時空超常奇譚3其ノ八. Perfect Dish/明日また……

銀河自衛隊《ヒロカワマモル》

時空超常奇譚3其ノ八. Perfect Dish/明日また……

Perfect Dish完璧な料理/明日また……


 人は人生の最後に食べたいものと言われたら、何を思い浮かべるのだろうか。TV局やマスコミ各社が実施したアンケートによると、かなりのバラつきはあるものの、ベスト10に寿司、焼き肉、ラーメン、カレーライス、ハンバーグ、オムライスなどの定番がある中、和食、味噌汁、おにぎり、卵かけご飯、そして家庭料理がランクに入っている。

 何ともほっとする話ではあるが、いつ人生の最後が来るのかを知る人などこの世には存在しないのだから現実にその食材にありつける人などおそらくは皆無だろう。そこに順を付けてみても好きな食べ物ランクと大差はない。


 人の好みは我が儘で千差万別だ。だから、一人として例外なく美味いと思うような「Perfect Dish完璧な料理」なんてこの世にはあり得ないのだが、もしそんな料理があるとしたら、誰でもきっと食べてみたいと思うに違いない。



「おい山田、時間ないか」

 男が知り合いの山田に唐突に言った。山田も男も所謂いわゆるIT長者と言われている。定期的に情報交換を兼ねて会っているが、つい最近まで会う度に話すのは殆どが女性の事だった。やれどこのクラブに綺麗な娘が入ったとか、どこのキャバ嬢が可愛いとか、そんな事しか話す事がないのだ。それ以外と言うと、どの会社の株が上がりそうだとか、誰の会社が増資を検討しているなどとインサイダーに引っ掛かりそうな話しかない。元々そこまで金儲けに執着心がない二人にとっては、折角時間を合わせて会うのにそんな話はちょっと興ざめなのだ。

 

 今回会う事になった理由は至極単純に食事の事なのだが、それまでも銀座の高級フレンチなど食べ飽きていて、改めてあの店が美味うまいなどと言われても興味が湧く事はない。ちょっと変わった店の話を聞いても、それまでに何度も期待が裏切られているので繰り出す気にもなれない。

「凄いんだよ、「完璧な料理」が食えるんだ」

「何を訳のわからない事を言ってるんだ、そんなのある訳ないだろ」

「本当なんだってば、俺の叔父さんがそう言ってんだから、間違いないって」

「お前の叔父さんが言ってるのか?」

 男の叔父はちょっとは知られたグルメで、料理評論家としてもかなりの有名人だ。その人が言うのなら、美味いのかも知れない。先日も男の叔父の紹介で北海道の北の外れまで行って蟹を食べたが、その美味さたるや筆舌に尽くし難いとはこの事だと思い知ったばかりだ。


 きっと今回も美味いに違いない。期待が噴き出して来る。そこに多少の困難があっても問題はない、それは努力ではなく金の力でどうとでもなる。目的地まで歩かずに車で行き、そこから行けない場合は飛行機かヘリで行けばいい。


 男がその店を語り出した。

「凄く美味い中華屋があるらしいんだ」

「お前の叔父さんが言うなら間違いなく美味いんだろうけど、とんでもなく遠いのは嫌だぜ。この前の北海道は簡単にヘリで行けたけどな」

「それがさ、聞いて驚け。とんでもなくどころじゃなく遠いんだよ。尤も、この前の北海道程の距離じゃない」

「それって、もしかしてどこかの山の奥とかにある知る人ぞ知る名店みたいなやつなのか?」

「大当たり、群馬県の榛名山中にあるらしいんだ。車じゃ行けない徒歩1時間の場所にある究極の中華レストランなんだってさ」

「その情報、叔父さんからどうやって仕入れたんだ。お前の叔父さんって、入院中じゃなかったか?」

 男の叔父は一か月前から入院している。病名は不明だ。

「お見舞いに行った時に聞いたんだ。入院する前にそのレストランで食べたって言ってたな。死ぬ前に、もう一度食べたいとも言ってた。取り寄せ不可だそうだ」

 得意げに語る男に、山田が反駁はんばくした。

「いやそりゃ違うな。オレの推測だと、1時間歩いてそこまで必死で運動して食ったから美味かったってパターンだぜ。世間に良くあるやつだ、腹が減ってる時とか外出先で食うものはさ、祭りの焼きそばだって美味いからな」

