Ir-S-5「Volcanic-琰龍爛舞-」

「ガルナラルクに搭乗中の皆様、早急に避難してください! 早く! 早……」

 放送がノイズに切り替わる。

 都市は混乱する。

 押し入った侵略者と逃げ惑う人々、秩序を奪還しようと働く守護者。

 夜闇、感嘆、血飛沫の中を俺は押し退けて駆ける。

 そんな俺を1つの声が引き止める。

「そこを止まれ! 手を高く上げて伏せろ」

 俺はそれに従う。

 重厚なそれを俺に向けて背後からそいつは近づく。

 後頭部に突きつけられた銃口が少し震えているように聴く。

「なぁ」

「喋るな!」

「ああ、通じてよかった。なぁあんた、俺を逃がしてくれねぇか? どうしても守らなきゃならねぇ奴がいるんだ」

「守らなきゃいけない……人……」

「そうだ。あんたにもいるかわからねぇけど、とにかくそいつの所に行かなきゃならない。だから、なぁ。行かせてくれ。頼む」

 言葉を交わす毎に向けられた銃口が大きく震える。

 息遣いが徐々に荒くなり、街灯に照らされた侵略者の影を延ばす。

「おい、落ち着けよ」

 その言葉で背後の侵略者は、震えるのを落ち着かせる。

「私にも守るべき人がいました……しかし、私は彼を守ろうとするあまりに彼が自身を身代わりに私を救ったのです。私はそれからARPアーク・リア・ペディアに拾われてこうして武器を再び同類ひとに向けるようになってしまいました」

