が繰り返されるたびに『禁断の地』に浮かび上がった魔法陣の赤黒い光の輝きが増していく。
そしてその魔法陣から続々と魔獣が現れた。
その姿はキマイラのように複数の
しかしキマイラではない。ブヨブヨと姿が崩れるように変化し、怖ろしげな瘴気を発している。
この世界では見られたことも語られたこともない闇の魔獣であった。
それに立ち向かう第一軍団の戦士たち。
しかし展開した第一軍団は既に動揺していた。
「駄目です! 数が増えすぎて抑えきれません!」
「なんてことだ! 自治領が滅ぶ! いや『エストニアの大乱』が再現してしまう!」
これらの叫ぶような声のうえに最悪の報告がアーク第一軍団長に届いた。
「大変です! 魔法陣が異常な光を発し、形容し難い魔物が出現しました!」
「なんだと?!」
「新たに現れた魔物には剣が通じません! 襲われた者は
それを聞いたアーク軍団長の顔に焦りが浮かび始める。
そこへ駆けつけたターニャ率いる魔導師団が攻撃魔法を放ち第一軍団の援護にまわった。
「駄目だわ! この程度の魔法では倒すどころか足止めすることすらできない!」
その魔物はとうとう身体全体を魔法陣から出して
巨大なひとつ目とうねる何本もの触手を備え、その身体は鱗に覆われ脈動する強い光を発している。
そしてその肉体からは粘液を滴らせ、見たものを狂わせるような瘴気を発していた。
「あれは何なんなの! この世界の記録には残されていないわ!」
ターニャは身を震わせてそう叫んだ。
そこへ後ろからひとりの人物が現れた。
黒い鎧をを身に纏い、その兜は獅子の頭を模している。そして彼の両手にはそれぞれ大剣が握られていた。
その二振りの大剣は聖なる光を発している。
「どうやら普通の斬撃は効かないようだ。戦士たちを下がらせ魔獣共に当てろ。あやつの相手は私だけでいい」
その男はアーク軍団長とターニャにそう言いつつ、奇っ怪な魔物に向かっていく。
「な、何者だ! ちょっと待て!」
「あの獅子の鎧と二本の大剣は……まさか」
アーク軍団長とターニャは同時に言葉を発した。
それに答えず黒い鎧の戦士は魔物の方へ走り込む。
「我が『
そして迫りくる触手を縦横無尽に斬り飛ばし、魔物に一太刀をあびせる。
しかし
思わずアーク軍団長が声をあげた。
「あの斬撃を耐えるのか!」
その激しい戦いに目を見張るアーク軍団長とターニャ。
目にも止まらぬ動きで鋭い斬撃を放ち続ける黒い鎧の戦士。
そしてそれに触手で応戦する不気味な魔物。
切り飛ばした触手は次から次へと再生してくる。
戦士はその触手に阻まれてなかなか接近できないでいた。
彼の鎧兜が徐々に硝子細工のようになっていき、剣を振るうたびにバリバリとひび割れていく。
有効な攻撃を与えられないとみたか、黒い鎧の戦士は魔物がら
「なかなかしぶとい。瞬時に焼き尽くすような光の魔法でないと無理か。しかし足止めならできる。ターニャ……魔導師よ。術はあるか」
そう問われたターニャは頷くも、こう答えた。
「いくつかの光の大魔法が使えます。しかし詠唱時間が長いのです。その間に守備する者を増やさなければなりません。そうしたら多くの魔獣が街の方へ……そして私の術で倒せるかどうか確信が持てません」
聖剣の斬撃を耐える魔物を見ているのだ。その剣の威力を持ってしても倒すことができないのである。
「ならば
「なんですって! そんな事ができるわけ……」
ターニャが言葉を発し終える前に、魔物はゆっくりではあるが彼らの方へ向かってきた。
