バチバチピアス女子が、隣の席の彼に恋をした。
ぽえーひろーん_(_っ・ω・)っヌーン
名前も、声すらも知らないあの男の子
名前も知らない男の子を好きになった。
私の、普遍的であった日常が崩れたのは
間違いなく、その事が原因だと言える。
休日の土曜日の午後、外から帰る時
いつもバスの隣の席に座ってくる彼
まだ1度も話したことも無いけれど
気が付けば私は
その瞬間を待ち望む様になっていた。
この時間はバスが混むので
ほとんどの席が埋まるのだが
私の隣だけは、何故か空いているんだ。
友人曰く見た目がおっかない、だそうだが
私自身は全く自覚がないので困ったものだ。
ピンで止めた明るい緑の髪
流行に合わせたブカブカのトップス
ネトショで買った6万のパンツに
ビンテージ物のスニーカー
ネックレス、アクセサリージャラジャラ
ピアスバチバチ、気合いを入れたメイク
いわゆる`イケてる`を目指して
徹底的に拘り尽くされた服装は
この都会に見事にマッチしており
通り過ぎる同年代の子らを見ては
`よし、私の方がオシャレだ`なんて
言い知れぬ幸福感を味わったりもする。
「……おっそ」
バス停で携帯を弄りながら
予定時刻を過ぎてもやって来ない
のろまなバスに対して悪態を付く。
断じて彼に会いたいからとか
そんな理由で怒ってる訳じゃないが。
舐めていた飴玉をガリッと噛み砕く
眉間にシワが寄っている、直せない。
「ちっ……」
ああ、舌打ちまで出てきた
これは相当イライラしているな
私は待たされるのが嫌いなんだ。
せっかく早めにバス停に来たのに
これならもう少し遊べたじゃないか
しても仕方の無い後悔をする。
やがて
交差点の向こう側から
目的のバスがトロトロ走ってきた
信号機に捕まってる場合じゃないでしょ
早く来てよ早く……まったく、もうっ!
それからたっぷりと時間を掛けて
バスがバス停に侵入してきて
プシューっと音を立てて扉が開き
中の人が降りるのを待って
邪魔にならないように避けてあげて
途中、おばちゃんに頭を下げられて
こちらも下げ返して、私はようやく
待ち望んだ……いや、待ち望んでない
帰宅する為だけのバスに、普通に乗り込み
いつものように、いつも座ってる私の席に
……別に期待してる訳じゃない。
私は歩いて
日常的に?座っている席に向かおうと
足元を見ていた目線を顔と共に上げて——
上げて、私の時間は止まった
——ドクンッ
顔が赤くなったと思う
つい視線を逸らしてしまった
私は見たのだ、いつも座る席に
既に、例の彼が座っている光景を
目にかかるくらいの髪の毛
ちょっと犬みたいな感じがする
顔立ちは凄く優しそうなのに目が鋭くて
ファッションも、かなりイケイケなんだ
いつもと逆だ、いつもだったら
先に私が座っていて、例の彼は後から
私の隣に座ってくるはずなのに、何故。
やっば髪へんかも、埃着いてない?
ちくしょう今鏡見れない、終わった
……落ち着け、落ち着け私
内心の焦りは決して表に出ない
行動は実にスマートに行われている
行動というのは、つまり習慣であり
習慣というのは要するに、そういう事だ
私は覚悟を決めた
「横、良い?」
「いいよ、こんにちは」
「ん……こんにちは」
サラッと初会話を済ませながら
ちょこん、と隣の席に座る私。
そんな声してたんだ、君
声初めて聞いた
意外と中性的って言うか
の割にちょっと掠れ気味?