「そうか……そりゃあ、アンタも酷い目に会ってきたんだな」

 そう俺が言うと、侵略者は背中に倒れ込んでくる。

「なんでアンタが泣いてんだよ」

 応えは返ってこない。

「なぁ、俺は行くがいいか?」

 そう俺が立てる体勢になって言うと、侵略者は手で涙を拭う。

「行ってくれ! 私のようにはならないでくれ」

 俺はその言葉に立ち上がり、振り向く。

 そこにはさっきまで話をしていた侵略者だろう女がいた。

 俺は女の両腕を両手で握り、立ち上がらせる。

「君も来い」

「え?」

「あいにく、俺の知り合いに君みたいな人を集めている奴を知っていてな。あ〜つまりはだ。一緒に来て新しい希望みちを見出さないか?」

 女は、それを聴くと同時に俺の胸に飛び込む。

「私も……いきたい」


 ◯


「クソッ! なんで攻撃が当たらねぇんだよ!」

「ルーン! 何をやっている!」

「父上?!」

「早くそのガキをぶっ殺せ! 侵略部隊が制圧を完了してもお前の所にいる奴なら部隊を殲滅するのなど瞬間で終わるだろう。だから、早くぶっ殺せ!」

「だが、こいつは」

「言い訳は聴きたかねぇ! とっととそのガキを潰せ!」

「ルーン様、社長の指令に従って迅速に行動を完了してください。困難と見做した場合、戦術サポート及び、操縦管理を私が行います」

「ふっっざけんな!」

 通信を聴きながら、叫び振り下ろした。


「攻撃が更に大振りになった。先程までよりも範囲が大きくなって避けるのが難儀になった」

 巨人のような拳が降り注ぐ。

「いや、あれは巨人というより巨大ロボットか。それなら、殲滅じゃなく破壊だ。なんの躊躇も無くやれる」

 イェンは、私がそう呟いたと同時に機械人形の右腕に喰らい付く。

「ぶっ破壊こわせ」

 その声に続いてイェンは、右腕に喰らい付いたまま高く飛び立とうとする。


「ルーン様、このままでは四肢を喰い尽くされて機体が機能しなくなります」

「んなこたぁ、分かってる!」

「何をやっている?!」

 龍を呼び出している女に掌を振り下ろそうとする。

 だが、それが爆ぜることはなかった。

「ルーン様、機体が徐々に浮かされています!」

 右腕に喰らい付く龍を腰に携えたサーベルを突き刺して落とそうとするが、離れない。


「中々に砕けない……か。放て」

 そう言葉を発した瞬間、イェンが口から爆炎を生じ、右腕を焼き砕いた。

赫怒レイジ1ウヌス!」

 私が唱えると、喰い千切られた右腕が地面に大きな音を立てて落ち、琰が私の元に還ってくる。

 黄金の閃光が満ちる。


 ◯


 俺たち2人は走る。

 目的の場所は、ガルナラルクの中央管制塔だ。

 全速力で走った俺達だったが、背後で銃声が響いた。

 振り向くと、複数の侵略者と左脚から血を流すイザベラが座していた。

「イザベラ!」

 俺が叫びながら駆け寄ろうとすると、イザベラは持っていた銃を俺に投げて言う。

「アイスさん! 先に行ってください! 後から追いつきます!」

「そんな身体じゃ無理だろ! 背中貸すから諦めんな!」

「撃てぇ!」

 侵略者が銃を構えて引き金を引く。

 弾丸が飛ぶそれをイザベラは、前に立ち俺に当たるのを防ぐ。

 イザベラが弾丸を身に受けるのを目にして俺は銃を拾い上げ、侵略者に撃つ。

 侵略者からの銃声が止み、抱えたイザベラをそのまま抱えたまま管制塔に走る。

 その渦中、イザベラが声を出す。

「私は、置いてゆけ……」

「んなこと、許さねぇぞ!」

「私は限界なんだ……」

「一緒にスペリアのところに行って、旅に加わりたいって頼むんだろ? お前は運命を変えるんだろ?! 生きろよ!」

「そう……出来れば……よかった……」

 アイスの服にイザベラの赤黒い体液が流れる。

「諦めんな! 諦めるなよ! 必ず、君を! 君の運命を変えさせてやる! だから! 諦めるなぁああ!」

 その嘆声に応えはなかった。


 ◯


 黄金の業火の中で私はイェンと向き合う。

「その業、使えばこれまで以上にお前に重荷代償が積まれるぞ? それでも戦う覚悟があると?」

「ある! 私がもうあなたに頼らなくてもいいように、思い切り戦えるように、ここで貴方と決別する」

 短い沈黙の後、イェンは言う。

「その覚悟、忘れるなよ。いつかお前は私に再び力を欲する。その時まで一眠りさせてもらうぞ」

 イェンは、その言葉を最期に業火と共に私の中に呑み込まれていく。

 業火の渦がスペリアを中心にかいする。


 光が一瞬にして一点に集まり、それまで相手にしていた女の輪郭がハッキリと見える。

 だが、その女の雰囲気は先程までとは比べものにならない程、近づき難い存在に変貌を遂げた。

 それを見て俺は落ちたサーベルを拾い、振るう。


 それのコンマ数秒早く私の変身が終わったことを報せる熱波が生じ、機械人形が触れた部位を溶かす。

 普段小さく格納されている尾が長く展開され、背中に刻まれた印の位置から翼を得る。

 角、瞳、胸の中心、血液、尾、両翼が黄金に輝き、その場の温度を更に上昇させる。


「温度上昇しています! 18,000°C、20,000℃! コックピットももう持ちません!」

「クソォオオ!」

 俺は操縦桿を握り直し、拳を降ろそうとするが、熱波で溶けたか落ちない。

「脱出して下さい! ルーン様!」

「クッ……ソッ」

「脱出システム起動! コックピットとOSを機体から離脱します!」

 アティアがそう言うと、俺を乗せたコックピットは夜空に高く飛んだ。

 その時、走馬灯のように戦った女がコックピットの全面ガラスに残る。

 その業火がただ立っているだけで数百倍の巨人を殺すとは、誰も予想していなかった。


 ◯


「クソォオ! 玄関守護! なぁにをやっとるんだ!」

「しかし、相手勢力があぁあぁ……」

「クッソ使えん」

 そう焦る艦長の姿をルミメィルは不安そうに見る。

「大丈夫なの?」

「あ、ああ、安心したまえ。この建物には強い守護が沢山いる。それにワシもおるんじゃからな」

 そう言って大きな艦長の手がルミメィルの頭に乗って撫でる。

「ねえ、おじさんはもしかして、スペリアさんのことをこの街で守る人にして独り占めしようとしてるんじゃない?」

「何を……そんな訳ないじゃろぉハハハッ」

 部屋の外から足音が大量に響く。

 次の瞬間、ドアを蹴破り中に侵略者が突入してくる。

「クッソォォオォオォォォオ! 愚かしい侵略者共め! くたばれぇ!」

 そう言って、抱えた銃を撃つがそれ以上に多数の銃口に撃たれ、艦長が転がる。

「大人しく都市を明け渡せば命とその子だけは助けてやる」

「あんなガキどうだっていい! お前らを殺してこの都市も渡さねぇよ! クソがぁああああ!!」

「そうか。なら死ね」

 そう言って、引き金を引いたと同時に額に当てられた銃口から弾丸が艦長の額を貫いた。

 艦長は力無く倒れ、筋収縮で関節の節々が微動する。

 そうして次に向けられたのは、ルミメィルだった。

 引き金に指が重なったその瞬間、1人の男が飛び込んできた。

 侵略者の数人を撃ち殺し、ルミメィルに銃口を向ける侵略者に突撃し、銃を離させる。

 そして、それに気づいた瞬間に即座に強く握った拳をそいつの顔に振るった。

 そうして、ルミメィルを拾い上げ、銃声が男とルミメィルに向くが、男は躊躇なく管制塔のガラスを破って外に飛び出した。


「怪我はないか?」

「うん、アイスさんこそ無事でよかった」

 そうルミメィルは、俺に抱きついてくる。

「おいおいやめてくれよ。俺はもう着いていけねぇんだから」

「なんで?」

「いや、スペリアに完全に嫌われてるだろ?」

「そんなことないよ。スペリアさんも心の中では、アイスさんのこと心配してるし、謝りたいって思ってるよ」

 そう言われて、ハッとする。

「ねぇ! また一緒に行こうよ!」

「ルミメィル。さっきはごめんな。酷いことして。お前がそこまで言ってくれるなら、スペリアにも話をしてまた一緒に行くよ」

「うん! 僕も一緒に説得するね!」

 俺達は手を繋いで歩き始めた。


 ◯


 丸いコックピットを見つけて私は近づく。

 ガラスが割れてそこに操縦者であろう男がいる。

「黄金の瞳を持つ龍の女……、テメェが母さんを……」

「何のことだ」

「覚えてねぇとは言わせねぇよ! 都市を焼き滅ぼした摩天の民の1人だろ!」

「私は違う!」

「いいや! お前だ! お前が俺達の運命を全て狂わせたんだよ!」

「私は、そんなあなた達の運命を握る者どもを滅ぼそうと思っているんだ! なのに、あなた達の同胞を殺すわけないだろ!」

「同じ目をしていた……母さんを殺した龍の人は、お前と同じ……瞳を持っていた。自我を失ったかのような狂った表情で……母さんの命を喰らったんだ」

「それって……」

「お前らの事情なんて俺は知らねえが、必ず俺は復讐してやる」

 そう言って、男は立ち上がり手に平たい鉄の板を持って日に向かって歩き出した。

「あの男の母親の命を奪ったのは、もしかして……いや、もしかしなくても私の……父なのか?」

 そうして、地平線の先に日が登り始めた。

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