リアの幼馴染がよく失恋する件

石動なつめ

リアの幼馴染がよく失恋する件

 その日、リアがアカデミーの学食で昼食を取っていると、幼馴染のカインが意気消沈した様子でやって来た。


「ねぇリア聞いて……僕、また振られてしまったよ……」

「またかー」


 カインの言葉にリアは何とも言えない顔でそう返した。

 どうやらリアの幼馴染は失恋したばかりらしい。

 とは言え珍しい事ではない。三年制のこのアカデミーに入学して二年、リアが知っているだけでもこの男、両手の指くらいの人数に振られている。


 何故そんなに振られているのかと言うと、カインは惚れっぽいのだ。

 例えば、授業中に助けて貰ったとか。

 例えば、町で出かけた時に笑いかけてくれただとか。

 そのくらいの事で恋に落ちるのである。


 幼馴染のこの惚れっぽさに、さすがにリアも心配した。

 カインは顔は良いし、家だって子爵家の三男。貴族である。もし万が一、何か良からぬ事を企む者がいて、その色仕掛けにころっと騙されてしまったら。もしそうなったら、良くない未来しか想像できない。

 リアにとってカインは良い幼馴染だ。優しいし、気配り上手だし、困っている人を見れば直ぐ助けに飛んで行ってしまうくらいお人好しだ。

 魔法の才能もあり、国の魔法師団から「アカデミー卒業後はぜひうちに」とまで言われるくらいだ。


 ここまで揃っていればそこそこモテそうなのだが、悲しい事にこの性格の良さが振られる原因となっていた。

 彼の振られた理由には「友達以上に見られない」「弟みたいで」「お兄様みたいだから」というものが、上位三つを占めている。

 あと少数だが「あなた、私の事本当は好きじゃないでしょう?」と言う人もいた。

 つまり恋愛対象として見られる事がない。良い人止まりなのだ。カインは好きになった相手には尽くすタイプのようだが、その部分も『良い人』に含まれてしまう。

 

「どうして僕は恋の対象にならないんだろうな……」


 カインはリアの向かいの席に座ると、しょんぼりと肩を落として呟く。

 どうして、というのはリアも分かっているが、カインの性格の良さは彼の長所である。

 だから直す必要はないのではないかな……とも思うのだ。


「まぁまぁ、とりあえず、甘いものでも食べて元気出そう。今日のデザート、学食特製プリンをあげる」

「食べる……リア優しい……」


 すい、と生クリームとフルーツたっぷりのプリンとスプーンを差し出すと、カインは両手でそれを受け取った。


「ちなみに今回はどこで一目惚れしたの?」

「アカデミーの裏手で、怪我をした猫の手当てをしていてね。それを見て優しい子だなって思ったんだ。……昨日」

「昨日」


 リアは頭を抱えた。昨日の今日で告白して振られたのか、この男はと、リアは思わず半眼になる。


「いやあのね、カイン。前にも言ったでしょう。好きだなって思ったら、とりあえず一晩か二晩よく考えてみようって。そうでなくても、告白するまで早すぎます。そこは初めましてと出会ってから、ゆっくり仲良くなっていくところでしょうに」

「ごめん……でも好きだなって思ったら、いてもたってもいられなくて」

「そこはいったん座ろうね」


 うう、とカインは目を伏せる。

 本当にこの幼馴染は普段はまともなのに、恋をするとポンコツになるのは一体どうしてだろうか。

 小さい時はもっとマシだったはずなのだが。


 リアとカインは両親同士の仲が良く、また同じ子爵家という事もあって、赤ん坊の頃から一緒だった。

 といってもそんな頃の記憶は覚えていないのだが、それぞれの両親はよくリアとカインを連れて、どちらかの家でお茶をしていたらしい。

 だからリアとカインはまるで兄弟のように育った。


(そう言えば婚約の話とかあったなぁ)


 七歳の頃、リアとカインの仲が良いからどうか、というような話があった。

 ちらっと聞いた時はリアも「カインなら良いかなぁ」と思ったのだが、当のカインが「でも……」と煮え切らない態度だったので、保留になったままだった。

 まぁ兄弟同然で育ったのだ、そういう目で見れない気持ちもリアには分かる。

 それにまだ七歳だ。リアもだが、恋とか愛とか、はっきりとは分からない年齢だった。当時、誕生日会に来てくれた同い年の友達から好きと言われた事もあったが「リアさんは優しくて、うちの姉さんみたいで好きだなー」くらいである。ラブではなくライクだ。彼と同じくリアだって年齢的にも、他人にまだそういう感情は持っていなかった。

