Ir-MA-1「Escape-箱龍奪還-」

 スペリアが地に堕ちて1週間が経った。

 武器も服も全て部屋に置きっぱなしで帰ってきた形跡がないことに不審に感じて俺は今日、玄関を飛び出した。

 向かう先は決まっている病院だ。


「アマリネさん。朝食の時間ですよ〜」

「は〜い!」

 そう言って看護師が私におぼんに載った朝食を手渡す。

 平皿に乗ったサンドウィッチ、嫌いな野菜が入ったサラダが載せられていて私は嫌な顔をした。

「ねぇ、にんじんを抜いてって話。そろそろ聞き入れてもらえない?」

「ですが、先生がニンジンをどうにか食べてって指示されているので、ダメです。食べてください」

「はぁ……、わかった。じゃあ、さっさと部屋出てって」

「わかりました。失礼します」

 看護師が部屋を出て離れたのを確認して私は手からアーツを発してニンジンのサラダの皿を逆さにしてアーツの中に落とす。

 アーツの中に入ったニンジンは轟々と燃えるように消えた。

 それから引き出しを開けて、兄が差し入れたサバの缶詰を取り出してサンドウィッチと一緒にたべる。


 玄関ドアを強く叩く。

「アリア家の反応なし、強行突破する」

 そう言ってドアを蹴破り、中に入る。

 家の中はもぬけの殻だった。

 人の気配1つせず、スペリアの杖も持ち出されていた。


 ◯


 目の前に病院が迫る。

 正門から少しズレた塀を飛び越え、自動扉を潜り、エスカレーターのベルトに登って駆け上がる。

 小児科の看板を過ぎて円状に設けられた病室を406、405、404と過ぎ、350の扉の前で止まって扉を開く。

 そこにはいつもより元気そうな妹、アマリネがいた。

「あれ? お兄ちゃん? どうしたの?」

 きょとんと童顔を傾ける。

「姉さんがはぁ……帰ってこないからはぁ……」

「息切れし過ぎ、お姉ちゃんが帰ってこなくて何?」

 一度俺は空気を大きく吸引する。

「……1週間も帰ってないんだ」

「へ〜でもまぁ、受験シーズンだしさ〜寮で勉強してるんじゃない?」

「そうだといいんだけど、これ!読んでみろ」

 そう言って、俺は開封済みの封筒を見せる。

「財産差押? 何これ?!」

 宛名には、スペリア=アリアと記載されている。

「こんな手紙が届いたもんだから、急いで必要なものを持ってここに来たんだよ」

「私の車椅子は?」

「隠してあるからあとで取りに行く」

 そう話しているうちに外から声がする。

 明らかに見舞客ではない。

「来たぞ」

「どうする?出入口はそこだけよ?」

「なんとか撒いていけないか?」

「無理無理! 小児科区画の出口も1つ、この病院の出口も1つなんだよ? それに私を押してかないといけないんだよ?」

「理論的に考えて立って捕まるだけだ! とりあえず行くぞ!」

 そう言って、俺は車椅子を押す。

「えっちょちょ!」

 勢いよく病室を飛び出し、スロープを使って小児科の廊下に出ると、反対側に医者と看護師達それに加えて政府の奴らに見つかる。

「お兄ちゃん急いで!」

「わかってっから、案内しろ!」

「そこ右! 突き当たり左の階段上がって!」

 言われた通りにどんどん大人をかき分けて逃げる。

「待ちなさい!」

「捕まえろ!」

 大人のそんな言葉が俺たちに飛ぶ。

「3階まで来たぞ」

「こら! 大人しく私たちのもとに戻りなさい!」

「まだ追ってきてる!」

 そんなことを言っても逃げ場のない廊下。

「お兄ちゃん。私、いいこと考えた! お姉ちゃんの杖、貸して!」

「わ、わかった!」

 杖をアマリネに渡す。

「何してんの? 早くあそこの壁に向かって走って!」

 そう言われて、俺は走り出す。

「防火壁を閉じろ!」

 大人のそんな声が背後から聞こえると共に防火壁が俺たちの行く道を妨げる。

「どうする?」

「いいから走って!」

 そうアマリネが叫ぶ。

 アマリネは杖を壁の方へ向けてグッと柄を握る。

噴火イラプション!」

 アマリネが叫ぶと杖から白と黒の光弾が発射され、壁を溶かし貫通して壁の手前で爆発する。

「このままじゃ壁にぶつかるぞ!」

「お兄ちゃん手握って!」

