第三話『そこにアイはあるか』 その㉓アリじゃした。


 それからは、あっという間の一週間だった。


 四月二十九日。火曜日。昭和の日。午後一時。よく晴れた青い空。


 三軒茶屋駅の駅前広場。そこに無理矢理に台を敷き詰めて小さなステージを造っている。


 お昼だからか人通りは疎らで、多くも少なくもない。

 初めてのライブをするには、最高の環境かもしれなかった。


「そうでも思わねぇとやってらんねぇしな」


 連日の無理がたたり、ハイになってるのかもしれん。頼れるメンバー共を見渡しても、誰も緊張した様子なんてない。なんか目をギラギラさせて薄っすら笑ってやがる。



 鷹木との一件が終わり、優妃の両親にもちゃんと謝ってバイトを辞めて、これで少しは落ち着くかなと思った翌日のことだ。唐突に世田谷線の職員から「次の祝日の昭和の日に自己紹介を兼ねたPRをしてくれないか」と、嫌がらせに近い仕事の依頼が入ったのだ。


 本来ならばオレが恥を晒す覚悟で適当な自己紹介をして終わりなクソイベント。だったのだが、そこで鷹木らを倒したことで調子に乗っていた面々は、いっそのことオリジナル曲を作ってそこでバンドの結成お披露目イベントにしちまおうと、なんかそうなった。


 よって、連日のミーティングと案出しやら作詞やら作曲やら音合わせやらなんやかんや。

 学校もろくに行かず、サメ子の製作所に泊り込んで曲作りに励んだこの一週間。サメ子だけはちゃんと事業もこなしていたが、そういうところに学生との差をやはり感じた。


 バンド名もろくに決まらない中で、殴り合い、絞め合い、撃ち合いながらやっとのこと完成した地獄のような一曲。我がバンドのデビュー曲だ。辛い思い出しかないけど、、



 でも、それを今日ここでぶちかます。


 器材のセッティングも終わり、サメ子もお揃いの制服に袖を通した。


 さぁそろそろだ! 結果がどうなろうがもうどうだっていい!!



「ねえちょっと! アンタらそんなんでほんとに大丈夫なの!?」


 バンドのマネージャー、兼オレの撫子のマネージャーとなった優妃。ステージを造るのにも色々と掛け合ってくれたし、イカしたポスターも作ってくれた頼れるマネージャーだ。


 マネージャー。とりあえず今はそれでいい。そこにいて欲しい。


 オレと優妃の微妙な関係が、程よく落ち着く距離が今はそこだったのだ。


「まー大丈夫ッスよ~~! アリサさんもボイトレはしっかりやってましたしー、演奏もそれなりにはもうミスらないッスから。それに難しいとこは録音で誤魔化すッス!!」

「堂々と言うことそれ!? てか目、顔よ! 新人のフレッシュ感が0なんだけど!!」


 優妃が変に騒ぐから人が立ち止まってきてしまった。みんなそのまま電車に乗ってくれ。


「ここでビビッてもしょうがねぇだろ! オラぁ! 俺のベースを聴けえぇ!!」 


 佐久間が舞い上がってベースソロを始めた。上手くねぇんだからマジでやめろや。


 サメ子に目をやると、これはこれでノンアルのビール缶を片手にトロンっとしていて、、



「まったく最高のメンバーだぜ」

「どこがよ!」


 優妃に手を引っ張られステージ裏に連れていかれる。おっさんや親子連れにも笑われた。


「アンタ分かってんの!? 撫子にとって一番最初が一番肝心なのよ! あんなろくでもない雰囲気のバンドで演奏するくらいなら、今からでもただの自己PRに切り替えて―」

「マネージャーとしては百点の答えだぜ優妃。でも、オレはお前の歌を聴いてボーカルをやってみたいって思えたんだ。そいつにしか歌えない歌はある。そうだろ?」


「はぁ……な、なによ今さらアホアリサ」


 あの日のお礼を、日頃のお礼を、今日くらいはしておこう。


「これから先な、オレはお前に色々と迷惑を掛けるんだと思う」

「え、なに!? ちょっと待って! それ本当に今言わなくちゃいけないやつ!!?」


 なんか焦り出した優姫を無視して続ける。


「バイトを辞めた身分でまだお前に弁当を作って欲しいとすら思ってる屑なオレだ。でも、そんなオレでも、惨めだろうと足掻いてみようって思えたのはお前のおかげなんだぜ優妃」


 いつものご機嫌取りでもなんでもない、素直な言葉が口から溢れ出てきた。

 きっとこれから一曲歌うせいだな。まぁどうせこういう時にしか言えねぇんだけどさ。


 まだ言えない言葉もあるけど、

 それはもっと先にちゃんと言うから。


「ありがとな。これからはオレの良いところ、自分でもちゃんと見るようにするよ」


「そっか」


 優姫は満足したようにそう言って、空を見上げたかと思えば大きく息を吸い込んだ。


「ならしっかり歌いなさいよね! このアタシの胸に届くくらい!! もし届かなかったらもう二度とお弁当作ってあげないんだからぁ!!!」 


 耳がキンキンする。オレが塩っぽいこと言ってもビクともしない強い女だ。


 だから、オレはお前が好きなんだ。



「じゃ、行きなさいアリサ。みんなが待ってるわ!!」


 尻を力一杯ぶッ叩いてくる優妃。超痛いッ!!


