秋月国奇譚『宇宙船内の悪夢』

今村広樹

本編

 発見された小惑星を調査するため、秋月国から発射された宇宙船『暁』が派遣されて1週間となる。

 しかし、船内で異変が生じた。

 突如、船内のシステムがダウンし、乗組員が意識を失ったのだ。そしてその2日後……。

『警告。本船は何者かに占拠されました』

 そんなメッセージとともに、モニターの映像が乱れた。

 同時に艦内からすべての隔壁と扉が閉じられ、外部との連絡手段も遮断されたのだ。

 1日目は何も起こらなかったが、翌日になって状況は一変する。

 船内を奇妙な物体が徘徊するようになったのだ。それらは人型をしており、全身がメタリックな銀色をしている。

 身長は170センチ前後だが、頭部はヘルメットのように平べったく角張っており、両肩にも突起がある。また両手には鋭い爪のようなものが備わっていた。

 その見た目からして人間ではなくロボットであることがわかるが、このようなロボットを見たことも聞いたこともない。

 さらに不可解なことはもうひとつあった。それはこのロボットたちのことである。

 船内を自由に徘徊しているが、なぜか乗員を襲うような素振りを見せないのだ。それどころかこちらが声をかけてもまったく反応せず、無視するように通り過ぎていくだけである。まるで意思を持たない操り人形のようだ。

 2体のロボットを除いて。

 そのロボットたちは何かを探すように歩き回っているが、時折こちらへ顔を向けてくる。まるで観察されているかのような感覚だ。

 そしてその視線を感じる度に寒気が襲ってくる。

 なぜこんなことになっているのかわからない。

 だが今はこの状況を受け入れ、生き残ることを考えなくてはならない。そのための行動を起こすことにした。


「……ダメか」

 私はモニターの前で呟いた。

 先ほどから船内の様子を確認しようと試みたが、何度試しても結果は同じだった。やはり外とは連絡が取れなくなっているらしい。

「いったいどうなっているんだ……」

 そう独り言をこぼすと、背後にある端末が鳴る。

 振り返るとモニターに見慣れぬ表示が現れた。そこには文字が表示されており、『至急、艦長室までお越しください』と書かれている。

(艦長室に? なんだろうか?)

 不思議に思いながらも立ち上がり、部屋を出て通路を進む。しばらくすると大きな扉の前にたどり着いた。

 扉を開けると中へと入る。部屋の奥には窓があり、その下には大きなデスクが置かれている。その隣には観葉植物やソファーなどが置かれていて休憩スペースとしても使用できるようになっている。また部屋の入口付近にも同様の設備があった。

(あれは……)

 入口付近に設置されている棚の上を見ると写真立てが置かれていた。そこには4人の男女の姿が収められている。

(懐かしいな……あの時のことだな)

 4人が写っている写真を見ながら感慨に浸る。これは私がまだ学生だった頃に撮影されたものだ。今にして思えば若かったんだなと感じてしまう。

(さて、そろそろ本題に入るとするか)

 いつまでも思い出を振り返るわけにもいかない。それにここには自分ひとりしかいないため少しだけ気楽になれる。とはいえいつ誰が来るかわからないので早めに移動したほうがいいだろう。

「ん?」

 移動しようと一歩踏み出した瞬間、室内に設置されたスピーカーからブザー音が鳴り響いた。

 反射的に動きを止めると同時に壁の一部がスライドしたかのように横に開き始めた。

 やがて完全に開くとその奥からは2体のロボットが現れる。

 片方のロボットはすぐにわかった。なぜなら昨日からずっと探し回っていたからだ。だが問題はもう片方のほうだ。こちらは初めて見る機体だったが明らかに他のロボットとは違う部分がある。それは体全体が青白く光を放っていることだ。

 私は思わず目を見開いたまま動けなくなってしまった。目の前にいる存在に対して畏怖している自分がいることに気づいたからである。それと同時に言いようのない不安を覚えた。

(まさか……いやそんなはずはない! あり得ない!!)

 心の中で叫ぶが、私の本能的な部分が否定していた。コイツには逆らってはいけないという恐怖を感じている。それは今までの人生で一度も味わったことのない感情であった。

 私が動けずに立ち尽くしている間にロボットたちが近づいてくる。だが不思議なことに攻撃するような気配はなかった。

 そして目の前に立つと見下ろしてきた。

(くッ!?)

 体が硬直するのを感じたが次の瞬間、目の前のロボットの胸部から光が放たれ、それが顔に差し掛かる。

 眩しさに一瞬目を閉じたが、すぐに開けると視界が真っ白に染まった……。


「……うぅ」

 意識を取り戻した時、最初に感じたのは頭痛だった。

 頭を押さえながらゆっくりと起き上がる。周囲を確認するが見覚えのある場所ではないようだ。

「ここはどこなんだ……」

 周囲を見渡しながら呟く。

 確か自分は艦長室でロボットと遭遇したはずだが……。

(そうだ! アイツらは一体――)

 ハッとして立ち上がると周囲を警戒する。しかし周囲に人影はなく、ただ静寂だけが漂っていた。

「誰もいないのか……」

 ひとまず安堵するが、まだ油断はできない。何しろここがどこかわからないのだから。

 とりあえず落ち着くために深呼吸をする。

 それから改めて自分の置かれた状況を整理してみることにした。

 おそらくあのロボットたちによって連れてこられたのだと思うが、その目的は何なのかまったく想像できない。

(考えていても仕方がないな……よし)

 とにかく今は行動するしかない。

 意を決して部屋を出ると通路へと足を踏み入れた。

 通路は薄暗く、天井にある照明のおかげでかろうじて視認できる程度だ。この様子だと灯りが点いているのはこのフロアだけのようだ。

 そのまま進んでいくが特に何も起こらない。どうやら侵入者に対しては特に興味が無いようだ。

 しばらく進むと突き当たりにドアが見えたのでそこに向かう。扉には電子ロックがかけられているが問題なく解除できた。

 中へ入るとそこは狭い倉庫のようになっていた。

 部屋の隅にはコンテナが積まれており、その反対側の壁際には大型リフトが置いてある。他には何もない殺風景な空間だ。

 リフトを起動させると下へ降りていく。すると広いフロアに出た。どうやら貨物室らしい。周囲には大小様々な木箱が置かれている。

 部屋の中央まで移動すると立ち止まった。

 ここに来てからずっと違和感を覚えていた。何か重要なことを忘れているような気がしてならないのだ。

 必死に記憶を辿ってみるものの、それらしきものは見つからない。

 そもそも私はどうしてこんな場所にいるんだ?

「ようやく気づきましたね」

 声がしたのでそちらを見ると例のロボットだった。かれ?が指導者らしい。

「気づく?なにを?」

 尋ねるが相手は答えなかった。

 代わりに背後にあるモニターを指し示す。そこには先ほど見た艦内の映像が映し出されている。

 そしてそこに映っている人物を見て絶句した。

 そこには私の姿が映っていたからだ。

(どういうことだ?)

 呆然としながら見ていると画面の中の私が動き出した。

 なにか端末を操作している。

「まさか……」

「そうです。あなたがわたしたちを起動したのです。そして……」

 そこで言葉を切るとロボットはこちらを見た。

 私は思い出した。

 ロボットたちを起動したのは私だ。そしてそのロボットたちは私以外の乗組員を……。

「ああああああ!」

 絶望のあまり叫び続ける私をロボットが哀しいという感情がある風に見ていた。

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秋月国奇譚『宇宙船内の悪夢』 今村広樹 @yono

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