第100話 女神降臨

 新たに生まれたのは多分空間収納を司る精霊だと思う。

 風・水・火・土・雷・氷・転移・治癒・結界・空間収納と、此れで全ての魔法を司る精霊が揃った事になる。

 響めきの中で、新たに生まれた精霊と次々と姿を現した俺の精霊達が等間隔に並び輪になる。


 お互いに手を差し伸べると、光の輪が出来て広がっていく。

 言葉も無く驚く人々の前で、光の輪が膨らんでいき光の柱となった。

 高い天井に遮られて見えないが、天空に繋がる光の柱だと思われる。

 天使の梯子と呼ばれる現象に似ているが、気象現象じゃないな。


 まさか女神降臨なんて演出じゃないよな! 侯爵様!

 ネイセン侯爵様に問い質したいが、今駆け寄って説明を求める雰囲気じゃ無い。


 俺の心配を余所に光の柱の中に人影が現れたが、女神教大神殿に飾られているアリューシュ神様に似て異なる存在だと判る。

 こりゃー ・・・ マジもんの神様だよ。

 とすると、全ての精霊が揃って光の輪を作るのが神様降臨の条件なのか。


 《よく判りましたねアキュラ》


 「此れだけの舞台装置が出来て、神様が姿を現せば誰にでも判りますよ。何故今頃になってのこのこ出てきたんですか」


 《貴方の望む、平穏な生活の為と言えば》


 「ちょっと信じられませんね。平穏な生活は、無理矢理にでも達成するつもりです。どうしてあんなポンコツガイドを付けて、俺を此の地に降ろしたのですか? ガイド曰く『世界に刺激と変化を与える為です。静かな水面に小石を落とす・・・』なーんて言っていましたけど、大岩を投げ込みまくった様な荒れようじゃないですか」


 《多少の誤算はありましたが、貴女はこの大陸に存在する七つの国に刺激を与えて、その影響は今も拡散中です》


 「そりゃー、爆雷を投げ込んだくらいの波紋を作ったからね。俺以外の者達はどうだったんですか」


 《気になりますか》


 「当然でしょ、あのポンコツガイドに案内されたらお先真っ暗に決まってる。俺は運良く結界魔法が使えて事なきを得たが、多くの者は此の世界に降ろされて間もない時に死んでいると思ってね。で、生き延びた者達がどうなったのか興味があるのですよ」