まずは力ある人間どもを喰らってやろうと言わんはわかりに。
もう夜中になるような時間の薄暗い蔵の中。
メイリン・グランフィールドは棚に置かれた発明品を整理していた。夢中になって時を忘れているのだ。
今は21歳、それでも赤毛のボサボサ頭と編み込んだツインテールは変わらない。
服装はいつもの平服に若草色のエプロンをしている。
「ええと、この辺は分解して再利用かな。我ながら色々作りすぎたのだ、っとあわわ! 1個落ちた!」
メイリンは慌てて落とした箱を拾い上げる。
「壊れていないみたいだけど、これはなんの役にも立たなかったな」
そう言ってその箱を持ったまましゃがみ込み、箱の
箱の蓋の裏側には鏡のようなものが取り付けてあり、中にはボタンやレバー、ダイアルスイッチなどがついている。
「魔獣が本当に滅んだのか知らたくて作った『
王国の宝物庫に妖力を発する物があるのかと、既に王城で働いている魔法学園の同級生であるエリオットに聞いた事がある。
エリオットはマジックアイテムやヤバげな物を封印している部屋があると教えてくれた。
「作ったのは随分前だけど、まだ動くかな」
そうつぶやいて
すると鏡ののようなものに地図が表示された。
王城と魔獣動物園のところに黄色い点が表示される。
「壊れていないけど、前と変わらないな。せっかくだから国中を見てみるか」
メイリンはそう言ってダイアルを回す。
映し出された王都がどんどん小さくなり、映像が徐々に広がって王国の領地がが表示されていく。
「うーん。外も同じかな」
メイリンは取り付けられたレバーを操作して王国の領地を見て回る。
「やっぱり……あ、なにこれ!!」
ある地方に大きくて真っ赤な光が点灯していた。
「こ、こ、ここはターニャの故郷のダストニック侯爵自治領の辺りではないか!」
メイリンはうろたえて、『
ターニャは魔法学園に入園してからの親友なのである。
「おじさーん! おじさーん!」
メイリンの呼びかけに応えが帰ってこなかった。
「いつもふらっと出ていくんだから、もう」
そうつぶやくとある事に気がついた。
「納戸の扉が空いている……おじさん、中にいるのかな」
納戸は開けてはならないと言われていたのだが、メイリンは扉の隙間からそっと中を見てみる。
納戸の中は何も掛けられていない鎧立てと細長い箱がふたつ、あとは何かを手入れするための道具が置かれていた。
「はっ! こんなことしている場合ではなかった。一応メモを残しておこう」
メイリンは
だが、食卓には既に1枚のメモが残されていた。
『急ぎの用事で出かける。いつ帰られるかわからない。10日たっても私が帰って来なかったらハウエンの家に行ってくれ』
おじさんとは同居人でメイレンの雇い主、そして魔法学園の用務員をしていた男、レオン・ソルネイドのことである。
ハウエンとはトーマス・ハウエン、幼い頃メイレンをひきとって魔法学園に入学させてくれた恩人だ。
「10日?! どうしよう。とりあえず自分も出かけたということを……あっそうだエリオットとセインにも」
メイリンはもう2枚羊皮紙を取り出して、3枚の伝言を書く。
書き終えると1枚を食卓に置き、残りの2枚を持ってまた蔵へ戻った。
そして棚から鳥のようなからくりをふたつ取り出すと、それぞれに手紙を収納する。
「こっちはエリオット用、こっちはセイン用。無事に届いてくれるかな」
メイリンは蔵から出てふたつのからくりじかけの鳥に
エリオット、エリオット・ディアマンテスとセイン、セイン・コンラッドはターニャと同じく魔法学園時代からの友人で、今は王城で働いている。