「見せてやりなさいアリサ! 最高のアンタを!!」


「あぁもうスッキリだぜ優妃! 今までのこと全部忘れて、また今日からだ!!」


 ステージの上に戻った。不思議なことにさっきより客が増えてやがる。あんだけ後ろで騒いでりゃそうもなるか。メンバーの生暖かい目がキツいぜ。


 そして、マイクスタンドの前に立ち、ギターを構える。


「お姉ちゃーん! カッコいいよ~~!!」


 だろうなレオン君! オレはカッコいいレオン君のお姉ちゃんだ! 友達にも自慢しな!!


「アリ先ぇんん! 世界一可愛いよおおおお!!」


 よし、あいつはあとでぶっ飛ばそう。よく見たらマリもスマホガンのカメラをこっちに向けてニヤニヤしてやがる。その他にも三葉の奴がそこそこに集まっていやがって、、



「だからどうした! オレは三葉の撫子! 右十字のアリサだぁ!!」


 サメ子に目をやる、もうノンアルビールは呑みきったらしいっ!



「わーん! つー! わんつーすりーふぉおーー!!」



 バチの弾けるような音から、そして――、


 オレたちのバンド― 『アリじゃした。』 の初ライブが始まった。

 







『レジ人間』   アリじゃした。   作詞 甲本アリサ

                  作曲 サメ子




1 自分にしかできないことなんて ほんとはないのかもね

  私はそんなことを思いながら 誰にもできるレジに立つのです


  自給は千円 廃棄のお弁当もゲット 今日はシュークリームも落ちてんじゃん

  こういうちょっとした幸せが 積み重なっては消えていくんだ

 

  ああ そろそろフライも揚げなくちゃ 公共料金と郵送は正直めんどいです

  でも私 速くさばくから そんなに睨まないでね お願いします



2 ずっとなんとなくでしかないから こんな生活なのかもね

  私はそんなことを思いながら ダラダラとレジを打つのです


  人生は順調? 同期のSNSをチェック あなたにはそんなの関係ないじゃん

  そういう陰湿なマウントが 積み重なっては残っていくんだ

 

  ああ そろそろ家賃を振り込まなくちゃ 実家を飛び出た青春は正直しんどいです

  でも私 ズルはしないから 同情なんてしないでね お願いします



   タバコの銘柄は いつまで経っても覚えられない だって覚える気がないから

   クレームが入っても 頭を下げては謝らない だって謝る気がないから


   私にはそんなヒマはないの だからさっさと終わってよ

   今日だって いつだって レジ人間モードで切り抜けるんだ



  ああ! そろそろ本気にならなくちゃ 言い訳をする毎日は正直に終わるのです!

  もう私 ウソはつかないから きっと応援してよね お願いします








 自分達ではこれがどう聴こえていたのかなんて分からない。


 聴き返せば演奏のミスも沢山していただろうし、音程も何度か外した自覚はあった。


 二分半とちょっとしかない、短い、継ぎ接ぎなメロディラインの粗い曲だ。


 歌詞だってオレがレジに立っていた時のモヤモヤを、同じようなしょーもない境遇の奴を勝手に思って書き殴った言葉で、それらを繋ぎ合わせたようなものでしかなくて。


 不恰好で、毒たっぷりな、そんな自分達のデビュー曲。



 あぁ、でも、オレはこの歌が好きだ。

 たまらなく、なんか、好きだ。



 このバンドで、この会場で、この歌を腹から精一杯に歌えたことが何より誇らしい。


 気持ちが良いんだ。今日が最高の日なんだろう。


 歌もカラオケも、ろくに好きでもなかったオレが体の全部で最高だと思ってやがる。


 リハーサルでは決して味わえなかった、この感覚を、オレはあと何度味わえるのだろう。


 楽しみだよ。これから先が。本当に、、



「おい、アリサ! アンコールだってよ!!」


 佐久間がオレの肩を叩いた。……え、なに? アルコール??


「ボケッとしてんなアリサ! 戻って来い!!」


 ようやく、ボチボチと、、観客の顔が見れるくらいに現実に帰って来た。



 反応は、、、いいじゃんか。なんかすげぇ、な。


 バカにされて笑われてるのか、曲のテンポにノッてるのかは分からないけど、

 自分達が人の心を僅かにでも揺らした感触が、確かにここにある。


 顔をしかめて立ち去る人もいるけど、そういうのを含めてなんだか悪い気はしないぜ。


 アリじゃした。やるじゃん?