 《それがガイドの力を制限した原因です。望む力が手に入り、自在に使えるとどうなると思いますか》


 「そう言う事ね。早死にした者よりも多くの者が自滅していったのかな」


 黙って微笑んでいるが、正解の様だ。

 多くの者は魔法の使える世界に来て、自在に魔法が使えればヒャッハー、俺つえぇー状態になるよな。

 攻撃魔法が中心で、攻撃力が高ければ高いほど、それを使えば敵も多くなる。

 俺も相当敵を作ってきたが、結界魔法を選択して使い方を色々と考えたから生き延びている。


 「俺以外にも精霊の加護は与えたのでしょう。精霊の覚醒条件は精霊樹と妖精なのかな」


 《魔力を与える事です。多くの者は精霊とすら認識しませんでした》


 あれを精霊と認識しろってのは酷だよなぁ、俺なんて飛蚊症かと思ったものだ。


 「で、今頃のこのこ出てきた答えを聞いてませんが。まさか・・・アリューシュ神様を褒めよ称えよなんて言いませんよね」


 《その名を名乗った事はありません。彼等が名付け利用しているだけです」


 「でも、お姿は神殿の像に似ていますよ」


 《貴方なら判るでしょう》


 刷り込まれたイメージを投影しているって事か。


 《このまま彼等の頂点に立っていて欲しいのです。支配の為に私を利用し変化を止めないでください》


 「これ以上の面倒事は、御免被りたいのですが」


 《現状を維持すれば、自然と変わっていきます》


 今、アリューシュ神教国や女神教を手放せば元の木阿弥になる、それでのこのこ出てきて俺の箔付けをしているのか。

 アリューシュ神様の愛し子ねぇ、愛されている実感は欠片も無いのだけど利用しろって解釈で良いのかな。


 光の柱が薄れていき、輪になった精霊達が残った。

 精霊の加護は此れからも有効なのだろう。

 静寂に包まれた大広間を見回せば、皆跪いて光の消えた場所に立つ俺を凝視している。


 新たに加わった子も居るので尋ねてみると、空間収納を司る精霊だって。


 《アキュラの物は何でも預かるよ♪》


 さいですか。秋に森に行ったら茸や果物でも預けておこうかな。

 呼び名は"なんどちゃん"ね。


「アキュラ様・・・お帰りになられたのですか?」


 喉に痰が絡んだ様な声に振り向くと、ネイセン侯爵様が跪いた姿勢のまま俺を見上げている。


 「ネイセン侯爵様、何を見ました?」


 「おぼろげながら、光の中に佇むお姿を拝しました」


 「他には?」


 「貴女様とお話をしている様に見受けられましたが・・・」


 「聞こえなかったと?」


 深く頷くネイセン侯爵様、傍らのレムリバード宰相も頷いている。

 あの話を聞かれたら、神様に幻滅される恐れが有るので良かった。


 だが、神様の言うとおりアリューシュ神教国と女神教は、当分の間俺の支配下においておくか。


 それはそうと、この荘厳な雰囲気をぶち壊して不可侵条約に署名させなきゃな。

 後は、俺を生き神様に祭り上げようとする奴が現れたら、叩きのめす事に専念しよう。


 「国王陛下、レムリバード宰相、不可侵条約の署名を・・・アリューシュ神様の御前ですよ」


 * * * * * * *


 強引に不可侵条約に署名させると、立会人の署名を済ませて条約は成立した。

 その後ウルバン教皇が俺の足に額を付けて忠誠を誓い、多くの者が跪いて俺に祈るで止めさせるのに苦労した。


 新年の宴はグダグダのまま続行されたが、俺達は宴を欠席する。

 改めてネイセン侯爵・ザブランド侯爵・レムリバード宰相と共に王城の奥深く王宮に招かれて、王族から挨拶を受ける事になった。

 あの場に立ち会った王家の者達からは、俺を侮る気配はまったく無く非常に丁寧な対応にこちらが戸惑う。


 「国王陛下、ちょっとしたアクシデントは有りましたが私の授爵の条件は変わりません。但し、騒がしくなるのは困るので警備を宜しくお願いします」


 「承知しております、アキュラ様。不審者は一歩も近づけない様に厳重に封鎖し」


 「待って下さい陛下! 私は日常を壊されたくないのです。他国の大使や無理矢理屋敷を訪れる者達を排除するだけで結構です。それと様は不要です。義務と責任を負わない無責任侯爵ですので、今まで通りでお願いします」


 当分の間は、森の家で隠居生活確定だな。


 * * * * * * *


 「アキュラ、お前お城に行ったときに何かやらかさなかったか?」


 「何もしてないよ。貴族達の退屈な集まりに付き合わされただけだよ」


 「どうもなぁ~、この服で街を歩くと紋章を見てこそこそ話す声が聞こえるんだ」


 「耳は大丈夫なの、ポーション飲む」


 「ばっかやろう、何か精霊紋とか女神様が何たらってな。それと馬車で移動しているとき、貴族の馬車が俺達を避けたりするんだよ」

 「メイド達も、あんたの紋章の意味を知りたがって何かと聞いてくるわね」


 「精霊紋って何だよ」


 「ほれっ、森で見たあの子達の後ろ姿に似ているので、私達が内緒でそう呼んでいたのに知れ渡っているようなのよ」

 「街を歩いていても、他家の騎士達が避けて通るし、なんか気持ち悪いぜ」

 「この紋章を付けはじめた頃はジロジロと見られたものだが、最近は妙に愛想の良い奴等が増えてきたぞ」

 「だな、前は騎士や警備兵達が紋章を疑って貴族の名と爵位を聞かれていたが、その度に炎の輪の紋章を冗談でも付けるかよと怒鳴っていたのにな」

 「まぁ、疑いは宰相様の身分証で晴れるけどね」


 大広間での出来事をランカン達に知られたら、何を言われるか知れたものじゃない。

 暫く森の家でポーション作りでもして、春になったら西の森に避難してほとぼりが冷めるまで姿を隠すか。


 * * * * * * *


 大騒ぎが何とか収まり、秋になるのを待ってハランドの街から西の森に入り、秋の実りを収穫したり珍しい薬草や草花を持ち帰っていた。


 エメンタイル王国とサランドル王国の不可侵条約締結時の、女神降臨の話がランカン達に知られて、アリシアやメリンダから問い詰められる一幕もあった。

 しかし、当事者である俺には全容がよく判らない。

 ネイセン侯爵様やザブランド侯爵の話を総合すると、俺は精霊達の作った光の中に包まれていて、おぼろげに見える女神様と対峙して何かを話している様だったそうだ。


 近くに居たネイセン侯爵様曰く、光に包まれたアリューシュ様は女神像とは比較にならない神々しさと美しさだった、とうっとりしている

 少し離れた侯爵の列に居たザブランド侯爵様は、妖精達の作る光が上下に延びると同時に俺も光に包まれると、アリューシュ神様が降臨なされたとこれ又鳥肌立てて話す。


 遠くに居たランガス会長や娘のキャロランも同様で、女神様のお姿はおぼろげながらもよく判りましたと言っている。

 集団幻覚でも見たのかと言いたいほど、距離に関係なくおぼろげながらも美しく神々しいお姿だったと話すのを聞いて、神の御業かよと皮肉っぽく考えてしまう。


 * * * * * * *


 王都の森は周囲を高い柵に囲われて、蔓性の植物が絡みあい緑の魔境の様相を呈しているが、一歩中に足を踏み入れると木々の間に様々な花や薬草で溢れて、妖精達の舞う楽園と化していた。


 森の家に仕えるメイドの三人、シンディ・ノーラン・ソフィアはすっかり妖精達に馴れて、今では"なんどちゃん"から珍しい食材を受け取ったり“ふうちゃん”に掃除を手伝って貰っている。

 水のポットやグラスには“あいす”が氷を欠かさず、煮炊きには“ほむら”が即座に炎を点けるなどお手伝いをしている。


 俺は、時にポーションを作ったり薬草採取に出掛けたりしながら、妖精達と遊ぶ念願の怠惰な生活を楽しんでいる。


 **** 完 ****

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黒髪の聖女は薬師を装う 暇野無学 @mnmssg1951

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