第8節

 俺の魔術で大騒ぎしているのも束の間、さらに大きな衝撃が俺たちを襲う。ゴトンと何かが落ちる音が聞こえたのだ。音のした方を見ると俺たちを背にアメリカが立っている。手にはナイフを握り、床には上半身だけの人形、壁には大きな斬撃痕。明らかナイフの刃渡りで出していい大きさのものではない。

「「「……」」」

 言葉が出ない。絶句ものである。なんでそれで科学担当なのか…。もういっそのこと俺と代わってくれよ。なんて考えていると先生の指示が飛んできた。

「次は実際に戦闘をしてみようか!といってもデータを使ったホログラムの模擬戦闘だけどね。今回に関しては実際の体に伝わる痛みは小さめに設定してあるから。安心してね」

 いきなり戦闘ですか。痛みもなくなるわけではない、と。本格的な戦闘じゃんか。

「まぁ、文句はたくさんあるだろうけど習うより慣れろ的な?火事場の馬鹿力でも出してくれたらうれしなー、なんて。あはは」

 あははじゃねぇよ。もうちょっと試してみたかったのに。

「相手は半魚人10人で能力も低く設定してあるから仲間と協力して倒してね。じゃあ、スタート!」

 前方数十メートル先に人影が複数、あれだな。

「うおおおお!前衛は任せろぉ!!」

 ストラーフが突っ込んでいく!

「待っ、おい!ストラーフ、作戦も何も考えてないだろうが!」

 そう叫ぶも頭に筋肉が詰まっているストラーフが止まるはずもなく。

「どうする?」 

 と尋ねる俺。

「どうするったってねぇ?」

 答える会長に

「あのバカを1回見捨てるのもアリ」

 本気であきれてそうなアメリカ。

「さすがにそれは」

「おとりとして使おうか」

「……仕方…ない」

 仕方がなく各々が武器を手にストラーフの後を追うことになった。

「痛ぇ!超痛ぇよ!助けてくれ!」

 10人の半魚人に半ばリンチ状態にされているひどい状態のストラーフを見つけた。ひどいというよりもはやむごい有様だ。右腕を失い、左腹に槍で突かれ、顔も3分の2がない。必死に左腕で抵抗しているが、たいしてダメージも与えられていないように見える。痛みが緩和されているとはいえ、その痛みは想像するのも憚られた。

 俺は、何をすればいい。何ができる。ストラーフを助けるために何が

「消せ」

 冷たい声音で放たれた会長の言葉はピアノ線を伝わり半魚人へと伸びていく。アメリカもナイフを手に走り出す。そこでやっと半魚人が俺たちに気づいて臨戦態勢をとる。

「くっそ!こいつら思った以上に硬いぞ!たかが10人だと思っていたが、これは……」

「半魚人は深海の水圧に耐えられるよう装甲が固い、とか理科の先生が言ってた気が……」

「どうりで。1人も殺せないほどとはな」

 軽口をたたきながら押されつつ応戦している会長とアメリカを見ても、動けない。動きたくない。銃を握る手が震える。自分は攻撃が来ない後衛だというのに震えが止まらない。上手く照準が定まらない。会長とアメリカは前衛で頑張ってる、ストラーフだって必死に抵抗している。

 何が模擬戦闘だ。ほぼ本物の戦闘じゃないか。助けを求める声も痛みを訴える声もひっ迫した会長の声も全部戦争のそれではないか。怒りが頭を覆う。

 いや、違う。この怒りは何もできない自分に対するものだ。撃つべきだ、撃たなければならない。ストラーフと交戦している半魚人の2人のうち1人の頭をぶち抜く。それが自分のやるべきことだ。自分の周りの空気が動くのがわかった。最高のタイミングで最高の場所に。たった一発の弾丸を。深呼吸、撃鉄を起こし、構え、照準を合わせて、トリガーを引く、発砲。

 弾丸は風。戦場を吹き抜けるたった一筋の風。音も光も全部追い抜かすほどの。

 命中。

 遅れて鈍い金属音と半魚人が倒れる音が響いた。戦場は静寂に包まれた。

「ふっははは、これは負けてられないなぁ」

 静寂を切り裂いたのは会長の笑い声。

「俺も頑張らなくちゃあなぁ!!」

 ぼろぼろの体での気力を振り絞ったストラーフの気合。

「殺らなくちゃ」

 静かに覚悟を再確認するアメリカ。

 会長が、ストラーフが、アメリカが一斉に殺気立つ。味方であるはずの俺すら総毛だつような、だ。刹那。会長の前にいた半魚人の首が落ちる。ストラーフと交戦していた半魚人の体に穴が開く。アメリカと対峙していた半魚人が崩れ落ちる。

「反撃と行こうか」

 ぞっとするほど冷酷で残酷でそして、魅了される声で会長が言う。反撃開始だ。

 会長は、先ほどまでのピアノ線を自分の周囲に張り巡らすのをやめ、素早く動かし、殺傷能力だけを高めた戦闘スタイルをとっている。近づかれてしまえばそれで終わりだが、そうさせないのが会長だ。アメリカのサポートだってついている。ピアノ線だけだと火力は乏しいので、魔術を乗せて使っている。しかし、そう何度も使えるわけではないので、大事な場面、最後のとどめや防御しきれない時だけの使用だ。

