第3話 たった一つの約束

「鈴香! 鈴香!」


 遠くでお母さんの声が聞こえる。目を開けたくても、瞼が重たくて動かない。動かない瞼に精一杯力を入れて、開けるとぼやけた世界が見えてきた。

 真っ白でそれに乱反射した光が、私の目には眩しすぎて、もう一度目を閉じようとする。


「鈴香! 目を開けて!」


 お母さんの叫ぶような声が聞こえる。

 目を、開けるの? 眩しいよ。


「……しぃ。」


「何? 何?!」


 張り付いたような瞼を薄く開けて、小さく文句を言った。


「まぶ、しいよ。」


 私の声に誰かが反応してカーテンを閉めてくれる。

 薄暗くなった部屋で、やっと目を開けることができた。目の前にはずっと私の名前を呼んでいたお母さん。窓の側でカーテンを閉めてくれたのは、お父さんだった。


「良かった! 良かった!」


 お母さんが、私の顔を見ながら、涙を流す。それを見て、お父さんがお母さんの肩を支えるように引き寄せた。

 こんな二人を見たのはいつ以来だろう。


 徐々にはっきりとしてきた視界と、頭の中。

 次に思い浮かんだのは青い海と青い空と赤いスカーフ。


「あの子は?!」


 そう叫んで周りを見渡しても、誰も何も言ってくれない。


「あの子って誰のこと?」


 お母さんのその言葉だけが聞こえてきた。

 私はそのまま、もう一度眠ってしまった。



 ザザン……ザザン……


 彼女が海の声だって言った波の音が、私の耳に広がっていく。


「やっぱり、波の音にしか聞こえないよ。」


 私は記憶の中の彼女に話しかける。


 天涯孤独だっていっていた彼女のことを知る人は誰もいなくて、新聞もニュースもそんな自殺を取り上げることはなくて。彼女の名前すら知らない私は、彼女を見つけることはできなかった。


 自殺をしようとしていたと気づかれた私は、その後一人で外出することは許してもらえなくて。もう一度この場所に来るのに1年もかかってしまった。

 あの日から、両親はぎこちないながらも、なんとか折り合いをつけて過ごしていて、私は学校に行くのをやめた。

 中学を卒業すると同時に引っ越して、これまでの知り合いのいない県で高校へ進学する。ここに来られるのも後少ししかない。数日後には引っ越しが待ってる。


 相変わらず誰かからのメッセージが書き込まれた灯台の壁を触りながら、セーラー服の彼女を思い出した。

 名前もわからない、顔ももうおぼろげになった彼女が、現実にいたのか、それとも私の夢だったのか、もうそれすらはっきりさせることができない。

 まるで絵に描かれたような、特徴のないセーラー服。それだけじゃあ学校もわからなかった。


 私の記憶に残ってるのは真っ赤なスカーフと彼女の最後の『生き抜いて!』その言葉だけ。

 たった一つの彼女との約束。その言葉を胸に、私は今日もこの世界を生き抜いていく。

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灯台とセーラー服と 光城 朱純 @mizukiaki

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