 そう言われて、アマリネの右手を握る。

γ爆破ガンマ・ラプション!」

 そう唱えると、白と黒の光線が放たれ、壁に直撃する。

 壁が目の前に迫った瞬間、爆発する。

 視界が白と黒に埋め尽くされる……。


 病棟の外にひしゃげた車椅子が落ちる。

 1階下の窓から大人がそれを目撃する。

「目標消失。爆破に巻き込まれた模様」

 しかし大人達は、すぐに気づいた。

「お兄ちゃん」

「ん?」

 焦げて裾の方が焼けた俺はアマリネを横抱きにして滑空する。

「めっっっっちゃ!! 楽しかった!!」

 そう言いながらアマリネは笑う。

「ねぇ、また今度はみんなで家でやろう!」

「追っかける役いねぇじゃん」

「そん時は〜、お兄ちゃんが追っかけて〜」

「姉ちゃん足早くて捕まえられないし、そもそもそんなことしようとしたら、姉ちゃん怒るだろ?」

 そんな話をしながら着地する。

「てか、もしかしてだけどぉ。お姉ちゃんに横抱きされたいとか……思ってたりしちゃった?」

 そう言われて、ちょっと顔を赤る。

「んなっ!」

「ふふ〜っ、図星っ! 図星っ! やっぱシスコンだねぇ〜お兄ちゃんは」

「うるせぇ! 姉ちゃん好きで何が悪いんだよ!」

「悪いなんて一言も言ってないよ〜」

「くっ……生意気な〜」

「でも、お兄ちゃんより私の方がお姉ちゃん好き〜。だって、お姉ちゃんは私のお婿さんだから〜」

「はぁ? 俺の方が姉ちゃん好きだし!」

「じゃあ、お姉ちゃんのどこが好き?」

「それはぁ……、かっこいいところとか、優しいところとか、料理が上手なところとか……」

 走りながらそんな会話をしていた。

 西門を飛び越えて獣道を進むような道のりで家に帰った。


 ◯


 家に着くと、地下室に繋がる床板を開けて中に入る。

 床板は入ってからしっかり元の位置に戻して奥に進む。

 しばらく暗く下る通路を進むと、扉があらわれる。

 扉の先には、しばらく使っていない開発室がある。

 到着してすぐに近くの椅子にアマリネを座らせ、しばらく使わないとして布で覆って保管していた車椅子を持ってくる。

 布を退けると、埃が舞って2人で咽せる。

 そこには綺麗なままの車椅子がある。

 しかし、それはただの車椅子ではない。

「わぁ〜! ただいま〜私達の最高傑作ちゃん」

「まだ起動するのか?」

「起動するに決まってるでしょ! この子のバッテリーにはかなり良いの使ってるんだから! まだ200年は保つ」

「ははっ、それは盛りすぎだろ」

 そう話しながら、アマリネを少し持ち上げて車椅子に乗せる。

 アマリネは慣れた手つきで左側にあるタッチパネルを操作して起動する。

 起動と同時に機体が眩い光を放つ。

Biometric required生体認証を要求……」

 アマリネはそれを聴いて右側にある窪みに手をかざす。

Login confirmationログイン確認……」

 機械音が鳴る。

Restart the systemシステム再起動……Completed完了……|Welcome back, Amarine《おかえりなさい、アマリネ》」

 そこまでの過程を終えると、車輪に白い光が灯る。

 この車椅子は、俺たち3人が自由研究で造った物だ。

 シートは高級な皮製、外装はフルカーボンに包まれ、鉄の塊にしては軽めなマグネシウム合金、製造当初にしては高性能なAI搭載、全自立駆動でどんな道にも対応した車輪その他様々な機能を詰め込んだ夢のような車椅子だ。

「ねぇ、お兄ちゃん。これからどうする?」

「そうだな〜ここに籠っているのが最善だと思うが、誰か他にも姉ちゃんと同じ思想を持ってる人に匿ってもらうのもいいかと考えてる。でも、そんな人いたかどうか……」

「それなら! 私にいい案があるよ!」

 そうして、俺たちの逃走劇が始まった。

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Irregular よろず。 @yoroz_on

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