王太子にお付きの重要な役目を
「ターニャが心配だ。もたもたしている場合ではないのだ」
メイリンは蔵の中に戻ると棚から魔法の杖を取り出し、床に魔法陣を
「今だけお城の転送魔法陣を乗っ取ってもいいよね。あとで怒られても構わない」
そう言って、あろうことか自分の魔法陣を王城の転送陣に無理やり繋いだ。バレたら重罪で牢獄行きになってしまうような行為である。
そして背負うようにできている平たい箱を魔法陣の中に起く。
次にかなり大きなからくりをひきずって、それも魔法陣の中に入れた。
それはまるで海にいる動物のドルフィと呼ばれる生き物とそっくりのものであった。
「試験稼動は済ませたし、ただ歩き回るよりはこれを使ったほうがいいのだ」
メイリンも魔法陣に入ると呪文を唱えはじめ、最後に声を張り上げた。
「転送魔法陣起動! ダヴィストック侯爵領の魔法陣へ飛べ!」
するとメイリンと魔法陣の中に置かれたふたつのからくりがその場から消えた。
「私の使命は魔獣を滅ぼすこと。そのために命を落とす覚悟はできている。既に死んだ仲間たちのように」
黒い鎧をつけた男がそういった。
それを聞いてターニャとアーク軍団長は目をむいた。
「まさか
ターニャがそう言うと、彼はこう答えた。
「人違いではないか。私は一介の戦士であり、ただの……」
しかし答えが終わらぬうちにまた別の大声があがった。
「ターニャ! 無事なの?!」
ドルフィ型からくり、『
そのからくりは超高速で城から向かってきたのだ。
「メイリン! どうしてここに!」
「そんなのどうでもいいから! あの魔物に魔法が効くのを見たのだ。それなら私は力をかせる! ターニャこっちに来て!」
メイリンはからくりから降りるとターニャを手招いた。
驚きの表情を浮かべたターニャがメイリンのもとへ駆け寄る。
「メイリン、なんでここに……」
「そんなのあとあと! コレを背負って!」
メイリンは持ってきたもうひとつのからくりをターニャに渡す。
そのからくりは箱型で背負うようにできており、左右3つずつ丸くて大きい水晶のようなものがくっついていた。
その名は『
わけもわからず言われるままにそれを背負うターニャ。
「よし、次はベルトのボタンを押して!」
メイリンそう言われてターニャはベルトを見ると、赤く光ったボタンに気がついた。
「え? あ? ええ?!」
「いいから早く! こんなに近くだと大魔法は使えないでしょ!」
その言葉を聞いて、ターニャはボタンを押した。
するとターニャの
「え? これ、え?」
「
「今戦列を離れる訳には……」
「黒い鎧の人! ターニャが詠唱を唱え終わるまで足止めできる?」
「なんでメイリ……いや、任せろ。いくらでも時間を稼いでやる」
アイオーンと呼ばれた男はそう言うと、再び魔物に向かって行った。
「早くしないとあの人が! ターニャ、魔法を放つのに1番有効なところはどこ?」
「え、あ……あの街の一番高い聖堂の塔の屋上……」
ターニャはしどろもどろになりながら、からくりにまたがりメイリンにしがみつく。
「よし、わかった! 振り落とされないように気をつけるのだ! 『
メイリンはハンドルの握りをグリンと回し、ペダルを思いっきり踏み込む。
ふたりを乗せたからくりは
「あわわ、こ、
ターニャはあふれるほどの
メイリンは振り向いて意地悪そうな顔をした。
「ターニャ、なんかやらしい」
「や、やらしくなんかない!」
「よーし、道を塞ぐ魔獣は私に任せて!
