潮騒おにごっこ
折り鶴
潮騒おにごっこ
よくあるじゃないですか、駅のホームで学校とか職場とか行くべき場所に行く気になれず乗るべき列車を見送ってただぼーっと佇むみたいなシチュエーション。いまのわたしがまさにそれ。で、これもよくあるじゃないですか、行くべき場所へと行くことを放棄してなぜか思いつくままに海を見に行ったりしだしたり。それでわたしも海とか行ってみたいなと思ったんだけどここは国内に八つの海無し県でどの列車へ乗れば海へ近づけるのかてんでさっぱり。たぶんポケットのなかの便利な道具をいじればそういうの調べられるんだけどでもそんなの調べる元気があるならこんなとこでぼーっと突っ立ってないんですよね、元気というよりは気力みたいな。だからどこにも行けないわけです。じゃああれですよ、いちばん遠くまで行ける切符を買って行けるとこまで行くみたいなやつ。でもお恥ずかしながらわたし切符買ったことないんです。かばんに入っているのは定期と一体化した残高八円の交通系ICカードでこれしか使ったことない、切符の買い方知らない、そもそもお金ない。まあでも電車って目的地までの切符なくても乗れるのは乗れちゃうよね、降りられないだけで。よしじゃあいっちょう乗ってやるか! って急にちょっと元気がわいたんだけど一瞬で萎んだ、なんか補導とかされたらどうしようみたいなそういう心配をしちゃうわけです、臆病だから。なにせわたしの髪の下ではためくセーラー服の襟といえば紺地に白のラインが入ってるだけならまだいいのにやけに繊細なふりした刺繍の花が刻まれてるから所属が大っぴらに公開されちゃってるんですよ、それで周りはすぐわかるんですよこの子が行くべき場所はここですよーって。この列車に乗ってるのはおかしいですよーって。もう詰みじゃん。どうでもいいけど『詰み』っていい言葉ですよね、どん底のぐじゃぐじゃの感情をこんな適切に表現できる二文字まあないですよ、いまのわたしの八百文字のぼやきだってこの二文字に集約されるわけです、詰み。
そしたらさ風が吹いたんだよね、わたしに向かってじゃなくてわたしの後ろから吹いたんです、追い風。ぶわって髪が顔にまとわりついてああ邪魔だなって思ってでも払いのけるのも億劫でやっぱりわたしは突っ立ったままで、するとね、急に、聴こえたの、音、潮騒が、聴こえたの。
こちらへ向かって、寄せては、引いて、また寄せては、満ちてくる。
追いかけてくる。
それからふっと躰が肩のあたりが軽くなった、なんでかなって思ったら、視界の端に舞う白いものがあって雪にしてはまだはやいよなあ不思議だなってなってそこで気づいたの、あれわたしの花だって、セーラーの襟の刺繍の花。
ふよ、ふよよと空を舞って、軽やかに、どこまでも、いいねえ君は旅立てたんだね。じゃあわたしも行けるかな、どこか行けるかなあ、遠いところ、知らないところ、誰も知らない見つからないところ、聴こえる、波の音、打ち寄せる、攫ってくれ、連れて行ってほしい、嘘、やっぱり自分で行くよちゃんと自分で行きたいよ自分で見つけたいよ行ける場所も行くべき場所もぜんぶ自分で見つけたいよそしたらそのときは今度こそ襟に咲く花を愛せると思うほんとは花も刺繍も好きなんだだから舞ってて待っててねいつかちゃんと追いつくから見つけるから行くべき場所を見つけるからだから「お客さん終点ですよ」どこにも行けない。
潮騒おにごっこ 折り鶴 @mizuuminoue
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます