オルガンズボール

一陽吉

少女とボール

「おじさん、この子が見えるの?」


「え?」


 見知らぬ少女に声をかけられ、男は戸惑った。


 九月にはいってようやく晴れた日の午後。


 街の外れにある公園で三十になる男は背広姿でベンチに座り休んでいた。


 平日だが、子どもを遊具で遊ばせる母親も何人か見られ、木々に囲まれたちょっと広めの公園もそれなりに賑わいをみせていた。


 そういった親子の邪魔にならない、公園の片隅に設けられたベンチで男と少女がいれば、ぱっと見で父と子のようで、不自然なことはないように思えた。


 少女は十歳くらいの年齢に見え、黒髪をボブカットにして肌は色白く、紅い瞳をしていた。


 服装は黒いワンピースのようなものを着ているが、両腕部分が透けており、葬儀用のドレスにも見えた。


 そしてその少女は両手で茶色のボールを持って、この子と言っていた。


 バレーボールほどの大きさをしたそのボールは、革を組み合わせて作られたかんじだったが、何の球技に使用されているものか分からなかった。


「ボールは見えるけど、そうだと何かまずいのかい?」


 男は優しい雰囲気でにこやかに訊いた。


「うん。だって、この子が見えるということは、おじさん、悪人だから」


「!?」


 悪人と言われ驚く男。


 だがすぐに気持ちを整えた。


「ええ? おじさんが悪人だって? いま仕事がひと段落して休憩してるけど、悪いことじゃないよ」


 話し上手な優しいお兄さんのように男は話した。


 すると少女はふるふると顔を横に振って言った。


「違う。おじさんは悪人だよ。だって、さっきも女の人を騙して二千万円を振り込ませたんでしょう。その前にも違う女の人から五百万円。そんなかんじで、いままで十三人の人からお金を騙し取って、なかには自殺した人もいた。だからおじさんは間違いなく悪人なんだよ」


「……」

 このガキなんで知ってんだよ。


 苛立つような気持ちになったが、男は表情に出さなかった。


「ははは。おもしろいことを言うね。もし、本当だとしたらおじさん、警察に逮捕だ。だけど、そんなことはないんだよ」


 笑顔を見せながら少女の頭を撫でようとしたが、また少女は顔をふるふると横に振った。


「違う。おじさんは警察に行かない。行けない。だって、ここで死ぬから」


「……」

 さっきから何言ってんだこのガキ、頭いかれてるのか。親はどこだ。


 遊具や砂置き場の方を見るが、それらしい人物は見たらなかった。


 心の中で舌打ちしながら、男は目の前の少女から離れようと考えた。


「それじゃあ、おじさんは仕事に戻るけど、お嬢ちゃんはいい子にして、そのボールで遊んでるんだよ」


 あくまで良いお兄さんとして立ち去ろうしたが、少女は言った。


「この子は遊び道具じゃない。友達。いま、おじさんを食べる」


「……」

 本格的にやべえな。早くここから──。


 男が考えている途中で、少女が持つボールの縫い目と思われる線から花が咲くように外側へ開いていった。


 しかしそれはボールの革、一枚一枚という形ではなく、心臓、肝臓、腎臓、膵臓、肺、小腸、大腸といった臓器だった。


 そして、それらが一定に広がると中心に人間と同様に並んだ歯が現れ、上下に開いた。


「!」


 その瞬間、男は吸い込まれ、物理法則を無視して、大人一人分の肉体が球形のものの中へ納まった。


 完了したというように、再び閉じていく臓器。


 途中で、ふっと、一つのかたまりを吐き出すと、元の茶色いボールになった。


「頭だけは残すよ、おじさん。でないと、おじさんが死んだと分からないからね」


「……」


「おじさんが死んだ事で安心する人、喜ぶ人がいる。今度、生まれ変わるなら、悪いことをしないようにね」


「……」


「それじゃあ、おじさん、さようなら」


 別れの言葉を言って背を向け、少女が歩きだすと、その姿はボールと一緒に消えていった。



 ──少女は死神だった。


 そのなかでも異端の存在で、オルガンズボールと呼ばれる内臓だけの精獣を使って邪悪な命を刈り取っているのだ。


 ゆえに、本来は少女が見える時点で男は悪人である証明でもあるが、当の本人はまだ幼く、精獣を基準に考えていた。


「……」


 知ることも語ることもなく、雑草に埋もれる男の頭がゴミのように残され、子どもたちの笑い声が公園内に響いた。

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