 だから別に気にしていなかったのだが――――それがこうも惚れっぽくて、いつも失恋ばかりしていると、彼は結婚できないのではないかと心配にもなっている。


「でも急がないと、誰かに取られてしまいそうな気がして……」

「恋は早い者勝ちというわけでもないわ」

「それは、そうなんだけど……でも」


 もごもごと、カインは呟く。

 何か焦る理由でもあるのだろうか。そう思って、リアは首を傾げる。


「ねぇカイン。そんな風に焦っていたら、カインの良い所を相手に見てもらう前に、終わってしまうわよ」 

「…………時間をかけていたら」

「うん?」

「取られちゃったじゃないか」


 拗ねた様子のカインの態度に、リアはますます疑問符を浮かべる。

 今まで失恋した子の中に、そういう子がいたのだろうか。

 しかし、そこまで引きずっているとなると、彼にとって根深い問題なのだろう。

 誰の話だろうなとリアが考えていると、


「……ちなみにリアの話だよ」


 なんて言い出した。

 突然出てきた自分の名前にリアは目を瞬く。


「私?」

「うん」

「…………いやいや、うん!? ちょっと話の内容がよく……そもそも私が誰に取られたと?」

「僕とリアの婚約の話が出ていた頃。リアの誕生日会に来ていた奴から、好きだって言われて、リアはありがとうって言ってたでしょう」


 混乱するリアに、カインはそう話す。

 あれか、とリアは目を剥いた。


「いやあれ友情的な話よ?」

「え?」

「そして断片的に覚えているみたいだけど、自分のお姉さんみたいで好き、が正しいからね」

「え?」


 今度はカインがぎょっと目を剥いた。

 それからカーッと赤くなり、あわあわと慌て始める。


「本当に!?」

「本当に」

「だ、だって! なら、あの時、僕……リアに好きな人がいるって思ったから……婚約を……」


 そしてぶつぶつと何か呟き始めた。

 ああ、もしかして。七歳の時に婚約の話を渋ったのは、そういう勘違いをしたからではないだろうか。

 リアはそう思った後、呆れた顔になる。


「カインは昔も今もせっかちね……」

「あああああ言わないで! 言わないで! 今が一番後悔してるから!」


 カインは手で顔覆って、ううう、と唸る。

 小さな声で「そうと分かっていれば婚約しますって言ったのに……」とまで言っている。

 しばらくそうしていると、バッと顔を上げ、


「リア!」

「はいはい」

「僕と婚約してください!」


 なんて叫ぶ。学食中に聞こえるような大声でだ。

 声量にぎょっとして、周囲の学生達の視線がリア達に集まる。

 リアは半眼になった。


「いや、あのね。失恋した直後に告白しないで欲しい」

「ご、ごめん……。だって取られたくないって思って」

「そういうところがいけないと言っているのよ」


 ふう、とリアはため息を吐いた。

 そんなリアに向かって、カインは続ける。


「ずっと、リアが好きな気持ちが消えなくて。……でも婚約者でもないのだから、消さないとって思って。だから……少しでも気になった子がいたら、それが僕の好きな子なんだって思い込んで……告白していた」


 ぽつり、ぽつり。そう話すカインの言葉は、お世辞にも褒められたものではない。相手に対して失礼な部分がある。

 だけど、とリアは思う。カインは好きになった相手には尽くす方だった。もしかしたら、その辺りの罪悪感が自然と、そういう行動に出ていたのかもしれない。


「リア、こんな僕じゃ駄目?」


 捨てられた子犬みたいな目でカインはリアを見る。

 駄目かどうかと言われればリアだってカインの事は好きだ。幸せになって欲しいと思っている。

 だけどここにきて急に、好きだったとか、婚約したいとか言われても、正直困ってしまう。

 婚約者や恋人はいないが、九年前に終わった話だったし、今までさんざんカインの恋の話を聞き続けてきた。

 だから感情がはっきりしない今ここで「私もあなたが好きよ」とはリアには言えない。


「……カイン、さっきも言ったでしょう。好きだなって思ったら、とりあえず一晩か二晩よく考えてみようって」

「一晩か二晩かどころじゃない。五歳の頃から僕はリアの事が好きだよ」


 えっとリアは目を丸くした。

 それは初耳だ。さすがに早すぎるのではないだろうかとリアは思ったが、とりあえず、その辺りは横に置いておく事にする。


「そうだとしても、私は今の話だわ。私にとってあなたは大事な幼馴染よ」

「…………」


 リアの言葉にカインは「……そっか」と肩を落として下を向いた。

 振られた、と思っているのだろう。


「だからね、カイン。今から、ゆっくり行きましょうか」

「え?」


 カインはバッと顔を上げた。

 その目に困惑と、少しの希望の色が見える。


「私は婚約者もいないし、恋人もいないので。――――落とせるものなら、落としてみては?」


 フッと、ほんの少し挑戦的にリアは笑って見せる。

 するとカインはみるみる頬を紅潮させて、


「も、もちろん! もちろん! 落としてみせるよ、リア!」


 と、感極まった様子でリアの手を握って何度も何度も頷く。

 カインのこんなに嬉しそうな顔を見たのはずいぶん久しぶりで、ほっこりとした気持ちになる。


(まぁ、ゆっくりね。ゆっくり行きましょう)

 

 恋とか愛とか、そういう感情になるかは分からない。だけど幼馴染が好意を全力で向けてくれるのは、そんなに嫌ではなかったのだった。 


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