紫陽花

後編

　土がアルカリ性に変わると紫陽花が赤くなるというのは、どうやら本当らしい。

　前妻に先立たれ、鏝（こて）絵の制作以外は赤子同然の僕を見かねたのか、今の妻は知り合ったばかりの僕の世話を甲斐甲斐しく焼いてくれた。そんな彼女にすっかり甘えてしまったのだが――。

　崖の上でバランスを崩して彼女を突き落としかけたり、やかんを火にかけっ放しにして不完全燃焼を起こしたり、一事が万事、僕は本当にドジな人間なのだ。

　僕の留守中に亡くなった前妻。側溝で動けなくなっていた子狸を助けようとして、自らも落下し頭を強打してしまったのだった。霊安室での対面は封印したい記憶だ。

　帰宅すると、妻が紫陽花の前に悄然と座り込んでいた。掘り起こされた根元に前妻を描いた数枚の鏝絵。捨てるのも忍びなく、新生活を前に紫陽花の根元に埋めたのだが、素材の貝灰の成分が土壌に染み出して青花を赤花に変えたらしい。

　降り始めた雨の中、僕はそっと妻を抱きしめた。