第10話

 考えごとをしているうちに仕事は終わっていた。

 目の前の作業台は道具も材料もすべて片づけられ綺麗になっていくのに、頭の中にはいろんなことが渋滞している。


 例のアレルギーの新人さんは、果物に触れない仕事が見つかる度にたらい回しにされてはいたものの、定時までしっかりと働いて帰っていった。

 謙虚な態度を貫いていたのもあったからか、誰にも邪険にされることなく、3月末までなら平和に終われそうな気がしていた。


 帰り支度をして、廊下を歩きながらスマホの通知をチェックする。ネット通販のメールマガジン、アプリゲームのイベント情報、気象情報……。

 次々にスワイプして消していくと、きらりと輝くアイコンが現れた。

 実際に輝いている訳ではない。わたしの脳内だけで星のようにぱっと明るく瞬いた。


 真桜さんからのメッセージだ。

 急いでタップすると、わたしのメッセージへの返信のあとに、別の吹き出しでこう綴られていた。


『もしよかったら、今度お茶でもしませんか?

 もっとお話してみたいです』


 ぶわっと嬉しさや切なさや迷いやときめきや……いろんなものが身体の内側で吹き荒れた。

 わたしも真桜さんも自撮りをするタイプではないから、顔は知らない。髪型も体型も好きな服装も、知らない。


 セクシャルマイノリティであること。

 それだけがわたしたちを結んだ糸。

 にじいろの糸。


 返事をするのも忘れて、久しぶりに感じた淡くあたたかい気持ちを噛みしめていた。


 ワンピースが着たい。

 とびっきり可愛くて、ひらひらして、女の子らしいワンピース。


 たったそれだけの気持ちを恋と呼んでもいいのなら。

 わたしは今、恋をしている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

にじいろの糸 桃本もも @momomomo1001

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