第2話

「弟子になるって…僕なんかでいいんですか?」


 魔術師の弟子とは、一般的には家族より近い者を意味する。

 寝食を共にし、一つ屋根の下で暮らす判断をあの一瞬で行うのは流石世界最強の魔術師である。


「ええ、もちろんよ。ここまでわくわくすることなんて久しぶりだわ。」


 実のところ、魔術師が弟子を取るのは主に老齢に差し掛かり自身の研究を引き継がせる目的が大半。

 まだ若いアメリアは弟子を取るような年齢ではないし、アエルは彼女の魔術を引き継ぐ気など微塵もないだろう。


 ___つまりは、囲い込みだ。


 優秀(面白そうな)人材を逃がすなんて勿体ないことしてやるもんですか。

 かび臭い魔術学園に渡しなんてしたら、それこそ本気で人体実験をされかねない。


「安心しなさいアエル、私の側にいれば少なくとも政府に身を狙われる心配もなければ闇組織に人体実験される心配もないわ!」


「そんなに僕ってやばい存在なんですか!?」


 アエルにとって寝耳に水、青天の霹靂とはまさにこのこと。

 自分のことをしがない旅人だと思っていたら、いつの間にかモルモット一歩手前だったとは。


「えぇ……でも、魔術学園の方は快くアメリアさんにアポイントメントを取って下さいましたよ?」


「うーん、……ああこっちの話よ、気にしないでね。」


「そうですか?」


 アエルはアメリアの言葉が非常に気になるが、自分のことには対して興味がないので聞き流すことにした。


 実を言うと、アエルには直近二年間の記憶しかない。

 気づいた時には草原のど真ん中で寝ていた。

 しかし、記憶がないのは少し不便に感じる時もあったが、不思議と「アメリア様に会う」という目的のためなら無尽蔵に力が湧いて出てきた。


「僕、ここ二年間は旅をしてました。いろいろな人に助けられて、その過程で目標となる剣士に出会いました。変な連中につかまって、僕は僕の夢を諦めたくありません。」


「……へえ。夢、ね。わたくしたち魔術師は夢を原動力にする生き物よ。いっそ全てを忘れてしまえたら、なんて何回思ったことか。」


 若くして最強になった魔術師は、同じくまだ若い魔術師のたまごにそう語った。

 空に輝く星は、届かないとわかっているから素直な気持ちで憧れる事ができるのだ。

 それに手が届くと夢想する心は、壮大なソラには酷く不釣り合いだった。


「僕の夢は世界最強の剣士になることです。今は遠い目標かもしれませんが、だからといって夢を諦める理由にはしませんっ!」


 強い決意のこもった声。

 決して曲げられない信念が、恐らくそこにはある。


「……世界最強の魔術師の弟子になるのよ。それくらいデッカい夢を持ってもらわなきゃ、わたくしが困るわよ。」


 ニヤリとアメリアの口角が上がる。

 彼女の腰に流れる、絹のような滑らかな銀髪が脈を打つように揺れる。

 傲慢な笑み。

 空を思わせる碧眼に宿る光には、遠く忘れたはずの夢が再び灯った。


「魔術のなんたるか、全てこのわたくしがアエルくんに伝授するわ!」


「え、いや僕魔術はそんなに得意じゃ____」


「こうしちゃいられない、今すぐ修行と研究に移るわ!編集者から逃げるのは今しかないのよっ!」


 かくして少年アエル・ニラセフは世界最強の魔術師であるアメリア・フランシスカに拉致されてしまう。


 気づいた時にはアエルはお姫様抱っこをされ、空中を物凄い速度で移動していた。

 一言でも言葉を発しようものなら舌を噛みかねない。

 アエルは目を瞑り、アメリアから落ちないように必死に祈っていた。


 程なくして、ふわりと着地する感覚が体を襲う。


「師匠、ここ……どこですか?」


「隣のジョア州。レイク州はどうにも帝国の影響を受けやすくて、派手に動くと上層部に怒られてしまうのよ。」


 アメリアに抱えられ、空中を飛んで連れてこられたのは彼女の研究室の入り口。

 レンガを積んで作られた建物で、レイク州で彼女が住んでいた豪邸とはかけ離れた物件だ。

 中に入ると、ツンと古い本とカビの匂いが鼻腔を突く。


 先ほどまで二人がいたレイク州は昔サリ帝国という国に支配されていた過去があり、現在は独立しているが最近きな臭い噂が立ち始めている。

 曰く、魔王がレイク州を狙っているとかいないとか。

 アメリアは余計な思考をやめ、今打てる最善策を模索する。


「わたくしの研究室は編集者も把握してないはずよ。そして、アエルくんには師匠として一つ命令をします。」


「命令、ですか?」


 きょとん、と首を傾げるアエルに向かって、彼女は手を振り被り大仰な態度で宣言する。

 今考えた、恐らく最善策を。


「ジョア州の魔術大会で優勝しなさい!わたくしの弟子として、まずは国内にお披露目するのよっ!」


 魔術大会と言えば聞こえはいいものの、その実態は闘技場コロシアムだ。

 表向きは魔術の発展と実用性を、「実験体」を戦わせることによって得るデータ収集を目的としている。

 が、表向きはというからには勿論裏がある。


 人間が作り出した種族である実験体……「魔族」を戦わせて、どちらが勝つか賭けをする。

 つまり、ギャンブルである。


「魔術大会……というのは耳に挟んだことがあります。ですがあれって人間出られましたっけ?」


「魔族だけの見せ物ショーだと国から正式な認可が降りなくて、公営権を取るために人間部門の正式な大会も開設したのよ。去年はがっぽり儲けさせてもらったわ……ふふふ。」


 ちなみにアメリアは、過去に二連覇しているため殿堂入りしたらしい。


「魔術師としてのアエルくんの腕はド三流もいいところよ……だから、わたくしがまずは魔術師との戦い方を教えてあげるわ。」


「……それは、世界最強の剣士になる事に必要な事ですか?」


 稼がせてもらった、という言葉を聞きジト目で訴えかけるように尋ねる。

 しかしアメリアは尚も胸を張り答える。


「アエルくん、現代最強の一角に触れてみる気はない?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

世界最強の魔術師の弟子が極めたのは、固い剣を作る魔術でした。 @mainitiganbaru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る