「違う、違う。そんなんじゃない、本当にとんでもない絶品だって叔父さんが言ってたんだよ」

「本当かよ。オレ達も結構な高級店は制覇しているから、ちょっと美味いくらいじゃ行く意味がないけど、お前の叔父さんがそこまで言うなら気にはなるな」

「そうだろ、俺の叔父さんのグルメ度は相当なものだぜ」

 男は叔父のグルメを自慢したが、山田は期待する本音とは裏腹に気のない素振りをした。「初めての料理に期待をしてはいけない、過度な期待はハードルを上げて折角の料理の味を落とす事になりかねない」それが山田のモットーだ。

「それは知ってる。まぁ、騙されたと思って行くよ」

「そうとなりゃ、明日行こうぜ。一応、ヘリの用意と予約は俺がしておくから」


 翌日、二人は自家用ヘリで群馬県の伊香保温泉長峰ヘリポートまで飛んで、そこから事前に用意した車で伊香保森林公園の横を通って南下し、目的の榛名山を目指した。そして山中を限界まで走って車を降りた。携帯は辛うじて繋がる、帰りの心配はない。


 男が地図を見ながら言った。

「ここからは、徒歩だぜ」

「自分の脚で山を登るなんて久し振りだな」

 険しいと表現するのがぴったりの獣道を進んで行く。携帯のGPSで迷う事はないのだが、かれこれ1時間も歩いている。運動不足の身体に徒歩は相当キツい。


「オレ、ちょっと後悔してる。1時間なんて無謀だった」

「まぁ、そう言うなって。もう半分来ているんだからさ」

「これって、やっぱり腹減って辿り着いたら無茶苦茶美味いってパターンだぜ」

 男は、山田の愚痴にそうかも知れないと思った。自分が言い出しっぺなので文句を言える立場ではないが、これだけ歩いたらどんな食事も一流料理に負けないだろうとも思う。


 何とか1時間の道のりを制覇し、やっとの事で目的の中華レストランらしき建物に着いた。外観は想像したような山小屋ではなく、3階建ての近代的なゴシック建築ののような建物でまるでヨーロッパにある小さな教会に見える。1階は違和感丸出しのアンバランスな中華飯店「餐晩後最さんばんごさい」の看板が掛かったレストランになっている。

 店内も予想通りで3階まで吹き抜けになっていて壁や高い天井には宗教画と思われる絵が描かれ、ここが本当に中華料理屋なのかと驚いてしまう。

 更にそれよりも驚く事に10人程の先客がいた。全員がこの山道を登って来たのだろうか。中には相当の高齢と思しき女性もいる。何故こんなに客がいるのか、駅前の中華レストランと見紛うばかりの光景に、男と山田の二人は言葉がない。


「いらっしゃいませ。ご予約のお客様ですね。当店ではメニューは一つしかありませんので、早速お出しして宜しいですか?」

 そう言って、愛想のいい美しい女店員が奥へと消えた。

「ところで、この店コースで幾らなんだ?」

「それがさ、金額フリーなんだよ」

「それって、食べて美味ければ評価した金額を払えってやつか?」


 会計場所の壁に張り紙がある。

 お気持ちの金額をお支払いください。

 Please pay as you feel .

 S'il te plaît, paye comme tu le sens.

 请按您的意愿付款

 기분대로 지불해주세요

 Por favor paga como te sientes.


「叔父さんは10万払ったって言ってた。美味しければ同じ額だけ払おうと思ってる」

「結構な金額だな。期待MAXだぜ。おっと期待は料理の味を落とすんだった」

 どれ程の料理が出て来るのだろうか。10万円の予定金額も相俟あいまって、期待はかなり大きく膨らんでいく。


 暫くして、二人の前に料理が運ばれて来た。

「まずは前菜か」

「美味そうだな」

 運ばれる前菜、棒棒鶏バンバンジー皮蛋ピータン豆腐。

「次は湯菜タンだ」

「美味い、期待以上だ」

「身体に沁みるな」

 続いて運ばれる湯菜、青梗菜チンゲンサイ豆腐、搾菜湯ザーサイスープ魚翅湯フカヒレスープ

「次は主菜だ」

「こりゃ凄いな」

「とれも美味いな、こりゃあ運動したからとかそんなんじゃない」

 運ばれる主菜、烤乳猪豚丸焼き魚翅フカヒレ姿煮。

「もう腹一杯だ」

「腹一杯でも食えるぜ」

 最後は点心が運ばれる。小籠包、杏仁豆腐、胡麻団子。

 コース料理が終了となった。

「兎に角、美味かったとしか言いようがないな」

「あぁ、中華料理のメニューとしては何だか不思議な取り合わせだったけどな、味は美味いなんてものじゃない、正に「完璧な料理」だったぜ」

 満足した二人は、来た道を戻って行った。


 それから、数か月もしない内に二人は入院する事になっていた。原因は簡単な事で、山の中のレストランの料理は満足過ぎる程の味だったのだが、何とそれ以来身体がどんな料理も受け付けなくなってしまったのだ。

