世界最強の魔術師の弟子が極めたのは、固い剣を作る魔術でした。

@mainitiganbaru

第1話

 いつからだろうか。

 魔術は憧れではなくなり、飯を食う手段としてしか見えなくなったのは。


 最年少で魔術学園を卒業し数年がたった。

 たくさんの論文を出し、冒険者としても数々の実績を残し理論だけではないと実証し続けた。


 一人暮らしなのに豪邸に住み、人生四回は遊んで暮らせるだろうお金を手に入れた。


 しかし、私の心の奥底に眠る得体のしれない欲求は膨れる一方だった。


 本当は好奇心の赴くままに魔術の研究をして一日過ごしたい。

 だらだらベッドで横になりながら本を読んでいたい。

 ペットのねこを一日もふもふしていたい。


 だが私には仕事がある。

 もうこんなつまらない生活抜け出したい…

 なにか、とても面白くて刺激的で、心揺さぶられる出会いでもあればいいのに。


 世界最強の魔術師と恐れられていた一人の少女の願いは、思いもしない形で実ることになる。

 これは、そんな夢見がちな少女と一人の少年の出会いから始まる物語である。


 時は進み、ある日一人の少年は最強の魔術師と名高いアメリア・フランシスカの元を尋ねようとしていた。


「アメリア様なら…きっと、きっと知ってるはずだ。」


 急ぐような速足でそうつぶやく少年の見た目はまだ幼く、黒髪に交じる数束の金髪が目を引いた。

 彼は事前に魔術学園に問い合わせをし、彼女へのアポの予約が取れたのが二か月前のこと。

 少年はこの日を、夜も寝れないほど楽しみにしていた。


「魔術師なのに近接戦がしたいぃ~?」


 少年の思惑とは裏腹に、開口一番呆れられてしまった。


「はいっ!僕の魔術は物質の硬化を得意とします!なのでそれを最大限生かせる戦闘スタイルをご教授いただければとっ!」


 世界最強の魔術師と自他ともに認める、銀髪の幼い少女は眉を顰める。


「いいかい少年。わたくしは魔術師であって、近接格闘家ファイターでもなければ便利屋でもない。確かに冒険者として活動していた時期もあったが…そもそも君みたいな少年がどうやったらわたくしにアポイントメントなんてとれたっていうの?」


 少女__アメリア・フランシスカの小言はなおも止まらない。

 連日収まることを知らない取材と会合、論文提出の合間の一息を今こうして邪魔されているわけだ。

 彼女の機嫌は今、最高潮に悪い。


「いや言わなくてもいいわ、どうせあなたの親のコネでしょう。そんなすねかじりの生意気なガキに教える魔術なんて1単語カウントたりとも存在しないわ。」


 親のすねかじり、アメリアが世界で3番目に嫌いな言葉だ。

 ちなみに嫌いな言葉1位は締め切りである。


「僕に親はいません。」


「…は?」


 しかしアメリアの予想は裏切られることになる。

 なおも元気に威勢のいい声で少年は続ける。


「家がないので当然戸籍もなく、魔術を学ぼうにも魔術学園は戸籍情報がないと門前払い!僕にはもう、アメリア様しか頼るべき人がいませんでした!」


「い、いやそれでもわたくしを頼る道理はないと思うわよ…」


 町には衛兵がちゃんと駐在しているのだから。

 いや、そこよりも先に突っ込む場所があっただろうと遅まきに気づくと、慎重に声を上げる。


「それより戸籍もないし親もいないってことは、あなた孤児なの?」


 外国からの移民はさして珍しくない。

 戦争孤児だって探せば数人はいるだろうし、孤児院の出身だろうかと勘繰る。


「いえ、僕は普通に親と家がないだけで孤児では…僕、孤児だったんですか!?」


「知らないわよ」


 この少年はスパイだろうか。

 しかしこんな疑わしいスパイならもはや清々しい。


 アメリアは吹っ切れた気持ちで接することにした。


「良いわ、気に入った。どうせ一日暇だしあなたの魔術、このわたくしが見てあげるわよ。」


「本当ですか!?ありがとうございますっ!」


 目の前の少年の顔がパア、と明るくなり笑顔でうなずく。

 柔らかい黒と金の髪が揺れる。

 まるで猫のような少年だ、アメリアはそう思った。


 玄関先で長話をさせるわけにはいかないので、無駄に巨大な館に少年を招き入れる。


「少年、名前はなんていうのかしら?」


「アエル・ニラセフです。それにしてもこんなお屋敷に一人で住んでいるなんて…やっぱりアメリア様はすごいです!」


 正直アメリアは自宅にまで得体のしれない少年を入れる気はなかった。

 もし暗殺者やスパイなら間違いなく悪手。

 …しかし、それらの理由は自身に湧き出る知的好奇心を抑える理由足り得ないのだった。


「それと、わたくしは戦術家でもないからあなたの求める情報が得られなくても文句を言わないことね。」


 これは気まぐれなんだから、と付け足すアメリアの歩みは弾んでいた。


 そのまま長い廊下を抜け、中庭に出る。

 大きな館の中心を丸々くりぬいて吹き抜けにした、贅沢空間だ。


「早速だけど硬化…ってことは物質の強化よね?やってみてもらえるかしら。」


 拾ってきた木の枝を渡し、強化魔術の行使を促す。


「い、いきます!」


 アエルはいつものように意識を集中させ、目を閉じ一度深呼吸をする。

 目を開く。

 海を思わせる青い目が一際大きく輝く。


 手のひらから木の枝に、大量の魔術式が流れ込む。

 青白く発光する木の枝はいっそ神聖にすら思えた。


「出来ました…アメリア様?」


 アメリアの手は震えていた。

 瞳孔は開き、衝撃のあまり膝が笑う。


「無詠唱だと。は、ははは…」


 ぽつぽつと、笑い声が静かな中庭に響く。

 ゆっくりと彼女の頬が吊り上がる。


「アメリア様!?大丈夫ですかっ!」


「いやなに…そうか、お前がそうなのか。わたくしが…フランシスカの家系が追い求めたものは、!」


 アエルは一向に事情が掴めず右往左往する。

 そんな少年の様子をよそに、アメリアは心底愉快であるといった様子で腹を抱えて笑う、笑う、笑う。


「はははは!決めたわよアエル!あなた、わたくしの弟子になりなさい!」


「ええ、ええええええ!?」


 こうしてアエル・ニラセフは世界最強の魔術師の弟子となった。

 そして二人の運命の歯車が今、ゆっくりと回りだす。

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