5.
ニスミレは不思議だ。ラルラーが物心ついた頃からまったく変わらない、若くもないが老いてもいない顔立ち、白く閉ざされた
ニスミレはほとんど一年ぶりにふらりと
白い髪の人は
「どこに行ってたの?」 «Hérk dj'uróch't? »
ニスミレは遠くを見たまま──というより、どこかに顔を向けたまま微笑み、いくつかの
「……これから起きることを見に行ったの?」 « Hár ainót háš el'eróf? »
ラルラーは言った。ニスミレは耳が聞こえないらしいが、どういうわけか人の発言を理解する。もしかすると、彼には人の抱く色が見えるのだろうか?
ニスミレは右の拳で胸を叩いた。
「見えた?」 « Gartz dj'ainóch't? »
ニスミレは微笑んだ。こんな具合なので、彼がどこへ行って何をしたのか分かったためしはない。
「ちょっと前まで……すごく、変な人がいたの」 « ve'maya Niroi chitii…… dj'urof An'heri turoviir érha. »
ニスミレは左手を開いて手のひらを外に向け、右手人差し指で右目の下を叩いた。
「見たの?喋った?」 « Dj'ainóch't vói? Artz dj'šmeróch't vía? »
ニスミレは右手のひらを外に向け右に動かした。
「ふうん……あのね、彼は、すごく……変わってた」 « Uh-hu …… Ná, urof…… lor kain turoviir. »
ラルラーはレイレについてどう説明して良いか分からなかった。
「アリトゥリの
ニスミレはコココと喉を鳴らした。これは彼が楽しい気分の時にやる、とラルラーは思っている。
「あと……よく、叫んでた。ソルハは、感情が頭の中に収まりきらないとああなるって言ってた」 « Ói'y …… gla' oskof. Sorkha, bašoch'f kér eþoradof Lenrimer sen Glu'oi vik ruma. »
ラルラーにとって、感情とはなんとなく漂う雲のようなもので、あれほど激しく鮮明な色を感じたことはない。
「あとね、その人が来てすぐ、バルバスと隠れてたんだけど、いつもみたいに……そうしたら、バルバスの昔の友だちに会ったよ」 « Ná, ilk Léire dj'úreloch't, dj'agiroch oés Bárbath meya cha-Kerna, rhaz digan …… ói'h dj'lerakich'f Tenäy'oi vik. »
ニスミレは手のひらを上に向けて指を半ば曲げ(火)、舌を鳴らして蹄のような音を立てた。
「そう、
ラルラーはしばらく
「……バルバスは仲間から離れてチェサル国に行って……なんでここに来たのかな」 « Hwiat Bárbath dj'turelch'f érha …… dj'rorch'f sen Tenäy'a, dj'anoch'f hár Chesalér…… »
バルバスにはまだ彼を慕う仲間も馬もいた。それでもその生活を手放した。
「バルバスがね……人は同時にたくさん色を持つことがあるって言ってた」 « Bárbath bašoch'f kér…… ranoli Fómérna lor malír…… »
風が吹き、二人の髪を揺らした。
「バルバスは……叫ばないけど……頭の中が色でいっぱいになって……それが……」 « Oskof nartze …… eþoradof Fórmér sen Glu'oi vik …… rúma …… »
ラルラーは自分が思っていることをどう言葉にして良いか分からなかった。あの時のバルバスは、少なくとも楽しそうではなかった。
「それに耐えられなかった……?だから、灰色の神殿に来たのかな……」 « dj'tenoch'f n'gartze……? Rúma, dj'turelóch'f hár Temnáia Meviír…… »
ニスミレは特に同意も反論もしなかった。彼はただラルラーの髪の毛を優しく梳いた。
**********
夜、ラルラーはふと目覚めて起き上がった。思いつきで壁に貼ったレイレの素描が、微かなオイルランプに照らされてさらにおどろおどろしく見える。
外から強い風が鳴るのが聞こえた。
ラルラーは首から下げた、
空は薄い雲に覆われていたが、
ラルラーはその人に近づいた。
「ラシエン……」 « Rašíen…… »
ラシエンは風の強い日に外にいることを好んでいた──いや、好きなのかは分からないが、よくそうしている。
彼は振り返り、暗くてはっきりしないが、おそらくやや顔を顰めた。
「神殿に戻りなさい」 « Dante 'aig Témnáia. »