「あの美味い料理に比べて都会の料理は何だ。不味くて食えたものじゃない」

「駄目だ、今日も食事が喉を通らない。どうすりゃいいんだ」

 三人は絶望感に苛まれた。同じ病院に入院していた男の叔父も原因は同じだった。

「あぁ何という事だ。もう二度とあれを食べられないのか」

「もう一度でいいから、あの料理を食べたいな」

「山田、今から行こうぜ」

「無理だ」


 同じ病院で、どうしたら良いのかと困惑し嘆くばかりの三人だったが、匆々そうそうに素晴らしい対応策を思いついた。流石は経営者だ。

 その策は至極簡単だった。あの中華飯店を都内にオープンさせれば良いのだ。そうすればあんな山奥まで行く必要はないし、自分達も食事が喉を通らず餓死するかも知れないという馬鹿げた危殆に瀕する事もない。そうだ、それこそ理想的ではないかと三人の意見が一致した。


 早速、代理人を通じて話を持ち掛けると、店主は前向きな返事をした。その店、中華飯店「餐晩後最さいばんごさい」は、台湾の五つ星レストランで修行した料理人店主が日本で初めて開店した店との触れ込みで、コスト度外視に究極のメニューのみを限定した会員にのみに代金フリーで振る舞うというテーマで開いたこだわりの店だった。三人はそのコンセプトにも共感し、かなりのイニシャルコストを掛けて店舗を用意した。


 店主が独り言のように呟いた。

「何料理するかを悩んでしまったから開店が遅れてしまったな。結局は簡単に具材が揃う料理が一番じゃな」


 都内一号店がオープンした。開店と同時に、おそらくは既にあの山奥まで行った事のあるのだろうリピーターと思しき痩せ細った人々が列を成した。渋谷道玄坂の裏通りに出現した奇妙な行列が一日中消える事はない。

 その列が評判を呼びTVで紹介されるとその行列は一段と長くなり、渋谷駅まで続いた。既にリピーターである人だけでなく、誘われて入った客もまたその日以来列に並ばずにはいられない。日に日に列は長くなり、渋谷駅反対側の宮益坂まで続いていった。

 そして、長時間並んでやっとの思いで食事を終えた人々は、誰もが幸せそうな顔で「明日もまた」と言い、再びやって来るのだった。


 だが、余りにも評判になり過ぎて近所からクレームが絶えず、仕舞いには役所からも指導が入るに至って、経営者の三人は店を閉めざるを得なくなった。


「残念ですよね。俺達だけでなく、物凄い数のリピーターのお客さんがいるんだから、何とかならないかな」

「そうだよ。今「明日もまた餐晩後最さんばんごさいで」が流行語になっているくらいの人気なんですよ。他に店を出せる場所を探しましょうよ」

「そうしたいのは山々なんだが、中々簡単じゃない……」

「うぅぅん、どうしたらいいのか」

「駄目かな」


 三人が対応策を考え付かずに諦め掛けると、店主が不思議な事を言った。


「この店は閉店するが、次の店が既に決まっておる。その次も更にその次も決まっておるから、何の心配もない」

「どういう事?」

「そういう事じゃよ」

「他にスポンサーがいるって事?」

「そんな事はない、そんな必要もない」

「???」

 三人に、店主の言ったその意味を理解するのは不可能だった。


 それから一カ月後、TVから奇妙なニュースが流れた。

「最近開店した「餐晩後最さんばんごさい」という中華料理店が爆発的な評判を呼んでいます。元々群馬県の山奥にあった店の支店として渋谷にオープンした後に日本中に支店が増え、その数は何と一ヶ月で10000店を超えています。また、日本だけでなく、アメリカや西ヨーロッパ、中東アジア各地でも同名料理店が既に約100000店舗程オープンし、同様に異常な評判を呼んでいます。この店の特徴は、味が完璧な上に何と料理の代金が決まっておらず、客の評価した金額を支払うのです」

 世界中で最も店舗数の多いマクドナルドが1955年の第1号店から2022年の67年間で店舗数40000を超えた事を考えれば、その店舗展開のスピードが神懸かっている事がわかる。


 そのニュースを知った頃、三人は店主に呼ばれて新たに本店となった原宿店に集まった。訊きたい事は幾つもあるのだが、そもそも何が何やらわからない。そんな状況で、厨房に店主と二人の弟子が待っている。