 ステージ横の優妃を見ると、「早くもう一回やりなさい!」とジェスチャーで促された。


 ほんともうマネージャーが板に付いてやがるよ。これからも頼りにさせてもらうから。



「みんなこれからよろしくなんだゾ☆ 大和撫子にオレはなるっ!!!」


 自分の出せる飛びっきり可愛い声で叫んでみた! しかも可愛くピョンと跳ねてだ!! 


 声援が返ってくる! 爆笑される!! レオン君も笑ってる!!!


 大和撫子になるなんて大見得を切ったけれど、その言葉に大した意味は無い。


 大事なのはなるとか、ならないとか、なれないとか、そんなんじゃないから。



 ただただやってやる。やってやってやり続ける生き方に意味があるんだ。



 それが今日からの右十字のアリサだ。逃げも隠れも言い訳もねぇ。生まれも育ちも関係ねぇ。中学時代とは違う、撫子でカッコいい、本気の右十字のアリサをこの日本中に見せつけてやるよ。



 そして再びサメ子のバチの音が聞こえて、、せーーのでっ!!



「その演奏! 待っていただけないかしら!!」



 …………えーーっと、まさかの寸止めだった。脳のハイな物質がグンッと下がっていく。


 観客の波が割れ、奥から現れたのは柔らかくひときわ大きい黄金の髪の持ち主。


 その歩き方一つ、誰にだって真似出来ない程に洗礼されていて、、


 そいつはオレと目が合うと、エレガントでありながら独創的なポーズで名乗りを上げた。



「私クシはあのお茶の水がの撫子! 二流院にりゅういん貞ノ子さだのこですわぁ!!」



 金髪縦ロォーールッッ!!! 


 洋服も赤くてフワッとなんか見るからにお嬢様なんだけども!!


 何もかもが二流院貞ノ子さん。


 正に高貴な令嬢感しか漂ってこないザ・撫子。こういうのが実際にヤバい世界だ。


 その圧倒的なオーラに誰も文句を言えずにいる。アンコールなんてもうどっかにいった。



「なんですの貴女! あの白い鷹と張り合ったと聞いて観に来れば、ガッカリでしてよ!」


 鷹木達の流した噂はいったい何処までいってんだろう? こんなん二次災害じゃんか。


「えっと、お茶の水の撫子さんがわざわざどうも……って、めっちゃ名門じゃなかった?」

「アリサさん、めっちゃ名門どこじゃないッスよ! 二流どころか超超超一流ッス!!」


 誰も二流なんて言ってないのになぁ……ほら、やっぱり地雷だったじゃんかよ!!


 二流院貞ノ子さんはまるで生まれて初めてそう侮辱されたかのように、全身を震わせながら怒りを露にする。いやいや、お前絶対今まで何回も言われて生きてきてるだろ。



「誰が二流ですってぇえ!!? もう我慢なりませんわ! 誇り高き撫子に似つかわない文句をお歌いになって聞き捨てならなかったところでしたが、もう我慢なりませんわ!!」


 二回言っちゃったよ。そんな残念な二流院はスカートをスッと上品にたくし上げると、右足の黒いホルダーから短い棒を手に取り、スイッチを入れた。


 そして華麗に一周ターン。それだけで観客から歓声が上がる。とても美しいですわね。


「この二流院貞ノ子、撫子戦となれば相手に慈悲は掛けませんの。お覚悟はよろしくて?」 


「おお! ありゃ電磁鞭だぜアリサ。結構なレア物だ!!」


 サメ子がやけに興奮しやがった。しかもどっから出したのかまたノンアル缶を片手に、バチは床に投げ捨ててる。はいはい、もう演奏する気はねぇんでごぜぇますわね。



 電磁鞭。お茶の水の二流院貞ノ子。


 おニューになった世田谷線撫子のお披露目会相手として不足はねぇぜ!!



「二流だか三流だか知らねぇがこちとら四流だ!! それをナメた奴はぶちのめす!!!」



 ギターを佐久間に投げて、オレは勢いよくステージから飛び出した。


そして右腕を前に突き出す―― そう、いつものように。



 制服の右袖の中、鉄レールを滑ってそれはオレの手の中に到達する。

 スマホガン。ゼロワン。それがオレの相棒だ。


 無理矢理でも直してもらったこいつと、オレは再び何処まで行けるのだろうか。


 欠陥品の旅はまだ始まったばかりで、その行き先はまだ誰にも分からないけれど、



「オレが右十字ライトクロスのアリサだああぁ!!!」

 


 ポスターのキャッチフレーズは『隠れたアイにもロックオン!』……だそうです。



 そこの君もきっと応援してよね、お願いします。



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スマホガン @YoshikawaTsuyoshi

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