メイリンもまた『
メイリンは無属性の魔法が1番使いこなせるのだ。ただ問題は無属性魔法には攻撃魔法が少なすぎるということである。『マジックミサイル』もその数少ない魔法のひとつであり、初級の呪文であった。
しかし『マジックミサイル』は何倍にも威力がまして『
街の道を縫うように魔獣を一撃で倒しながら、メイリンのからくりは高速移動していく。
そんな状況の中でターニャはメイリンから手を離し、呪文の印を結んだ。
「よし、邪魔者は片づけた! 塔の屋上へいっくよー!」
ターニャは急上昇するからくりに注意を向けもせず詠唱を続けた。
メイリンは屋上に到達すると
ターニャは降りずにそのまま立ち上がり、魔法の杖を頭上に掲げる。
彼女の背負った
そしてターニャは詠唱を唱え終えた。
「天にまします光の神よ! その力をもてこの地を満たせ! 『
掲げた杖から天空に光の
光の中の魔獣は一瞬で消し飛び、街の人々に至福の
そしてターニャは続けて魔法を放つ。大魔法の二重詠唱。こんな事のできるような魔法使いはそうそういないことをやってのけた。
「邪悪を
ターニャはそう唱えながら魔法の杖を振り降ろし、切っ先をひとつ目玉の魔物に向けると激しく輝く光線を放った。
それに対抗して魔物が巨大な目玉から黒い瘴気の怪球をターニャの方へ飛ばす。
ターニャの魔法は怪球を打ち砕き、
魔物はその一撃で身体に大穴を開け、地面に落下する。
今度は
それと同時にターニャの背負った
しかしターニャは溢れ出る
彼女はスッと魔法の杖をおろす。
「た、倒せたのかしら」
「やった! すごいよ! ターニャの魔法!」
メイリンは魔法陣の方を見ながら歓喜した。
先に放った大魔法、
街の人々と戦士軍団員たちは塔の屋上にいるターニャの方を見て思わず声をあげた。
「ターニャ様が光輝いて魔物を退治した!」
驚きと歓喜の混ざった歓声が街や『禁忌の地』、そして城から
これ以降『光輝く辺境の魔導師』と呼ばれることになるターニャは、自分の魔法がしたことに
「よーし、ターニャ! お城へ戻ろうか」
メイリンがそう話しかけるとターニャは頷き座席に腰をおろす。
それと同時に
「今度はゆっくりと、普通に動かしてね」
「了解しました! ターニャ様!」
ふたりは笑いあって、城へと帰還した。
「メイリンとターニャ、ふたりしてとんでもない女の子だな」
彼女達に目を向けながら黒い鎧の
領主の間に全ての大臣とターニャがそろってダヴィストック侯爵の前に並んでいた。
グレアン・アークら3人の軍団長はこの場にはいない。
そしてメイリンはかなり緊張して領主の間のすみの椅子に腰掛け、アイオーンは大臣達の後ろ、扉の近くに立っている。
ダヴィストック侯爵はそれを確認し、口を開いた。
「ガウスよ、現在の状況はどうなっている」
「はっ! 第一軍団と
「異世界の邪神だと。あれが神とは思えぬが、また現れては問題だな。これより先、
「はっ!」
「第二軍団と第三軍団はどうだ」
「第二軍団は生き残りの魔獣がいないか捜索中です。第三軍団は街の
「よし、それぞれ現在の状況を報告せよ」
大臣達は順次ダヴィストック侯爵に状況を説明する。
「よくやった皆者共よ。我が娘よ、お前もな。無事でよかった」
その言葉にターニャが渋い顔をして答える。
「侯爵様、
その言葉に大臣達は
それでもターニャはあとを続けた。
「魔物はあのメイリン・グランフィールドと黒い鎧の戦士の協力で追い払う事ができました。それでなのですが、メイリン・グランフィールドが王国の転送陣を勝手に使用したことを内密にして頂きたいのです。どうでしょうか」
「うむ、我が自治領を救ってくれた恩人である。メイリン・グランフィールド、手助けを有難く思う。
その言葉にメイリンは安堵しながらも更にカチコチになってしまった。
「ついで戦士殿であるが、祝勝会に参加していただけまいか」
領主の前にしても兜で顔を隠したままのアイオーンはそれに答えた。