 更には、三人の理解しようとする意思を遮断するように、三人の目の前に金色棒が立っている。それを囲むように料理がぐつぐつと煮えている鍋が並んでいて、金色棒の先端から青白いプラズマが雷光を放っている。三人は店主の不思議な行動に首を傾げた。何をしているのか、予想どころか見当も付かない。青白い雷光を放つ金色棒はハリー・ポッターのようだし、煮え滾る鍋は魔女の館のようだ。


「何をしているのですか?」

「料理じゃよ。今日はワシの料理の本質を知ってもらおうと思ってな、ここまで来てもらったのじゃ」

 そう言われても何一つわかる事がない。

「その棒と光は?」

 山田が店主に訊いた。後の二人は取りあえず言葉が見つからない。

「この光は気の集合体じゃ」

 何も理解出来ない。気というものが存在するのか、いや今はそこではない。その気を集めて、料理の調味料として使っているという事なのか。


 気を取り直した男が訊いた。

「端的に訊きます、この料理の秘密は何なのですか?」

「秘密か……」

「素材ですよね」

「そうに違いない」

 山田と叔父がそれらしい事を言ったが、店主は首を横に振った。

「素材などそこら辺にあるものを弟子達が集めて来るだけじゃよ」

「その「そこら辺にあるもの」こそが今や貴重な自然の食材なんだよ」

「そうだよ。どんな素材も自然にあるものこそ素材自体の美味さを持っているんだよ。人工加工したもの程その旨味を捨てているって事なんだ」

 店主と弟子達が再び首を振った。三人がどこかの三流料理評論家のような耳障りの良いコメントを言ったが、どうやら的が外れているらしい。

「この店の素材はな、全て近くのスーパーとコンビニで購入したものじゃよ」

「スーパーとコンビニ?」

 三人の驚きが止まる事はない。

「じゃぁ、味付けに特別な調味料入れている?」

「そうだよ、さっきそう言ったじゃないか」

 山田は眉に唾を付けながら言う。

「その棒から出ている光が料理を美味くしているって言うのか?」

「その光が普通の料理を「完璧な料理」に変えている?」

「いや、ちょっと違うな。この世に「完璧な料理」などない。これは幸せのオーラを集めているのじゃ」

「幸せのオーラ?」

「あれかな、ほら新婚の奥さんが料理に「美味しくなぁれ」とか言うやつ」

「じゃぁ、その幸せのオーラを料理に加えているのか?」

 何度も同じ事を言うしかない、全く理解出来ない。

「まぁそうなのじゃがな、種明かしをすると、この気は山や川や自然が持っている528ヘルツの癒しの音を凝縮したものじゃ。料理にそれを加えると、それが人の大脳気質を刺激して脳内に強制的にセロトニンの分泌を促すのじゃよ」

「なる程、だからどんなに安い食材でも美味く感じるのかぁ」

「それなら世界中のどんな料理でも美味くなるよな」

「そうなのか、でも何でそんな事が世界中で出来るんだ?」

 店主が事もなげに言う。

「それはな、ワシが神だからじゃよ。世界中の店には常に同時にワシがいて、同様に「 Perfect Dish完璧な料理」を作っているのじゃ」

「神?」

「同時に?」

「シェフの神?」

 三人は当然のように驚き続けている。シェフの姿をした神というのも違和感そのものだ。

「神様がシェフのコスプレしているって事?」

「これはワシの趣味じゃな」

「何故???」

 コスプレが神の趣味というのも理解に苦しむが、そもそもその意図が全く理解出来ない。三人の思考がラップを踊っている。神が人間に「完璧な料理」を振る舞う事に何の意味があるのだろう。そんな事をして神に何のメリットがあるのだろう。いや、神がメリットを欲する事などある筈もない。


「それはな、単なるワシの気まぐれじゃよ」


 これまでに発見された中で最大の彗星は直径約60キロメートルのヘール・ボップ彗星だったが、更に2014年10月にオールトの雲から飛来する直径150キロメートルを超える長周期彗星であるBBバーナーディネリ・バーンスタイン彗星が発見された。その後2031年、近日点に近づいていたBB彗星は火星軌道と木星軌道間の小惑星帯に突入し、その影響で複数の小惑星が隕石となって地球へと落下した。


 その隕石の衝突が6600万年前と同様の六回目の地球生物大量絶滅を引き起こしたかどうかを知る人間はいない。

 神の気まぐれな料理が地球人類への「最後の晩餐」だったのかどうかは、神のみぞ知る。


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