8 seconds.
@ramu1641
8 seconds.
私は、鉄塔の上に立たされている。そして、ここから光り輝く水面に飛び込んでゆくつもりだ。地上に到達する時間はおおよそ8秒程だろう。飛び降りたとき、私は何を思い浮かべるのだろうか。そんな期待を胸に大きく飛び出した。
〈0秒~2秒〉
飛び降りた瞬間、最初に体がすごい力で下に押しつぶされた。人が上に何人も乗っているかのようだ。まわりもゆっくりと動いている。自分だけがこの世界で先行していく中で今日のことが頭の中によぎった。今日は彼女の家に結婚のあいさつに行った。彼女は都内でも割と裕福な家で豊かに育った人で、いわゆるお嬢様といった人だ。当然両親も大変寛容な人だった。鹿威しの音だけが和室に響く中、私は締め付けられた心をこじ開け両親に想いを伝えた。私の想いを真摯に受け止め、両親は涙していた。しかし、結果は最悪だった。実はもう結婚相手は決まっており、企業の御曹司だとかに政略結婚することを彼らから伝えられた。娘にはせめてその前に恋愛というものを体感し、楽しんでもらいたかったということで私との付き合いを許したそうだ。誰も悪くない。それが私を苦しめた。誰も責められない事実が私の心を削り取った。そして私は今までが人生の頂点だと感じた。そこからはもう単調減少である。ただただ下がり続けるだけ、そんな人生になることを悟った。だからこそ、私は先ほど高度333mに至った。
〈2秒~4秒〉
次の回想は家族との日常だ。幼い時の日々。いっぱい怒られて、いっぱい遊んでもらって、そしてなにより大切にしてくれた今までの日々が黒い夜空をスクリーンにして放映された。なんだろう、この満足感は。どんなに好きなものを食べたとしても、なんども好きな人と過ごしても得られないこの満足感は。谷底に石を落とすほど腑に落ちる。なんの不満のない最高の映画だ。一方で、後悔も募る。なんでもっと家族と過ごしてあげられなかったんだろうか、なんでもっと家族に思いやりを持てなかったのだろうか、なんであの時は親にたいしてみっともない態度を取り続けたのか、そんなことばかり考えだす。そしてここで一つの考えが脳を支配した。「なんで飛び降りたんだろう。」
〈4秒~6秒〉
そんなことがあったから、どうして飛び降りたのかという疑問しか考えられなくなった。そんなときに放映された映画は非常に不快なものだった。悲劇でも喜劇でもない。何もない日常だ。ただ出社して、上司に怒られて、周りからおいて行かれて、そんなことが映し出された。地獄だ。地獄そのものだ。スクリーンに向き合うことすら苦痛なのに、あと2秒でとんでもないほどの衝撃が襲い掛かる。嗚呼、飛び降りるんじゃなかった。こんな苦痛を最期に味わうなんて、誰にも見届けられないなんて、なにより苦悶の表情で死ぬことが屈辱だ。映像が変わった、葬式の画だ。遺影は自分。そして参列者となったカメラが焼香に向かって自分の顔を映した。何も見えなかった。どんな輪郭なのか、どんな表情をしているのか、そんなのが見えないほどぐちゃぐちゃだった。焼香を挙げ退場する。家族が静かに声を殺して泣いている。母さんのナプキンの色が1トーン落ちていた。私は何を見ているのだろうか、こんなのを見て何が楽しいのかよくわからない。なんて馬鹿なことをしたんだ。
〈6秒~8秒〉
失意の中、堕ちていく。落下していく。周りの景色が見えない。黒く染まっていく。ついにすべてが黒に染まった。何も見えない、怖い、助けて、許して、そんな思いがこみ上げる中スクリーンが光った。目に映ったのは結婚式の映像だ。南国のビーチでそよ風が吹く中、新郎新婦が両親とともに歩み寄る。顔はアングルからまだ見えない。神父が祝詞を二人に贈り、二人は誓った。そしてキスをした。アングルが変わった。自分だ。移っているのは自分だ。そしてまたアングルが変わった。美しい女性だ。氷のような白く透明な肌、太陽のような紅い唇、そしてなにもかもみわつぇるほどぱっちりとした目が私の目の前にあった。次の瞬間、二人は唇を重ねた。あぁ、いい映画だった。そう思うと唇が緩む。「最期に最高の映画を見れて
〈8秒〉
よかっ
8 seconds. @ramu1641
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