「当然のことをしたまでのこと。魔獣退治は私の使命。これにて退出させていただきます」
彼はそのままダヴィストック侯爵の返答を待つまでもなく背を向けて退出しようとした。
アイオーンとダヴィストック侯爵は旧知の仲ではあるが、自分が七英雄のアイオーンであることは内密にするという約束を交わしていたのだ。
しかしそこでメイリンが口をはさんでしまった。
「そ、その声、兜でくぐもっているけど、おじさん……おじ様の……」
アイオーンは慌てて「人違いであろう」と言うと、そそくさと退出してしまった。
黒い鎧の戦士を見送ったメイリンはターニャの方へ目をやった。
それにうなずくターニャ。
ダヴィストック侯爵も隠すように慌てて口をはさむ。
「メイリン・グランフィールドよ、
「あ、え、ええと。あまり人前に出るのは……」
「参加してくださるようですよ。侯爵様」
ターニャがニヤニヤしながら代わりに答えてしまった。いやらしいと言われたささやかな仕返しである。
そうしてたった一晩で『エストニアの大乱』が再び起きる前に邪悪の根源を抑えたダヴィストック侯爵は国王から恩賞をいただき、ターニャは誰が言うともなく『光輝く辺境の魔導師』と呼ばれていくようになったのである
メイリンの家の食卓にて。メイリンとレオンは向かいあってに座り、お互いに見つめ合っていた。
メイリンの目の前には『
メイリンは怒っているような、困惑しているような、奇妙な顔つきをしていた。
レオンは申し訳ないということと、叱らなければならないということをどう切り出したらいいかと困惑している。
最初に口を開いたのはレオンであった。もう七英雄のひとりであることを隠しとおすのは無理であると
「メイリン、どうしてダヴィストック侯爵自治領の異変を知り、どうやってあそこに現れたのだ」
「このからくり『
「私がいなかったとしてもそのようなことをしてはならないと言う事はわかっているだろう」
「は、はい。ごめんなさい」
メイリンは深々と頭を下げてそう言うと、レオンは目をそらして頬を指でかいた。
「まあ、その、なんだな。わかればよろしい。もう大人なんだ。ことの良し悪しはわかるだろう」
「はい」
「……そのマジカルなんとかは良い物だな。私の使命に役立ちそうだ。それを私にくれないか」
メイリンはそっと顔を上げてみた。レオンが困った顔をしているのを見やる。
彼はどうもメイリンに甘いようだ。ガツンと叱ることができずに話題を変えてしまったのである。
「これを? だったら今はもっと高性能なものを作れるよ! それをおじさんに……」
「駄目だ。それをくれ。そしてもうこういう物を勝手に作らないと約束しなさい」
「えっえー……わかりましたぁ」
メイリンは『
「約束出来ればそれでいい。今回はダヴィストック侯爵とターニャ、エリオット、セイン達のおかげでお目こぼしされたのだからな。次にやったら牢獄行きだぞ」
「はい……でもターニャが壊れたのを残念がった『
「あれは凄いものであったな。それは構わない。それこそ『禁忌の地』を護るターニャに最も必要なものであろう。ただしターニャと必要ならメイリンの分だけだ」
「どうしてかな。エリオットやセインもだめなの?」
「それ程のからくりを欲しがる魔法使いはたくさんいるだろうが、悪用されると困ったことになる。『大乱』の時の召喚師の様な
「ああ、そうか。あげた人専用になる何かもつけた方ががいいかな」
「まあ、これでこの話はこれで終わりだ。うーむ。ではこのからくりの使い方を教えて……」
「おじさん? 今度はおじさんの番だよ。何から聞いたらいいかわからないけど、どうしてあそこにいたの?」
「……メイリンがもっと落ち着いて大人らしくなったら打ち明けるつもりだったが、仕方あるまい。少し回りくどい話になるがいいかな」
「うん」
レオンは諦めたようにため息をつき、メイリンの目はらんらんと輝いてきた。