「うん」 « Lá. »
そう答えつつ、ラルラーは
ラシエンが言った。
「眠れないのか?」« Negarze vrölót? »
「目が覚めた。ラシエンも?」« Novaróch'. Dóza té? »
「……」 « …… »
二人はしばらく黙ったまま薄闇に踊る風を眺めていた。
それから、ラルラーは言った。
「ラシエンは、どうして灰色の神殿に来たの?」 « Hwiat dj'turelóch't hár Temnáia Meviír? »
ラシエンはなかなか口を開かなかった……答えるつもりがないのだと思い始めた時、彼は低い声で言った。
「……取り返しのつかないことをしたから」 « ……Dj'írrnóch' énekhom'lúsá rrúma. »
「ふうん……?」 « Uh-hu……? »
ラシエンの言葉には北の方の訛りがあるが、心なしかそれが強くなったように聞こえた。
ラルラーはラシエンが見ている方向に目を凝らした。
「その出来事が……
分からない単語があったので、ラルラーは聞き返した。
「
「
「なったことある?」 « Dj'uroch'f ki? »
「私はないが、目にしたことはある」 « Né, ev dj'aynoch' kér. »
「よかった」 « Urof gariir. »
「……?」 « ……? »
「ラシエンの身体がもげなくて、よかった」 « Urof gariir, kér Gús teik dj'vlagof nartze, Rašíen. »
それからラルラーは少し考えて、何の話をしていたか思い出した。
「その、出来事は、なにを終わらせたの?」 « Kí, Húrim, háš dj'magóch'f? »
「すべてを……」 « Nóskoldoi…… »
「ふうん……」 « Uh-hu…… »
強い風が吹きつけて、ラルラーはそろそろ
「ねえ、私のもう一人の核の片割れってどんな人だったの?」 « La'y, Háš jak sea An'heria dj'uroch'f Binoša eik ínne? »
「さあ……一言話しただけで、彼は死んだ」 « Sorkho nartze …… dj'bašoch'f segus alle Glosarha, ó dj'arzhch'f. »
「なんて言ったの?」« Háš bašof? »
「自分が愚かだったからこうなった、と」 « "Uróch' botzith rúma." »
「ふうん……?見た目は?」 « Uh-hu …… Höl artzúr dj'aynoch'f? »
「黒髪で……東の方の服装をしていた」 « D‘kadroch'f Renigoi osmii …… dj'utekoch'f Ktovlói aregonii. »
「ふうん……」 « Uh-hu…… »
「角を模った杯を持っていた」 « Ó dj'kadoroch'f Lesenoi sea Yegharér. »
「角……それはどうなったの?」 « Yeghara …… hérk urof udjer? »
「さあ。土に還ったかもしれない」 « Sorkho nartze. Jétzk 'aiganochf hár Murthkér. »
「そう……」 « Ná…… »
ラルラーは自分の灰色の髪を見た。彼の髪は黒くないし、ラシエンほどきらきらしていない。やはり
「ラシエンは……」« Artz …… »
「なんだ?」 « Háš? »
「頭の中が色でいっぱいになったから、ここに来たの?」 « Artz dj'turelch't érha, eþoradof Fórmér sen Glu'oi teik ruma? »
ラシエンはラルラーの方を見た。わずかな明かりを集めようと、彼の薄い色の眸の中の瞳孔が広がっている。
ラシエンはなにかを答えそうな素振りをみせたが……結局なにも言わなかった。彼はラルラーの頭を撫でた。
「そろそろ──」 « Ðelhár — »
「寝る。ラシエンも」 « El'dano hár Oštenér. Oés téia, Rašíen. »
「……そうだな」 « …… Lá. »
「あのね、レイレの素描を壁に貼ったの」 « Ná, leh'och Narimíre Léirík kon Dondoi. »
「そうか」 « Hmm. »
「夜に見るともっとこわい」 « Urü vwi'borneer ar Yazenoi. »
「……そうか」 « ……Ná. »
二人は手を繋いで
Ðel Fómwi 火と風の物語 f @fawntkyn
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