歌うまそう
やがて、バスはゆっくり走り出した
ここから目的地までは、時間が無い
ほんのわずかな間しか隣に居られないのだ。
せっかく話したんだし
流れで会話続けてみようかな
いい機会だし、進展を狙ってみよう。
私はスマホを取りだしながら
興味無いふうを装いつつ、横目で
しっかり様子を伺いながら、ぽつりと
ごく自然に見えるように
たった短く、ひと言だけこう言った
「いつも会うよね」
なるべく高く聞こえるように
私は声が低いから、ちょっと気にした。
すると
「あ、今日は話し掛けて来るんだね」
彼は、片耳のイヤホンを外した
髪の隙間から見える目が私と合う
つり目だ、だから髪長いのかな?
多分コンプレックスなんだ
「タイミング見てたんだ」
ちょっと思わせぶりな事を言ってみる
スマホを弄る手は、既に止まっている
顔は前を向いたまま、視線は横に固定
鏡を見たい衝動を必死に堪える。
顔、赤くないかな
声、上ずってないかな
たぶん大丈夫、がんばれ、私
「いつも会うのに、いつも話さないと
なかなか機会掴めなくて、困るよね」
反応は、案外好感触だった
思わせぶりな言動に対して
思わせぶりな言動で返された
女に慣れてるなーと思った
たぶん彼女とか居るんだろうな。
ちょっとだけ落ち込む
でも、直ぐに復帰する。
落ち込んどる場合じゃない
今の時間を大切に過ごさなくては。
「今日は早いんだね
いつもは後から乗ってくるのに」
すると彼は、苦笑いをしながら
バツが悪そうにこう言った。
「実は、いつも乗り過ごしてるだけなんだ」
「乗り……???」
「時間、見れなくてさ」
ここに来て驚きの真実が発覚した
ひょっとしたら結構アホなのかも。
「え、乗り過ごしてるってことは……
わざわざ次のバス停まで走ってるの?」
「走ってる走ってる」
え、走ってるとこ見たい
今度バスに乗る時は窓の外
注意して見たら、見れるかな
必死な顔して走ってんのかな
それとも涼しい顔して走ってるのかな
……と、ここで
とある疑問に気が付いた。
「……その割に、息切れて無くない?」
バスに乗りこんできた彼は
息ひとつ上がってるのを見た事がない
「走り慣れてるからね
あんなんじゃ、バテないよ」
もし本当に走ってるんだとしたら
相当体力がある、運動神経良いのかな
「ふっ……なにそれ、なんかおもしろ」
想像したら笑えてきた
なんだかとっても間抜けな絵面だ
ぜひ見てみたいという気持ちが湧く。
すると
「あ……笑った顔、初めて見た」
彼がそんな事を言い出した
そりゃそうだろう、だってそもそも
話した事すら無かったんだから。
ここで、私の心には
ちょっぴり悪戯心が生まれた
「良かったね、見れて」
そんな事を言ってみた、すると
「ギャップ萌えかな」
特に照れるでも困るでもなく
普通に、速攻で返してこられた
思っていた反応では無かった。
やっぱりこういうの慣れてる
この人は、多分相当モテてる
この余裕、絶対に間違いない。
……などと、
不用心に思い込んでしまったのが
私の命運を分けたと言っても過言では無い
決め付けは良くない
先入観は大抵ろくでもない結果を産む物だ
私は、その事を知っていたにも関わらず
思いっきり術中にハマってしまっていた。
女慣れしている
という思い込みのせいで私は
この後の彼の言動に、超特大の
回復不能のダメージを負うことになる。
彼はこう言った
「……ちょっと変だったね、今の」
目と顔を背けながら、口元に手を当てて
自信が無さそうに紡がれた言葉の意味を
私は、一瞬理解できなかった。
「……え?」
「返し方を間違えた気がして」
「いや、いいけど……別に……」
心ここに在らず
え、何そのピュアっぽい反応は
頬掻きながら?ちょっと目逸らして?
なんか、その、都合悪そうなカンジ?
恥ずかしいってか
照れてるって言うか
え、その見た目してて
そういう反応、する?
「やー……ムズいねホント」
困ってる
どう見ても困っている
物凄く不器用な男なのか、それとも
こういう事に慣れてないからなのか
そんな事有り得る……?
「……」
「……」
何、この沈黙
なんか顔あっつ、なにこれ?
