第5話

「見てみろよ、見事にへし折られてるぜ……」

 凄惨な現場に到着した、刑事の一人が呟いた。家の壁に力なくもたれかかり、だらんと首を垂れ下げている父親の死体は、一目見て誰かにやられたものだとわかった。


「母親の方も酷かったがな。首を絞められた勢いで、目玉も舌も飛び出しそうになってたよ」


 現場を撮影するフラッシュの光の中、もう一人の刑事が言った。明らかな「他殺死体」が二つ存在するこの家で、刑事達が現場検証を進める中。未だ部屋の中に立ち尽くし……そして、そのまま動きを止めたユリエの傍に、初老の男と若い男が並んで立っていた。


「教授、やはりリミッターに異常があったみたいですね」

 若い男の問いに、教授と呼ばれた初老の男が答えた。


「ああ、あの奥さんから電話をもらって、まさかとは思ったが……額に包帯を巻いているところを見ると、ここが異常の原因らしいな。こういう“精密機器”を乱暴に扱ったらどうなるか……」


 初老の男は、ユリエの着ていたシャツのボタンをゆっくりと外し。そして、そのアザだらけの体を見て、うっと唸った。

「これは相当酷いな……まさに児童虐待じゃないか。これじゃあ、せっかく力を封じ込めて、車イスの生活を与えた意味がない……」


 そして初老の男は、ユリエの背骨の部分を指でなぞり、ある箇所でぐいっと力を込めた。ユリエの背中に、静かにぱっくりと縦の亀裂が入り。何本もの、色とりどりの、細い人工の神経線維がその中から現れた。初老の男は、首筋から繋がる神経線維の束を一つ一つ丁寧に確認しながら、独り言のように言った。


「元々が、戦場で使用する目的で作られたものだったからな。相手の兵士を民間の女性だと油断させ、そして罠にかける……」


「それで、“女性としての機能”も備わってたんですよね」

 若い男の言葉に、初老の男はやや苦々しげな顔を浮かべた。


「ああ、その通りだ。そして、それは戦場での役目を終えてからも残された。子供に恵まれない夫婦への提供という建前で、新しい役目を果たすとこになったのだが。実際、何をされていたかわかったもんじゃないな……」


 初老の男は、自分が作った「作品」を、目を細めいとおしそうに見つめていた。


「女性としての機能は残したまま、その力は封じ込められ。今思えば、なんとも不憫な生活を送らされることになったんだ。しかも、この“ユリエ”は、極めて強大な力を持っていた。だから、それを目覚めさせないよう、安全装置のリミッターを取り付けた上で、こうやってわざわざ車イスという“拘束”も組み込んだんだ。それをいいことに、かなり酷い目に会わされていたらしいな……」


 ユリエの背中や脇腹に残った、人工皮膚に内側から染みこんだ人工血液の跡を、初老の男は優しく撫でていた。


「兵器としての記憶も消されたまま、この夫婦の子供として生きていく。それが“ユリエ”にとって、いいことだったのかどうか……戦場での役目を終え、解体されるよりはましだと思っていたのだが。やはり、私が間違っていたかのもな……」


 そして初老の男は、目を見開いたまま立ち尽くすユリエに、そっと囁いた。

「さあ、帰ろう。大丈夫、お前を解体なんかさせやしないよ。ここにいる刑事さんたちにも、お前がどんな目にあっていたか見せてやろう。きっと、わかってもらえるさ。そしてまた、新しくやり直そう……」



 ユリエは、まだかすかに残った意識の中で、繰り返し繰り返し、考えていた。


 いつか、きっと。誰かが私を、迎えに来てくれる。ここは、私の家なんかじゃない。いつか、きっと……。


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ユリエ さら・むいみ @ga-ttsun

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