「事の起こりは『エストニアの大乱』から始まったのだ。どんな事件か、七英雄とは何なのかは知っているだろう?」
「子供の頃絵本で読んだし、魔法学園の授業でも教わったのだ」
またそういう大人らしくない喋り方をすると思いつつ、レオンは話を続けた。
「七英雄のうちのふたり『白銀の騎士』セントニウスと『白の魔導師』フローラはメイリン、お前の両親だ」
「は?」
「ふたりが戦いに臨む前に、お前をトーマス・ハウエンに預けていったのだ。その頃の事は覚えているか」
「ううん、お父さんとお母さんは魔獣に襲われて命を落としたという話だけしか覚えてない。それにまさか両親がそろって七英雄だなんて……名前も違うし少しも気が付かなかったのだ」
「まあ、確かメイリンが5歳になった頃の話だからな。では魔法学園の園長も七英雄のひとりだとは知らないだろう」
「えっえっえええー?!」
「私を含め生き残った三人は国の政争を起こす可能性があったので身を引いたのだ。政治に関わってはいかんとな。そしてメイリン、お前もそうだ。七英雄の子供であることを利用して陰謀を持つものに利用されるかも知れぬと、私達と当時の陛下といまの国王、それにハウエン、『大乱』終結で新しい役目を受けたダヴィストック侯爵と相談してのことだ」
「国王陛下様とターニャのお父様も知っているの?」
「さすがにこの国を統べる方にうちあけない訳にはならん。そして侯爵も魔獣に立ち向かったひとりの戦士であった。逃れた魔獣を退治する役目の私と『禁忌の地』を監視する役目の侯爵。そういう事だ」
メイリンは両親の真実と自分の周りを取り巻く事情を聞いて頭が混乱してしまった。
「幼い頃はハウエンが預かり、魔法の才能があるとわかったから全寮制の魔法学園に入れば誰にも手出しができないとな」
「ええっと、それでなぜおじさんが用務員になったの?」
「学園長がメイリンをかまってばかりいれば他の生徒に申し訳が立たない。なので代わりになるよう私も学園で暮らすようにしたのだ」
「そ、そうなんだ」
「メイリンがこんな発明をするようになるとは誰も予想だにしなかった。子供の遊び程度だと思ったのが間違いだったな」
レオンは困った顔をしてそう伝えた。
メイリンは更に困惑してしまった。
「私が侯爵領に行ったのはこれでわかるだろう」
「うん。そこはわかった。でも私がそんななんて思いもよらなかったのだ……」
メイリンは畏怖の表情が浮かぶ顔をレオンにむけると、彼は更に困ってしまった。
「……隠していた私達を許してくれるか」
「許すも許さないもないです。ありがとうございました」
「それ、それが困る。今まで通りのメイリンでいてほしいのだが。日々の暮らしに関わるし、出来ればこの家にとどまって欲しい。私は既にメイリンを自分の子供と思ってしまったのだから」
「おじさん……」
「そうしてくれるかい?」
「うん、そうする。わたしもおじさんが好き。この家も大好きなのだ」
ふたりはほっと息をついた。そしてメイリンはもうひとつ知りたい事をたずねてみた。
「あの
「そのとおりだ。メイリンに私が七英雄のひとりであることをまだ知られたくなかったのでな」
「なるほどー。ええと、しばらくこの話を整理して考えてみるのだ」
「そうだな。本当にいつものメイリンのようになってもらわないと悲しいからな」
「悲しい? えへへ。いつもの私か。そしておじさんがお義父さんかぁ。もうすでにいつもの私なのだ、レオンお・と・.う・さ・ん! また『
「はいはい、わかったよ」
「ハイは1回!」
ふたりは声をあげて笑いだした。
また普通の日常が戻ってくる。それは間違いなさそうである。
メイリンはメイリンのままなのだから。
マジカル・エボリューション! #3★活躍したのは私じゃないよ!★ 埴谷台 透 @HANIWADAI_TORU
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