そっち見れんし、会話止まっちゃったし
なんスかこの空気、マジ意味分かんない
意味分かんなく無いけど意味分かんない。
「あちぃー……」
パタパタと手で顔をあおぎながら言う
「あ分かる、暑いよね」
彼もそれに同意してくる
「んんっ……」
つい叫びそうになったのを
咳払いで必死に誤魔化した。
暑いよね、じゃないよ!
誰のせいだと思ってるのさ
顔真っ赤なんだけど、やめてよ。
女慣れしてそうな空気出しておいて
そういう、ピュアっぽい反応するの
ダメでしょ、反則でしょ、失格失格
ギャップ萌えはどっちの事なのよ
可愛すぎるでしょ、好きんなりそう。
「あ、あの」
しばらく沈黙が続いたあと
隣から、声が掛けられた。
私は窓の方に体を向けて
そっぽを向けてしまっているので
彼がどんな顔をしているか分からない。
「ん……」
返事が素っ気ないのは
紛れもない照れ隠しだった。
何を言われるにしても
そうだ、平静を保っていよう
何も難しいことはないさ、大丈夫
何を言われても——
「好きなタイプって何ですか」
「っ!?ゴホッ……ゴホッゴホッ!」
むせた
「うわ、え、ごめん大丈夫……?」
はあ!?直球!?嘘でしょ!?
「そ、それ……ナンパっぽいし
思わせぶりなこと言うの止めな?」
咳き込んで涙目になりながらも
動揺のあまり、つい指摘してしまった
いやだって、あまりにも急すぎたから。
余計な発言だったかな
なんて心配していると。
「思わせぶりじゃない……かも?」
「……え?」
彼はとんでもない事を言い出した。
「いや!その……いつも、声掛けれなくて
でも今日は話せたから、つい……なんか
テンション上がっちゃって
ナンパみたいな事……して、みました」
`あー何言ってんのかな、僕`と
頭をかいて恥ずかしそうにする彼
「——」
絶句
だってそうだろう、だって、今のは
実質的に告白みたいな物じゃないか
向こうも私を気になってたって事だから。
「仲良くなりたくて」
そう言って、ちょっと照れ臭そうに
無邪気な笑みを見せる彼に、私の心は
ときめくのが止まってくれなかった。
おかげで
「じゃあその……よ、よろしく……?」
こんな訳の分からない返答を
返す羽目になってしまった
自分の言葉の意味すら分かっていない。
これでは良くないと思い
何かを言われる前に自分から
もうひとつだけ補足しておいた。
「あと自分、彼氏いねぇーっす……」
「そ、そうなんだ……ー」
あーもう、嬉しそうな顔!
「ちょっと!一旦落ち着かせてほしい
具体的に言うと、静かにしてほしい」
「オッケ分かった……!」
その、嬉しそうなキラキラした目
やめてよ、私が馬鹿みたいじゃん
まだだよ、まだ好きかどうかとか
そんなの、分かんないはずなんだから
そういう反応されると、なんか
なんか、耐えらんないからやめて欲しい。
「……
かろうじて、何とかギリギリ
名前を言う事には成功した、もう無理
これ以上は正気を保てない、変になる。
「
お互いに知っているのは
まだ名前だけ、それも苗字だけ。
声だって今日初めて聞いたし
趣味も性格も、全然知らない
でも多分私は彼の事が好きだし
向こうも……いや、それは願望かな。
でも、とにかく
始まってすらいなかった関係が
ちょっとした偶然により変わった。
でもそっか、柏田くんか
なんか良いな、うん……良い。
とりあえず、現段階で言えることは
この瞬間から約2ヶ月が経過した頃
別々のバス停で降りていた2人が
同じタイミングで席を立つ様になる
という事と
……まあ、特別に
もう少しだけ言ってしまうと
2人の片手が塞がっている
という事だけであった——。
バチバチピアス女子が、隣の席の彼に恋をした。 ぽえーひろーん_(_っ・ω・)っヌーン @tamrni
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