 ストラーフは、大きく体を損傷しつつも何とか半魚人を抑えられているといった状態だ。今は完全に防御に徹し、俺たちの方に行かないようにしてくれている。さっきの半魚人に穴をあけた技は訓練でやっていた自身の拳に炎をまとわせ放ったものだろう。威力は比べ物にならないほどに高いがな。火事場の馬鹿力といったところか。先生の予想通りになってしまったことが悔しい。

 アメリカは、会長の援護だ。会長が仕留めそこなった獲物のとどめや防御しきれそうにない攻撃の対処など確実に自分の仕事をこなしていく。なにぶんアメリカの斬撃は高火力、高燃費だ。使うタイミングさえ合えば現生徒会だったら最強の火力だ。

 そして、俺はというと、戦況を見つつ狙いを定めている。サボり?とんでもない。援護射撃ぐらいはしているさ。魔術は込めていないだけだ。俺の武器は魔術を使った時の高出力が長所だ。魔術を使わなければただの遠距離系一般武器だ。それに使用する魔術元素の数も多いし、弾込めのせいで連射性も低い。アメリカのようなタイミングが合うことが前提の武器なのだ。まだ撃てるタイミングではない。会長はアメリカに任せてストラーフの援護に徹するべきだ。

 前衛の半魚人3人を片付け、残るはストラーフが抑えている2人と司令塔になっていた1人だ。

「会長、ストラーフのとこの2人は私に任せて。残りの奴が一番強い。明智も会長の援護よろしく」

「ああ、任せろ」

「わかった、アメリカも気を付けて」

 ストラーフとアメリカが2人を、俺と会長が1人をそれぞれ倒すことになった。

 <会長&明智ペア>明智視点

 司令塔の半魚人は他の個体よりも一回り大きい。おそらくだが防御力も上がっている。倒すには高火力必須。つまり、魔術を使うタイミングが重要。

 前衛は会長。後衛は俺。会長が半魚人の動きを封じ、俺がとどめをさす。激しい攻防が続き、一度会長が後衛に下がってきた。

「明智、こいつが糞ほど硬いのは理解していると思うが、装甲と装甲の間が微妙に空いているのがわかるか」

「ああ、そこを狙えってことか?」

「頼むよ。最初に足首を最後は首だ」

「了解」

 再び前衛に会長は戻る。半魚人が突き出した槍を低姿勢でよけ、装甲の合間の足首にピアノ線を巻き付け、スライディング。見事に右足首を切断。それでもなお攻撃しようとする半魚人の頭に俺が無強化のを一発。帰りざまに両腕の関節部にピアノ線を巻き付け、動きを止める。俺が2丁のマスケット銃で連続で撃ち貫く。宙に舞う2つの手。半魚人が口に槍をくわえ振り回す。跳躍。背後に回り込んでピアノ線を首に巻き付ける。地面に着地。そのまま踏み込み半魚人の首を落とそうとする。もちろん魔術を込めたピアノ線だ。

 それに合わせ俺も今まで準備してきた弾丸を打ち込む。半魚人の首元に確実にたたきこむ。会長のピアノ線が食い込んだその瞬間。その1点だけを。穿つ。動機が早まる。トリガーにかけた指が震える。それも全部乗り越えていく。一瞬会長と俺の思いがリンクする。

「「いっけぇぇぇぇ!!!!」」

 発砲。俺の弾丸は会長の魔術回路をも巻き込み、風と闇の両属性に覆われ、半魚人の首を貫く。

 会長のピアノ線は半魚人の首を切断。ドシンと首から流血した半魚人の体が倒れた。

 <ストラーフ&アメリカペア>アメリカ視点

「助けに来た」

 アメリカが声をかける。

「おう、助かるぜ」

「どういう状況?」

 敵と交戦しつつ状況の確認は怠らない。

「敵が2人、ほぼ無傷だ」

「……きつい」

 硬い敵が2体。どう切り抜けたらいいの。私の魔術は一回の使用で殺すことはできる。けど、私の魔術回路じゃあ魔術元素の量が足りない。一度に2人やるしかない。

「なぁ、アメリカ。水と炎って合わせるとどうなる?」

 唐突にストラーフが言う。

「は?」

 思わず突拍子もない声が出てしまう。

「俺の魔術とアメリカの魔術を組み合わせたらどうなるかって言ってる」

 それだ!一度に2人殺せる高火力。それは私とストラーフの魔術の合体。

「ストラーフ。これ握って」

 ナイフを手渡し、魔術を使うことを促す。そして私も握る。ストラーフの血でぬれたごつごつした手があったかい。私の水とストラーフの炎。

「いくよ」

「おう!」

「「いっけぇぇぇぇ!!!」」

 バシュッと2人の半魚人の体が裂けた。

 

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宵闇残光記 メガーネ @mega-ne

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